57話 幻想の中の恋
※立花の視点です。
私と秋沢は母親同士が友人で、生まれた時からずっと一緒に遊んでいた。
しかし、小学校に上げる前に秋沢は父親の仕事の都合で引っ越した。
その時、二人は幼い約束をした。
「ぼくはくるみこがいちばんスキだから、もどってきたらぼくと結婚して!」
「うん!」
それから12年後。私達は偶然、同じ大学に進んでいた。
始めはお互いの存在に気づかなかった。
同じ大学にいるなんて知らないし、私が知っているのは12年前の幼い頃の姿だけ。
12年も時間がたっていれば別人のようなもの。
でも秋沢は私に気づいた。
演劇部に属していた私は6月にある定期公演に出ていた。
それを見た秋沢は公演の後、部室に乗り込んできた。
私は秋沢が私の名前を呼ぶまで、乗り込んできた男が秋沢だって気づかなかった。
秋沢は私に向かってまっすぐ告白した。
「胡桃子、君は昔と何も変わらない。やっぱり僕には君しかいないんだ」
それは愛の告白だった。でも…私には重い鉛にしかならなかった。
変わらない人間はいない。
私が知っていた幼い頃の秋沢は今の秋沢とは違う。
私だってそう。私は幼い頃の私じゃない。
秋沢はただ”初恋の私”に恋をしていた。
時間がたつにつれ思い出は美化される。
12年間ずっと秋沢が恋い焦がれていた私はどこにもいない。
いるとするなら秋沢の内の幻想の中にだけ。
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「好きにならったらいけないって分かってた。幻想に勝てないって分かってたから。
現実を見て、今の私を見て。
”思ってた感じと違う。昔と違う。”そう言われるのが分かってたから。
でも秋沢は思い込みが激しいの。
再会してから1年も経ったのにまだ今の私を見ようとしない。
拒み続けているのに、昔と同じ言葉を伝え続ける」
今の私に対して幻想の私への気持ちを秋沢は伝え続ける。
秋沢に惹かれなければ、こんなにも苦しくなる事は無いのに。
「恋は愚かしいことですから」
今まで黙って話しを聞いていた鼓さんが口を開いたと思ったら、思いがけないことを言って驚いた。
けれど、その言葉はピッタリだった。
「そう、愚かよね」
叶わないと分かってたのに、秋沢に惹かれてしまった事も。
ヴァイオラのセリフが言えなくなる程に恋い焦がれていた事も。
自分の心に蓋をして見ないふりをしていた事も。
そう、全てが愚かしい。
「情けないわ。部にまで迷惑をかけて…
私がヴァイオラさえ出来ればこんな大ごとにならなかったのに」
このままじゃ、公爵役が空席のまま。十二夜の公演を諦めるしかない。
「部長がなんで俺を選んだのか分かりました。
俺、知ってるんです。その呪縛から逃れる方法を」
本当にそんな事が?