51話 はじめの一歩
なんだがとても目まぐるしい一日を終えて、ようやく家で一息ついていた俺。
こんなにも疲れきっているのにソファーで台本を広げている自分にちょっと驚いた。
やっぱり山城の真面目さでも移ったんだろうか。
「どうしたの、それ?」
隣りに座った南夏が興味あり気に台本を覗きこんできた。
「ん〜、演劇部の台本。代役を頼まれたんだ」
「…劇に出るの?」
お兄ちゃんが??みたいなあからさまな目。
言いたい事はよく分かるけどな。
「俺は練習を手伝うだけ、本番は出ないよ」
「ふ〜ん、そうなんだ。ちょっと見せて」
手に取った台本を南夏はペラペラとめくった。
読んでるって言うより、見てるって感じだな。まぁ、ガッツリ読まないか。
「ねぇ、お兄ちゃんってシェイクスピア読んだ事ある?」
「いや、その台本が初めてだよ」
「じゃあさ…恋愛物って好き?」
「あんまり。積極的に読んだ事無いかもな」
「そっか。…お兄ちゃん、大変だね」
台本を最後まで読み終えた時、南夏が「大変」と言った意味がよく分かった。
俺はシェイクスピアもろくに知らないし、ましてや演劇なんてもっと知らないし、わからない。
ただコレが、俺が今まで読もうとも触れようともしなかったジャンルだという事がわかった。
原作:ウイリアム・シェイクスピア 「十二夜」
この「十二夜」は片想いオンパレードの物語だった。
あらすじはこう。
難破船から生き残った主人公は身を守るために男装して公爵に仕える事になる。
しかし、公爵の恋の使いで伯爵令嬢の元を訪れれば、令嬢は男装したヴァイオラに一目惚れしてしまう。
公爵は令嬢が好きで、令嬢はヴァイオラが好き。
しかも、ヴァイオラは仕えている公爵の事を好きになってしまった。
どれも一方的な片想い。登場する人物が次々に片想いをしながら、目まぐるしく物語は進んでいく。
"恋"に始まり”恋”に終わる。
自身の想いの丈を読んでいて恥ずかしいくらいの愛の言葉で表現し、甘いセリフを口にして相手を口説く。
これが読み物なら別に良い。
だけど、これは台本で。これらのセリフは俺も言わないといけない。
俺は代役だし、本番出る訳じゃない。
だが、しかし!俺の稽古風景は撮影される。
人の記憶にも残りたくないのに、データに残る…。
今更逃げられない。そんな事はわかってる。
それでも、全力で逃げ出してしまいたかった。
ろくに覚悟も決まらないまま、俺は翌日演劇部へ従順に向かっていた。
やっと「十二夜」の説明ができた。