5話 伝説的な噂
それは6月初旬。
この頃、特に視線を感じるようになった。決して自信過剰ではない。
そうだ、女の子からの視線ならまだしも。男共にも見られてるのは…どうにも気分が悪い。
なんだろう。俺の顔になんか付いてんのか?
その時、俺は男共の視線が尊敬の眼差しであったという事実を知らなかった。
講義が始まる前、俺は思いきって隣に座る川端 明日也に聞いてみた。
明日也は中学の時の同級生で、偶然同じ学部で、再会した時は驚いた。
「俺の顔になんか付いてるか?」
「ご飯粒はついてないけど。つーか、昼飯前だし。何つけるの?」
「いや、なんか見られてる気がして」
「あー、それは…。心当たり無いの?」
「だから、顔に…」
「そうじゃなくてさ。…噂になるような事した自覚ないのか聞いてるんだけど」
その時、俺は無意識にシャーペンでペン回しをしていた。
ペンがあったら回す。小学生の時からの習慣を直さなかった自分に後悔する事となる。
…噂?俺の?
「俺なんかしたか?」
最近変わった事と言えば三善教授の嫌がらせが無くなった事だが。噂になるような事じゃないし。
「本当に自覚無いんだな。お前、山城との事でかなり噂されてるぞ」
ピタリとペンの動きが止まった。しかし、本人は全く気づいていない。
「なんで?」
「はぁ!お前山城の噂知らねーの」
「知ってる、あれだろ。男とは口きかないとかそういう」
「それだよ。男とは口きかない大和撫子がお前とだけ話すんだぞ」
「いや、山城は条件をクリアすれば誰とでも話すよ」
「条件ってなんだよ」
山城の言葉を振り返る。
「あなたの行動は実に正しい」
「下心無しで私と話す男の人は鼓が初めてです」
「鼓からはお日様の匂いがします」
…つまり。
「下心がなくて…兄弟がいる人?」
「あの美女を前に下心の無い男なんているはずないだろ」
スッパリサッパリ、下心が無いと断言された俺は一体何者だ。
「そうじゃなくて、噂だよ。噂。高嶺の花が話しかける男ってもっぱらの噂だったんだけど」
過去形。なぜ?
「お前、山城の事で三善教授となんかあったらしいな」
ダンボール事件を誰かに話したりはしてないが、あの直後に俺への嫌がらせが始まったからカンづく人がいてもおかしくない。
三善教授が山城を狙ってるなんて噂もあったしな。
「それは偶然というか…巻き添えをくったというか」
「で、最近三善教授の嫌がらせが無くなった」
それと噂に何の関係が?
「それで、大和撫子に求愛される伝説の男って噂されてる」
バキッ
「はぁ?俺が?」
「伝説の勇者なんてのもあるよ」
「なんでそんな噂になるんだ!」
「少しは自分で考えろよ。自分でまいた種だろ」
「そんな面倒な種まいてねーよ」
「つまりだ、三善教授は山城を狙っていた。まぁ、美人だし他の男もそうだけど、教授と俺らじゃ態度を選ばなきゃいけないから。山城も口をきかないなんて事できなかった。
そんな所に勇者のように現れたお前が、山城を魔の手から救い。三善教授からも一目置かれる存在になった。これが雪だるま式に膨らんで、伝説の勇者になった訳」
「待て、なんで俺が一目置かれてんだ」
「無くなったんだろ。嫌がらせ」
「……」
「にしても、お前ら奇妙だよ」
「なにが」
「付き合ってねーんだろ」
「ああ」
「友達にもみえないし」
「そうだな」
「お前らの関係ってなに?」
会えば、話をする。けれど、積極的に話しかけたりはしない。
俺と山城は一緒に行動するほど、親しくもない。
偶然すれ違ったら挨拶をするような感覚。
「…知り合い?」
言葉にしてみて気づく。山城との距離はそんなに遠いのか?
「うぉ!シャーペンが折れてる!」
俺のシャーペンがなぜか折れている。
「今頃かよ。何、無意識で折った訳?」
「これから講義なのに…」
「ホラ」
明日也がシャーペンを差し出した。
「500円」
「友達から金取るなよ!」
「じゃあ、山城さん紹介して」
「……」
俺は明日也から500円でシャーペンを買った。
うっかり、新キャラ登場。この後の話に出てくるか未定。