53.5話 和気あいあい
※梢ちゃん視点です。
衣装部屋で多種多様な衣装を着せ替えられた後、テキパキと掘り出された衣装・小道具を手分けして稽古場に運びました。
立花さんは衣装を稽古場に運び終えた後、「あとはよろしく」と残りの部員に告げてどこかに行ってしまいました。
もしかしたら部長さんとお話があるのかもしれません。
午後からの稽古は中止になったのですが、稽古場には女性が5、6人残っていました。
「はーい、注目!手の空いてる人、衣装の点検を手伝ってくださーい」
一声かけると、全員が衣装の前に集まりました。
「今は何も準備できないから手伝うわ」
「男たちはどこに消えたの?」
「大道具班にさらわれていったよ」
「元々人数少ないけどさ、役者が足りないって前代未聞じゃない!?」
「今朝の部長と立花は凄かったね〜。あれじゃあ、十二夜できないって言ってるようなもんだし」
「実際、危機だし」
テンポ良く進む会話は内容とは裏腹に陽気に聞こえます。
ここにいる演劇部員は誰も舞台をあきらめていない。それが十分に伝わってきます。
「言ってても始まらないし、できる事からやりましょ!」
「「「りょーかい」」」
「それじゃあ、点検の終わった衣装はそっちの机に、シミ、汚れ、ほつれがあるのは付箋を貼ってあっちの机に置いて下さい。テキパキやっていきましょう」
「山城さん、色々ポイントがあるから一緒にやっていきましょう」
「お願いします」
衣装兼照明の水谷さんが付いて一から丁寧に点検の仕方を教えてくれました。
女の子だけの賑やかな空気。
女子テニス部の時も女の子だけでしたが、あれは空気というより組織自体が独特でした。
こんなにも穏やかで和やかな空間にいられるのは…一体いつ以来でしょうか。
「山城さん?大丈夫?気分悪くなっちゃった?」
「いえ、違うんです。あの…その、こういった場所にいるのが久しぶりで」
「衣装触った事あるの?」
「そうではなくて……あの、女の子の中にいるのが久しぶりなんです」
「……え〜と、私うまく言えなくてごめんね。イジメられてたの?」
「違います。高校生の時、同級生から注意された事があって」
不思議です。そんなに遠い昔の事ではないはずなのに、今では凄く遠い場所の事のように思います。
「気のない男の前で笑うなと言われたんです」
人のいない廊下に連れ出され、女子生徒5〜6人に囲まれたのは初めてだったのであの時は凄く驚きました。
「多分、誤解してたんだと思います。けど私も誤解させるような事をしていたんだと初めて気づきました」
私が笑う事が誰かの迷惑になるなんて考えたことありませんでしたから。
「それから不用意に笑う事をやめたら、面倒事に巻き込まれなくなりました」
誰も私に近づかなくなったからです。一人でいるのが当たり前になりました。
あの時の私には一人で過ごす方がずっと気が楽でした。
他の人との関わり方を考えて行動できるほど、私自身余裕が無かったからです。
そう、少し前まで私は自分で思うよりもずっと精一杯でした。
「だから私が女の子の…あの…グループの中にいるのがとても不思議で」
「そっかぁ〜、美人も大変だ。うん、妬みやすいし分かりやすいもんなぁ。
でも、ちょっと納得」
「なにがですか?」
「こうやって会って話すまでは山城さんのこと噂でしか知らなかったから。
噂とは全く違うし、噂も噂ですごい様変わりしてるし」
「私、そんなに噂になってたんですか?」
「そうよー。美人が入ってきたってサークル連中は引き入れようと必死だったし。
でも冷たい高嶺の花みたいだったし、何より木野村さんが後ろにいるって分かって手を出す馬鹿はいないわ。あの人に恩のないサークルはないし。
最初こそ”冷たい”とか”無愛想”とか悪い噂もあったけど、今は良い噂しか聞かないよ。
運動部の中では伝説よ。山城さんが応援してくれると絶対勝つってね。
それに本当にお似合いのカップルだから。そのうち見守り隊みたいなファンクラブできるかも」
「…なんの話ですか?」
カップル?ファンクラブ?…水谷さんは何を言っているんでしょう?
