48話 宮下翔子の承諾
やっぱり事のはじまりから説明した方が誰だって理解しやすい。
というより、俺自身の為にも一度、はじまりから整理しよう。
今回、演劇部の依頼を受けるまでにあった色々な事を。
夏休みが1ヶ月過ぎた頃、夜に博樹さんからメールが届いた。
博樹さんからくるメールは必ずサークルの事。
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部長命令
演劇部より依頼を受けた。
詳細を説明するので明日10時に
迎えを行かせる。
PS.鼓君のバイトのシフトは変更済み
だから、心配しなくていい。
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博樹さんが梅木さんと知り合いだとか、博樹さんが実は大学の理事長の息子とか色々知ったけど。
知ってても何の前触れもなくこんなメールが届いたから、俺は普通に驚いた。
そうか、博樹さんは迎えを行かせる側の人なのか。俺だったら俺自身が迎えに行くしか無いからな。
…演劇部って、まえ博樹さんが捨て台詞で言ってたあの「苛烈の演劇部」の事か?
梅木さんもなぁ…、あの後白崎さんがいかに仕事ができるかをクドクドと語られたし。
その日は俺にしては珍しく色々と思い出したり、考えたりした。
でも結局「まぁ、いいや。明日になれば分かるし」と全部投げ出して寝た。
翌日、朝10時に家の前に立っていると見覚えのある車が俺の前に止まった。
車の窓から顔を出したのは博樹さんだった。
うっすらぼんやりと誰が迎えにくるんだろうと思っていたけど、博樹さんが来た。
「博樹さんが来るんですね」
「俺では不満かな?」
「いや、迎えを行かせるって書いてあったから誰が来るのかと思ってただけです」
「ちょっと予定が変わってね。今から梢ちゃんの家に行くから。早く乗ってくれるかな」
山城の家に向かう車中で、今回の演劇部の依頼内容を宮下さんが聞きたがって山城を家から出さないという騒動があった事を聞いた。
「だから、鼓君を連れてまとめて説明した方が早いからさ」
まったく、あの人は本当になにやってるんだか。
とういう事で2度目の山城家。
なんだか不思議な光景だ。
ソファーに俺、山城、宮下さんが並び一人博樹さんが対峙する。
博樹さんは凄いな。山城と宮下さん、二人と向かい合ってそんな余裕な笑み浮かべられるなんて。
「それでは、今回の依頼の内容を説明します」
そう言って博樹さんは俺たちに冊子をそれぞれに渡した。
その冊子の表紙には「十二夜 作:ウィリアム・シェイクスピア」と書かれている。
「演劇部の依頼はその台本の代役を1週間頼みたいというものです」
「なぜ代役を?」
宮下さんが台本をめくりつつ博樹さんに問う。
心なしか、博樹さんを睨んでいるような…声も低いような…。
「一人は夏風邪を引いて倒れ、一人は階段から落ちて足にヒビが入ってる。
両方とも1週間で戻ってくる予定だが、他の役者の稽古を進めたいので代役を我がサークルに頼んできたんです」
宮下さんはそれ以上問わず、博樹さんを見ている。…睨んでる?
博樹さんが困ったように口を開いた。
「宮下さん…テニス部の事怒ってます?」
…ああ、なんで今の今まで頭からすっかり抜け落ちていたんだろう。
宮下さんがただの過保護で博樹さんに説明を求めたんじゃない。
今回もテニス部同様「参加」するタイプの依頼だと知ったから。
「ええ、とっても怒ってます。
梢ちゃんが勝手に引き受けたのは見ていました。それでも許せる話じゃないでしょう」
また、「利用」されるんじゃないかと恐れたから。
俺は隣に座ってる山城の様子を伺った。
山城は怒る訳でも、責める訳でも、止める訳でもなく、
宮下さんを真っ直ぐに見ていた。事の顛末を探るように。
俺も山城と同じように事の顛末を静かに見守った。
宮下さんは視線を博樹さんから離そうとしない。
「あれは、本当に申し訳ない事をしたと思ってます」
「それでも、博樹君は梢ちゃんを”利用”するんでしょう」
宮下さんの容赦無い言葉でも、博樹さんはその笑顔を崩さなかった。
「今回は俺も鼓君も一緒です。それで”信用”してもらえませんか」
しばらく、重たい沈黙が流れた。
もう息苦しいほどに。それでも俺たちは待つしかなかった。
宮下さんが一つ息をついた。
「いいでしょう。今回は鼓君が梢ちゃんを守ってくれるんでしょ」
宮下さんの微笑みで重苦しい空気が嘘のように晴れた。
ただ一つ、俺に不安が残る。
みんな俺への評価が高過ぎるんじゃないか?
は〜、困った時の宮下さん。本当、助かります。
テンポとかどうにも治まりつかなかったけど、宮下さん出しただけですんなりまとまった。
あと、絶対テニス部の事怒ってるなぁとも思ってたから…ああ、本当良かった。