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43話 私でお役に立てるのでしたら

梢ちゃん視点です。

 

 今日は珍しい事が起こる日です。


 朝食時にチャイムが鳴ったり、

 しかもそれが「梢ちゃん、大学のテニスサークルの部長さんって人が来てるけど」と宮下さんが伝えてくれたり、

 木野村の家と間違えたのでしょうか?とモニターを見てみるとそこに映っていたのは女の人だったり。


「お願い、山城さん助けて!」

 そうモニター越しに懇願されたり、

 珍しい事ばかり起きます。


 女の人に懇願されては話を聞かない訳にはいきません。


 部長さんをリビングに通そうと思ったのですが、部長さんはよほど焦っていたのか玄関で話し出しました。

「突然でごめんね、あの山城さんって助っ人でしょう。

 今日テニスの試合なんだけど一人ケガしちゃって出られなくなって…。

 山城さん代わりに出てもらえない?」

「あの、私テニス経験者ではありませんが…それに授業ぐらいでしかやった事ありませんし…」

「それでもいいの、取りあえずベンチに座るだけでいいから、お願い!」

 ベンチに居るだけなら…いつものスポーツ観戦と変わりませんよね。

「…わかりました。私でお役に立てるのでしたら」

「本当!ありがとう!!」

 部長さんは部員さんのケガの事を他の部員さんに伝えなくてはいけないからと、会場まで地図と時間を告げて去って行きました。

 嵐のような人です。


「梢ちゃん、さっきからケータイが鳴ってるよ」

「えっ」

 私のケータイが鳴るなんて、これもまた珍しい事です。


 ケータイの表示を見ると木野村からの着信です。

 ああ、そうです。先日、着信拒否を解除したんでした。

「もしもし」

「あっ、梢ちゃん。もしかしてテニス部の部長から助っ人頼まれたりしてない?」

「つい先ほど、了承した所です」

「えっ、梢ちゃん引き受けたの!」

「目の前で懇願されましたし、それに私ができる事で困ってる人を助ける事ができるなら本望です」

「あ〜、直接行ったんだ。…あの人、俺が渋るの分かってたな」

「そういえば、なんで木野村が知っているんですか」

「これでも部長だからね。一応、俺の所に話がきたんだよ。

 断ろうとしたら電話切られて、もしかしたらって思ったら梢ちゃん引き受けてるし」

「なぜ断るんですか。助っ人部の本来の姿ではありませんか」

「そうだけど…そっか梢ちゃんは知らないか」

「木野村、もう出ないといけない時間なので切りますね。私は一人で大丈夫ですから」

「ちょっとこずっ…」


 さて、動きやすい服を探さなくては…。

 いくら座ってるだけでもその場に合った服装でなくてはいけません。

「宮下さん、テニスに適した服装ってどんな服でしょう?」

「うーん、こんなんじゃないかしら」

 宮下さんはどこから取り出したのかピンクのラインの入ったテニスウエアを私の目の前に広げました。

「…なんで、あるんですか」

「知らなかった?梢ちゃんのお母さん、学生時代テニス部だったのよ」

 あの母が!…初耳です。


「それより急がなきゃいけないんじゃない?」

「はっ!そうでした」



 時間より10分早く、会場に着きました。

 早く部長さんに会わなくては、こんなこと初めてなのでどうしたら良いのか全く分かりません。

「山城さん、こっち」

 部長さんは水色のテニスウエア姿で私を待っていてくれました。

「急で本当にごめんね。ウエアとかラケットは予備があるから安心して」

「あの、テニスウエアは母のを借りてきました。ラケットは…貸して下さい」

 そうです。手ぶらで座っているなんて不自然です。…そこまで考えていませんでした。

「ここが控え室だから荷物置いて」


 私は驚きました。

 大きな控え室が狭く見えるほどの人が突然の来訪者である私を見つめます。

 隠しもしない悪意のある視線で私は穴が開きそうです。

 女子の集団の中に入る、この久々の感覚。

 


 …高校の時以来です。沢山の敵意を持った女の子に囲まれるのは。

 私は迂闊でした。

 私を助っ人に呼ぶくらいなのだから人手が足りないのだと、そう単純に思っていました。

 

 木野村が断ろうとした理由は…こういう事だったんですね。

 木野村は女子テニス部がどれほどの規模か知っていた。

 助っ人など必要としない程、人で溢れていることを。


「山城さん、話があるの」

 部長さんがにこやかに私に声をかけました。

「はい」

 荷物を置けと言われましたが、それはできませんでした。

 部長さんはその事に触れませんでした。

 控え室を出て部長さんは、人の少ない廊下へやって来ました。


「山城さん、今回の試合にはね3連覇がかかっているの」

「なら、私よりもずっと練習していらっしゃる部員さんが適切だと思います」

 部長さんは廊下に出てから笑うのを止めていました。

 朝、モニター越しに懇願した姿も演技だったんだと分かります。

 なぜ、私は分からなかったのでしょう。

 ここ数ヶ月…私の周りにこういう人がいなかったからでしょうか。

「王者なんて呼ばれるとね。人は怠けるのよ。

 だから山城さんには生け贄(スケープゴート)になってもらうわ」


 私をみなさんの奮起材に仕立てるのですね。

 部長さんの思惑は分かりました。


 だから、テニス経験者でもない私を試合に出すのですね。


 しかし生け贄にするには致命的な欠陥があります。


「私が勝たないと生け贄にはなりません」

 勝ってこそ、私のような者に負けた敗北感が奮起材になるのでしょう。

「大丈夫よ。私が必勝法を教えてあげるから」




 私はテニスウエアに着替えて、部長さんから借りたラケットを外で振っていました。


 木野村には一人で大丈夫だと電話で言いました。

 けれど、今はそれを少しだけ後悔しています。


 不思議です。

 一人で挑まねばならないと思うだけで手足が震え、まともに立てないんじゃないかと思います。

 私はこんなにも弱い人間だったでしょうか。


 時間はあっという間に試合が始まる時間になりました。


 コートに出るといないと分かってるのに、つい探してしまいました。

 私は知っています。

 鼓は今日、バイトで忙しいんです。






 



  

「山城っ」


 なのに、鼓と木野村は私のすぐ後ろの観客席にいました。





「頑張れ!」


 驚きと共に不思議と勇気と安心が私の中に広がりました。自然と背筋がスッと伸びます。


 ああ、私は一人で挑まなくてもいい。


 私には…私を応援してくれる人がいる。

女子テニス部編はあと1話残っている…年内に書ければなぁと思ってるけど、

思ってるだけに終わるかもしれない。

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