4話 外見と内面
突然だが俺の朝は面倒だ。
「修平っ、起きろ!!」
二段ベッドの下で寝る中学二年生の弟を起こす事から始まる。
「あと5分…」
問答無用で布団を剥がす。
「奈々緒を呼ばれたくなかったら早く起きるんだな」
そう言うと修介の目がパチリと開いた。
「…起きればいいんだろ」
奈々緒というのは高校一年生の俺の妹で前に修介を起こす為に修介の頭に鍋を被せその上からお玉で叩いた事がある。
それ以来、修介を起こすのが俺の役目。
「そろそろ、一人で起きられるようになれよ」
「明日からガンバル」
部屋を後にし、俺は一階に降りた。
食卓には親父と小学六年生の南夏が白飯とみそ汁をすすっていた。
我が家の朝食は白飯とみそ汁が基本で後は個々で漬物や味のり、納豆を加えて食べる。母さんの機嫌がいいと卵焼きが出てきたりもする。
「はーい、お待たせ」
母さんが台所から卵焼きを持ってきた。今日は機嫌がいいらしい。
「秀平、母さん今日夜いないから晩御飯よろしくね」
母さんは時々夜勤のベビーシッターをしている。親父は普通のサラリーマン。
「親父は?今日遅いの」
「今日は早いから、おかずになる物買ってこようか」
「私、伊藤屋のコロッケが食べたい」
と言って南夏は卵焼きを一口で食べた。南夏は修介に負けず劣らず食べざかりだ。そんな南夏を見て奈々緒は「子供はいくら食べても太らないからいいよね」と自分も子供のくせにそんな事を言う。
「秀平、私の体操服知らないっ!」
制服姿の奈々緒が階段から駆け降りてくるなり言ってきた。
「なんで俺に聞くんだよ」
「だって一昨日の洗濯当番、秀平だったでしょ」
「憶えてない。修介の所に混じったかも」
「はぁ!秀平最低ー」
どたばたと奈々緒は階段を駆け上がる。二階では「おい、奈々緒勝手に入って来るな。ちょっと何やってんだよ!」と修介の抗議の声が聞こえてきた。
のんびりと椅子に座った母さんがみそ汁をすする。
「今日も平和だね」
全くだ。
朝飯を食べ終え、奈々緒の体操服も無事見つかり。
「いってきます」
俺は大学に向かった。
あれから一度、三善教授の講義を受けたが当てられる事も呼び出される事も無く、嫌がらせはなくなった。
彼氏じゃないと安心したからなのか仲間意識をもったからなのかはわからない。できれば知りたくない。
でも面倒事が無くなったので、それはそれでいいだろう。
あれからも山城とはよく会う。けれどこの間のように待ち伏せる事は無い。
相変わらず会えば話しをする程度。積極的に話しかける訳でも一緒に行動することもない。
講義後、教室の後ろで男女数人が集まって話していた。
「おーい、鼓」
俺はそのグループに声をかけられた。
「なに?」
「今ね、兄妹いるか、一人っ子か当ててるんだけど、鼓君は絶対一人っ子でしょ」
「どうして?」
「だって兄妹いるようにみえないもん」
「兄妹いるよ。俺、長男だし」
「「「えー!!」」」
その場にいた全員が驚いた。そんなに驚く事か?
ふと思った。山城ならなんて言うんだろう。「見た目だけで人を判断するなんて正しくありません」とか。
「わかった。よくできた妹なんだろ」
「弟も妹も世話焼けるけど」
「えっ、兄妹の面倒みてるの」
「当たり前だ」
俺が助けてやらなきゃ修介は遅刻魔だし、南夏は腹を空かせる。奈々緒は…まぁ大丈夫か。
「えー!全然っ想像できない」
「俺にどんなイメージ持ってたの?」
「クールで、なんでも一人で出来ちゃうかんじ」
「俺、スゲー奴じゃん」
「まぁ、実際凄いだろ」
「ん?何が」
「その話はまた今度ゆっくり聞かせてもらうからさ」
次の講義もあったので俺達は教室を出た。
「山城……」
山城は無防備に教室で寝ていた。俺は筆箱をこの教室に忘れたと講義が始まってから気づき(その講義は隣の奴にペンを借りた)講義が終わって取りに来たのだが。
誰もいない教室に山城がいた。よく見ると辞書を枕代わりにしている。
そういう使い方もあるのか。
俺は今日使った机から筆箱を取り出し鞄にしまった。
これは起こした方がいいのか。山城の事だから講義をサボった訳じゃないだろう。
でも、来たのが俺だったからいいものの。もしあのセクハラ教授だったら……。
それを想像しかけた俺は山城を起こす事に決めた。
「おい、山城。起きろ」
声をかけると山城はすぐに起きた。眠りが浅かったんだろう。
修介もこれくらい寝起きがよければなぁ。
「…鼓、どうしてここに?」
「筆箱忘れて取りに来たんだよ。山城ここで寝るのは無防備すぎじゃないか」
目をこすりながら山城は笑った。
「それは鼓だから気がつかなっただけです。邪な考えを持つ人が入ってきたら私は無意識でも辞書を構えます」
それは凄い。それともまだ寝ぼけてんのか。
「なぁ、山城は一人っ子?」
「そうですけど。どうしました?」
「いや、山城にそっくりな妹がいたら面白いなって思って」
「弟ではいけないんですか」
「う~ん。やっぱり妹だろ」
「鼓は兄妹いますよね」
ハッキリと言われ俺は戸惑った。一人っ子だと言われたばかりだったから余計に。
「えっ、ああ。いるよ、どうしてわかった」
「わかりますよ。鼓からはお日様の匂いがしますから」
そういえば、広辞苑のお礼を言いに来た時も同じ事を言ってた気がする。
「それ、どういう意味?」
「雰囲気と言った方が分かりやすいですか?包む込むような、見守るような、そんな優しさと温かさがあります。それは常に見守るような存在が傍にいるからでしょう」
「どうしたんですか、鼓」
「いやちょっとショックだったんだなーて今更思って。俺さ、絶対一人っ子だって決めつけられたんだ」
「なんです、それはっ!見た目だけで人を判断するなんて正しくありません」
「やっぱり、言った」
予想通りの言葉すぎて俺はクスクスと笑った。
「やっぱりってなんですか。それになんで笑うんですか」
笑い続け、ロクに説明しない俺に山城は怒り、俺は危うく漢字辞書で殴られる所だった。
今回は鼓君の家族構成をご紹介です。梢ちゃんも臭いセリフ言ってませんし、ご勘弁を。