61話 今日はついてない。
今日はついてない。本当についてない。
ここ数日手伝ってきた大道具の作業にも少し慣れてきた。
ペンキにまみれながら、やった事のない作業に挑戦するのは楽しかっし、充実感があった。
作業に追われ、いつもと変わらない日常が今日も過ぎるのだと思っていた。
ただ、それは思うだけで終わった。
博樹さんに「ちょっと手伝ってくれない?」と言われて、
何も考えずについて行った先には宮下さんがいて、
なんだがあっという間に部室まで連れて行かれた。
博樹さんがいつの間にかエアコンをつけていた。
この部室エアコンあったんだ…。
宮下さんとテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
博樹さんは本棚にもたれ掛かって椅子に座ろうとしない。
「一応いるけど、口挟むつもり一切無いから。頑張って、鼓君」
助けてくれるつもり無いってことか。じゃあ3人でいる意味無いし。
「じゃあ、遠慮無く本題に入ろうか」
宮下さんが生き生きしてる。笑顔だし、声も若干高い気がする。この先がそテンションが上がる展開に思えないけど、それは俺だけなのか。
もう逃げ出したい。でも無理、俺はまな板の上の鯉だから。
「鼓君、なんで梢ちゃんを避けているの?」
「避けてませんよ」
山城を避けてるつもりはない。朝だって少し話したし…。
最近は大道具側と役者側に分かれているから前みたいにいつも隣にいる訳じゃないけど、それは仕方ないことことだし。
バンッ!と両手でテーブルを勢いよくたたいて宮下さんは立ち上がった。
「嘘よ!梢ちゃん、鼓君が目を合わせてくれないって落ち込んでたのよ!」
テーブルを挟んでなかったら俺は殴られていたんじゃないか…そんな怒りと迫力が宮下さんにあった。
目を…。そういえば、最近山城の顔を見てない気がする。
山城は落ち込んでいたのか、気がつかなかった。
なんでだろう、山城はいつも笑ってると思っていた。
山城はいつも背筋がスッと伸びていて、芯の強く、まっすぐで…。
…そうだよな、友達に避けられたと思ったら山城じゃなくても落ち込むよな。
「山城に謝ります。誤解させたのは俺のせいですし」
「もー!どうして認めないの!!」
宮下さんの熱は収まらないし、立ったまま俺を指さす。
「鼓君は梢ちゃんが好きなんでしょ!だから避けちゃうんでしょ!」
いや、小学生じゃないんだから。
しかも、またそんな勘違いを…。どうしても山城と俺をくっつけたいのか宮下さんは。
「山城のことは友達として好きですよ。
でも、宮下さんが思うような気持ちが俺にないんです」
なんでだろう、言葉に偽りはなのにハッキリと言葉にするほどに心の奥が冷えていく気がした。
宮下さんが静かに椅子に座った。
さっきまでの熱量が嘘みたいに一瞬でこの場が静寂になった。
正直なところ、俺の本心を言ったところで宮下さんは自分の思い描くモノしか認めないんだろうと思っていた。
だから次くる宮下さんの言葉に俺は身構えていたのに、宮下さんは俺のことをじっと見たまま何も言わない。
「…わかった。鼓君は本気でそう思っているのね。本当に残念だわ」