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44話 それは、博樹さんでしょ。


 急いで来たおかげで(または、梅木さんがあっさり俺の拉致を了承したから)俺達は試合開始30分前に試合会場に到着した。


 しかし、すでに観覧席には沢山の人でごった返していた。

 夏の日差しの下での立ち見はきついなぁと思っていると博樹さんがスイスイっと人混みをかき分けていった。

 まるで目的の場所があるみたいな足取りで。

 

 博樹さんの後についていくと、そこだけぽっかりと二席空いていた。

 しかも最前列。


 俺は思わず、前に立っている博樹さんに聞いた。

「…博樹さん、これは偶然ですか?」

 もしかして、誰かが場所取りをしているのかもしれない。…そう考えるのが普通で一般的。

 博樹さんはにこやかに笑顔を作って、当たり前のようにその空いている席に座った。

「そうだよ、鼓君。偶然、超ラッキー」

「そんな訳ないでしょ!」

 まっすぐここまでやって来たのは誰ですか!

「取りあえず、座りなよ」

 話はそれからだと言わんばかりに笑顔を崩さない博樹さん。

 俺が博樹さんに逆らえるはずもなく、ここで逆らった所で何がどうなる訳でもなく、俺は大人しく博樹さんの隣に座った。


「テニス部部長のメールに席は用意してあるってあったんだ。まさか最前列だとは思わなかったけど」

 博樹さんは苦笑いを浮かべていた。なんで苦笑い?

「さて、鼓君。時間もあるしさっきは手短に済ませたけど、なんで梢ちゃんが助っ人を頼まれたか話しておこうか」

「なんでって、人数合わせじゃないんですか?」

「女子テニス部は50人以上の部員を抱えてる。当然、補欠部員だった潤沢だ」

「はっ?全く話が見えないんですけど。…もしかして山城ってテニス強いんですか?」

「技術的には授業でやった程度だと思うよ。体力面は心配してないけど」

「なんでですか?」

「だって毎日毎日重たい辞書を平然と鞄の中に入れて持ち運んでいたんだ。梢ちゃんは見た目より体力あるよ」

 確かに、分厚い辞書を大事そうにでも平然と持ってたな。

「いや、でもなんで山城を試合に出すんですか。意味がわかりません」

「そうだね。普通に考えたらおかしい。

 まぁ、俺は顔が広いからテニス部の実情を知ってるし、

 部長がどうして梢ちゃんを使うか分かるけど

 …本当は断って欲しかった」

「博樹さん?」

「梢ちゃんは利用されるんだ。周りは敵だらけの中で生け贄として。

 よく考えるんだ鼓君。この状況を。

 君が部員だったらどう思う。練習しても試合に出られるチャンスは一握り。

 なのに、部長の一存で部外からテニス経験者でも無い人間が試合に出る事になったら」

「…腸が煮えくり返りますね」

「しかも、その人が試合に勝ったらどうする」

「……やめるか、今以上に練習するしかないですね」

「部長の狙いはそこ、特に前者が強い。だからこの方法を取ったんだろうね」

「なんでですか?止めさせたいなら方法はいくらだって」

「彼女にはこの方法しか無かったんだと思う。全ては俺の推測に過ぎないけど」

「博樹さんには何が分かってるんですか?」

「…多分ね。どっちかっていうと嘘であって欲しいんだけど。

 今回試合に出られなくなった人は出場メンバーの中で唯一1年生だったんだ。

 ケガで試合に出られないって聞いてるけど、そのケガは…本当に事故だろうか?」

「…まさか」

「そう思うと腑に落ちるんだ。

 その人間が誰か分からない中、部長はその人間をどうしても試合には出したくない。

 だから外から人を呼んだ。すごくシンプルで最初はその想いだけだったかもしれない。

 だけど彼女は効果的に利用できることに気がついてしまった」


 姑息な手を使った人間を自主的に辞めさせる事と部員のやる気を引き上げる事。

 後者の為には憎まれる敵が必要になる。


「…山城は」

「察しがいいから、何の為に呼ばれたかくらい分かってると思うよ」

「…どうしてそんな事が出来るんだ。俺には分かりません」

「それは…絶対に手に入れたいモノがあるんだよ。

 そのためだったら策を練るし、いくら非道と言われようが手段を選ばない」

「博樹さんには分かるんですね。…そうですよね」

「どうした?」

「もういいじゃないですか。俺がいなくても山城はどこにでも行きますよ」


 山城はよく笑うようになった。

 最近は警棒を持ち歩かなくなったらしい。


 それは、博樹さんが側にいるから。


 和解してから二人の距離は目に見えるほど近くなった。

 山城が博樹さんを信頼してるのがよく分かる。博樹さんも、山城を…。

 ああ、俺が連れ回される意味なんて…本当にどこにも無い。


「本当にそう思うのか」

「事実を言ってるだけです。もういいじゃないですか、俺は邪魔者なんですから」

「今日はえらく卑屈だな。鼓君は梢ちゃんが好きじゃないのか?」

「それは、博樹さんでしょ」

「はぁ?」

「博樹さんは山城のことが好きなんでしょ!」






「………ぷっ」

 なんで笑う!!

「あー、なるほど。まったく、盲点だったよ。まさかそんな風に見られてるとは思ってなかった。

 鼓君、安心しなさい。俺は梢ちゃんのこと好きじゃないから」

「そんな嘘を」

「確かに、梢ちゃんは大切な人だ。でも俺にとって梢ちゃんは妹みたいな存在なんだよ。

 大事な人に変わりないけど、それは恋じゃない」


 きっぱりと言われた。






 ”それは恋じゃない”








「ほっとした?」

「いや、違うんです。俺はそういうのじゃ…」


 違う、俺は山城の友達でほっとするとか安心するとか違うから!


「あっ、梢ちゃんだ」

 いつの間にか試合が始まる時間になっていた。

 コートに現れた山城は、少し背筋が丸くなっているような気がした。

 なんだかその姿が弱く力なく思えた。真っ直ぐな山城らしくない。





「山城っ」

 気がついたら、考えるよりも先に声が出ていた。

 俺たちを見つけた山城は心底驚いていた。

「頑張れ!」

 俺の声に山城は笑った。

 背筋はピシっと真っ直ぐ伸び、覚悟の決まった目でコートにむかって行った。

 





 俺の隣りで博樹さんがクスクスと笑っている。

 ああ、皮肉に一つでも言ってくれればまだ救われるのに…。


ちょっと一話に詰め込み過ぎた。

でもキリどころが見つからなくて長くなってしまった。

ああ、鼓をからかうのは楽しい♪

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