42話 あぁ、やっぱり俺には拒否権が無い
夏休みも三週間が過ぎようとしていた。
日々バイト漬け、バイト以外にしてる事といえば得体の知れないサークル活動でスポーツ観戦をするくらい。
夏休みを謳歌するまでいかないが、そこそこに満足していた。
今更ながら、俺は小さな洋食屋の厨房でバイトしている。
元々は皿洗いだったが、話してる内に家で少し家事をしてる事がバレ、それから野菜の皮むき中心の料理人見習いみたいな事になってる。
働き始めて4ヶ月ちょっと、おかげで野菜の扱いならさまになるようになった。
今日も1日、ニンジンと玉ねぎの皮をむき、その他モロモロの仕事をして平穏に平和に過ぎるはずだった。
しかし、来訪者はいつだって突然やってくる。
それはまだ、朝の8時を過ぎたくらい、店はもちろん開いてない。
厨房は昼の仕込みに追われ、俺もせっせとニンジンの皮をむいていた。
来訪者は正面からでなく、裏口からやってきた。
「鼓君!ああっ、知ってたけどやっぱり居るね」
突如、従業員用のドアつまり裏口からミントの香りでもするんじゃないかと思うほど、爽やかな見た目好青年の博樹さんが入ってきた。
俺は素直に驚いた。
博樹さんが俺のバイト先を知ってる事にじゃない。
博樹さんが無遠慮に俺のバイト先にやって来た事に驚いたのだ。
博樹さんは厄介事を運んでくる人だけど、はた迷惑な事はしない人だと思っていた。
今の今まで。
ただ、俺が博樹さんに声をかけるよりも前に博樹さんの名前を呼んだ人がいた。
「博樹君、久しぶりだね」
オーナー兼料理長つまり俺の雇い主の梅木さんが親しげに博樹さんに近付いて行く。
「梅木さん、お元気そうで。あの、突然で申し訳ないのですが。鼓君を貸してもらえませんか」
「1日中かい?」
「はい」
「うーん、仕込みの半分も終わってないから…」
「10分で白崎を来させます」
「ああ、それならいいよ」
あっという間に当人を取り残して、話は勝手に唐突に決まった。
「鼓君、いってらっしゃい」
にんまりと笑う梅木さんに見送られ、俺は拒否する間もなく、博樹さんの車に詰め込まれた。
「色々聞きたいだろうけど、今はそんな暇ないから簡潔に言う。
以前、俺はあの店で働いていた。今日、鼓君の代わりをしてくれる白崎もそうだ。
つまり、俺は大学の先輩でもあり、バイト先の先輩でもあるってこと」
だから、梅木さんとも顔見知りで、俺は容易く連れ出された。
なんて都合の良すぎる話。
「言っておくけど、鼓君のバイト先に関しては君の方が俺の縁がある所に飛び込んできた形だから」
「実は梅木さんもグルだったってオチじゃないんですか」
「君一人填めるのに店一つ買収するなんて、労力がかかり過ぎてる。合理的じゃない」
誰も填めるとか買収とか思ってないし、そこまで大きな話とは思ってないし。
普通の大学生にそんな事できる訳ないだろう。
ただ俺は、俺がバイトしてると知って梅木さんと知り合いになったって言いたいだけなのに。
前から知り合いとか都合良すぎるだろって話だろ。
「まー、知らないって知ってるけど。俺、普通の大学生じゃないよ。それに鼓君、心の声うっかり喋ってるよ」
おっと、それはまずい。
「こればっかりは偶然だからどうにもならないけど、疑うなら梅木さんに聞いてみなよ」
「わかりました。その話は取りあえず置いておきます。
博樹さん、俺はどこに連れて行かれるんですか?」
「そういえば、そこに関しては全く説明してなかったね。実は梢ちゃんがテニスの試合に呼ばれたんだよ」
「それっていつもの事じゃないですか」
いつもだったら前もって博樹さんが予定を組むか。
いや、急な依頼でも俺がバイトだと知れば山城も納得して試合観戦に行くだろう。
博樹さんだって一緒なんだし。
「今回は女子テニス部の試合なんだ」
「えっ!」
「しかも、参加する方の助っ人」
「はいっ!?なっ…つまり、山城が試合するんですか」
「そういうこと」
「どうしてそんな事に…」
「部長から熱烈なオファーが今朝来て、俺が渋ってたら本人に直接いっちゃったみたいなんだよね」
それで今、俺がバイト先から拉致られるハメになった訳か。
「山城はそれを受けたんですね」
「「私ができる事で困ってる人を助ける事ができるなら本望です」だってさ」
うーん、山城らしい。すっぱりさっぱりしてるな。
「ん?じゃあなんで俺を連れて行くんですか」
山城は俺がいなくても試合に行くんだから、俺必要ないじゃん。
博樹さんは大きな溜め息を吐いた。
「分かってないな、鼓君。野球部のコーチの言葉覚えてない?」
「えっ、あのコーチですか?」
「期待されるという事はとても大事なことなんです。
それが自分の大切な人からの期待なら人は大きな力を発揮することができるんです」
「コーチが言ってないことまで言ってますよ」
「コーチの心の声を代弁しただけだよ」
1ヶ月ぶりです。放置しっぱなしですみません。
またボチボチと書いていけるようになったので、期待せずにお待ち下さい。