「鼓くんと山城さんの事よ。本当、いい空気感っていうか、優しい距離っていうか。
恋っていいなぁ〜って見てて思っちゃうもん」
「?…私と鼓は友達ですよ」
「え?二人は付き合ってないの?」
「お付き合いしてませんよ。鼓は良き友です」
「え〜!!」
「なにっ!どうしたの!!」
水谷さんが大きな声を上げたので、作業していた皆さんが私達の周りに集まってきました。
「ちょっと聞いて!!山城さんと鼓くん付き合ってないんだって!」
「えっ、嘘!あのラブラブっぷりで付き合ってないの!」
ラブラブって?私と鼓が?一体なぜそんな事になっているんでしょう?
「だって今朝の部長と立花の修羅場の時、鼓くん山城さんの事心配そうに見てたよ」
「鼓はとても優しい人ですから」
「あ〜、そうじゃなくて。う〜ん、そうなんだろうけど…」
「山城さんって、天然だったのね」
皆さん私と鼓が付き合ってない事に驚いていますが、私は別の事に驚いています。
「どうして皆さんは私と普通に接してくれるんですか?」
練習に参加していた時から不思議に思っていました。
いくら代理とはいえ、部外者が主役を演じるのは気持ちの良いものではありません。
しかも、今はその代理ではなく私が主役をやるかもしれない状況です。
テニス部の時と同じ状況になると思っていました。
なのに私を排除しようとせず、仲間として迎え入れてくれます。
こんな風に輪になって話をするなんていつ以来でしょう。
「そう、山城さん美人ゆえに苦労してるんだよ!女子から妬まれて仲間はずれにされて」
「あ〜女子って群れるから、面倒なんだよね〜」
「自分だって女子じゃん」
「あれだ、ここにいる人間は例外なく変わり者だからデフォルトは当てはまらないんだよ」
「うわ〜、否定できないわ〜。まず女を自覚してる人間がいない!」
「わはははっ」と豪快に笑う皆さん。見た目は華奢なのにどこにそんな力強さがあるのでしょう。
水谷さんが私と目を合わせてから優しく言いました。
「一口に女子って言っても、色んな人間がいるのよ。
今まで自分と同じだ、似てるなって人に会った事ある?」
私と同じ人!?
「無いです」
「でしょう。他の人も一緒。
女子がこうだからって、みんな当てはまる訳じゃない。自分と同じ人間がいないようにね。
私達みたいに変わり者じゃない人たちは多分、先入観で判断しちゃうんだろうけど。
本当は先入観に捕らわれずにちゃんと話してみないと、その人の事なんて分からないの
…なんて、全部部長の受け売りだけどね」
「すごいです。感動です!目から鱗が落ちました」
言われてみればその通りです!はぁ〜、すごいです。確かに頑なに決めつけていたのは私の方です。
「部長はすごい人なの。本気で楽しむ主義だから。
本気でやって、楽しかったー、面白かったーって言って終わるのを目標にしてるの」
「部長の辞書に”後悔”の二文字は無いね」
「本気だからね。手加減なしで厳しいけど、面白い人だよ」
皆さん、部長さんの事を尊敬していて好きなのが伝わってきます。
機会があれば、部長さんともちゃんと話してみたいです。
「さて、雑談終了!作業に戻って」
「その前に一個質問。山城さんは鼓くんの事どう思ってるの?」
「こら!野暮なことしない。そういうのは周りが言う事じゃないでしょ」
「そうだけど、あまりに天然さんだからすこーし援護射撃したくなっちゃって」
天然で援護射撃?今日は理解できない事がたくさんあります。
宮下さんに相談してみたら分かるでしょうか?
「鼓は大切な友達ですよ」
「うーん、その大切は特別?」
大切は特別?言葉遊びでしょうか?流石演劇部員です。
「鼓は特別な存在です。あんなに温かな人初めて出会いましたから」
「そっかぁ。じゃあ、もし鼓くんに彼女ができたらどう思う?」
えっ?
「ストップ!はい終了。みんな作業に戻る」
「え〜、もうちょっと」
「ダメ、これ以上はお節介。さっさと戻る!ごめんね、山城さん。さっきの質問は忘れて」
「あっ、はい」
そう言われても、忘れる事はできなくて。
そうですよね。考えた事ありませんでしたが、鼓にも彼女はできますよね。
友達としては祝福しますよね。私は彼女さんとも友達になるのでしょうか?
鼓の隣に華奢で小さくて可愛らしい女の子が立っているのを想像しました。
なぜか胸の奥がおもくなって、想像はあっという間にかすんでいきます。
「山城さん?」
「すみません。ぼーっとしてしまいました」
なぜでしょう。”さみしい”なんて思ってしまいました。
こんな気持ちでは鼓を祝福できません。
どうしましょう。そんな事では友達失格です。