表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/63

54話 ところ変わって

 山城が衣装部屋で楽しく遊ばれているなんて全く知らない俺は博樹さんに言われるまま、

 指示をもらいにノコノコと部長さんの所へと行った。


 博樹さんが部長さんは中庭のベンチにいると言っていたからとりあえず中庭に行ったら本当に居た。

 なんで博樹さんはそんな事まで知っているんだろう。

 深く知りたいとは思わないけど。

 木陰に入ったベンチに座り、水色のワンピース姿で台本を眺める姿は映画のワンシーンを見てるみたいだ。


 しかし、俺はもう見かけで騙されない。午前の修羅場でもう学習してる。

 俺が声をかける前に部長さんは俺に気付いた。

「あら、鼓君だったわね」

 優しそうな笑顔を浮かべているけど、俺にはカモが来たと笑ってるように見える。

 この部長さんは可憐な見かけとはウラハラに博樹さん並みに喰えない人だと俺の直感が言ってる。

 口を開きかけた俺の部長さんは更に畳掛ける。

「そこは暑いから、こっちに座ったら?」

 本当はさっさと指示をもらって、早く部長さんの前から消えたかった。

 

 後から思えば、この時の俺の直感は非常に冴えていた。

 ただ、直感に従うという選択肢が俺に無かった事が非常に残念な事だ。


「失礼します」と言ってベンチに座った。木陰に入るだけで結構涼しい。

「鼓君はどうして今の部に属してるの?」

 会話は部長さんのペースで勝手に始まった。

「えっと、なりゆきです」

「なりゆきで続けられるものなの?」

「…俺は続いてますね。あのっ」

「私はね、友達に無理矢理誘われて入ったんだけど私の方が友達よりハマっちゃってね」

 この人、俺に話させるつもり無いな。

「今回の台本は恋中心の話でしょう。鼓君は恋愛小説読んだ事ある?」

「無いです。手に取る機会も無かったですし」




「それじゃあ、鼓君は本気で恋したことある?」



 思っても無い質問が投げかけられて、驚いた。

 驚いていたはずなのに、言葉に引き寄せられて記憶がたった一つの過去に戻っていく。


 早く、遠くに押しやって消したかった記憶。

 本気か?と問われれば本気だった。

 溺れていた、盲目で愚かだった。


 まだ覚えている。

 砂利を噛むような、苦くて舌触りの悪い心地。

 重く沈み込もうとする俺の心とは対照的な雲一つない晴れ晴れとした夏の青い空。

 あの時見た彼女は、女生徒に囲まれて幸せそうに笑っていた。

 俺に向けられるはずも無い笑顔を目の当たりにして、

 凄く驚いて、その事実にひどく傷ついた。

 

 一瞬で思い出すにはあまりにも苦しくて、必死に記憶の蓋を閉じた。


 何も口には出せなかった。なのに、俺はどんな顔をしていたんだろう。

 にやりと笑った部長の顔はキツネみたいに何か企んでいるように見えた。


 何も知られていないはずなのに、何も話していないはずなのに…

 俺の誰にも知られたくない内側を暴かれたような気分だ。


「鼓君なら説得できるかもしれない」

 

 部長さん(この人)は俺に何をさせるつもりなんだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