3話 無自覚と下心。
段ボールの一件以来、三善教授は俺に突っかかってくるようになった。
と言っても小さい事で、雑用を押し付けたり、集中的に当てたり、面倒な事に変わりないが成績を下げるなどの理不尽な事はされてないので抗議する程でも無いと思っていた。
唯一の救いは、三善教授の講義を一つしか取ってないという所。
「鼓、ちょっと来なさい」
講義が終わり俺は三善教授に呼ばる。この数回の呼び出しで教室内では俺が雑用係だと認知されるようになった。
「これを私の部屋まで運んでくれ」
渡されたのは講義で使った数冊のファイル。
これくらい自分で持ってけよ。と言いたい所だが、教授にそんな事を言ったら後が面倒なので黙ってファイルを受けとる。
「では、このファイルを2時に届けて下さい」
三善教授の小さな嫌がらせ。三善教授は決まって時間指定をし余計な手間をかけさせる。
けれど講義の時間に被せて指定しない。面倒だが、さほど迷惑を被っていない。
後で聞いてみたが、山城も時間指定されていた。
それは時間がたっぷりある時に何かをしようと考えていたからで、俺の場合と意味が違う。
やる事が小さいのか、計算されてるのかわからない。
が、面倒な事に変わりない。
その後、俺は余計な荷物を持って昼飯を食べ、講義を受けた。
そして2時。三善教授の部屋を訪れた。
「失礼します」
ファイルを空いている机に置いてさっさと部屋を出て行こうとした。
「鼓、少し待ちたまえ」
俺は初めて三善教授に呼び止められ、正直戸惑った。
「君は山城君と付き合っているのか」
何を言ってるんだこのオッサン。と口に出さなかったのは奇跡だった。
「…付き合ってませんけど」
言った後で、付き合ってると言った方が俺への面倒行為が無くなるんじゃないかと思った。
しまったな。山城の正直さでも移ったか?
俺の言葉を聞いて、三善教授はあからさまにホッとしていた。俺の前だと思いだしたのか咳払いをして何とか格好を繕う。
「なら、君だって私と同じじゃないか」
俺は三善教授の言葉を無視して形式だけ「失礼します」と言って俺は部屋を出た。
「鼓」
「山城、奇遇だな」
三善教授の部屋を出てしばらく歩いた廊下の壁に山城がもたれかかっていた。
「奇遇ではありません。待ち伏せしてたのです」
「山城、少しは嘘をついた方がいいんじゃないか」
待ち伏せと偶然では受け取り方が全然違うのだけど。
「私、理由の無い嘘は付けないんです」
「どういうこと?」
「つまりですね。相手を傷つけない為とか、気遣いとかそういう理由があれば嘘をつきますよ」
裏を返せば、自分の為には嘘がつけないという事だが自覚あるのだろうか。…無さそうだな。
「いえ、そんな事を言いに待ち伏せしていたのではありません。三善教授にイビられているというのは本当ですか」
そんな事どこで聞いたんだが。まずイビられてないが周りからそう見られてたんだろうか。
「イビられてはいないけど、雑用押しつけられたりはしてる」
「段ボールですかっ!」
いや、それは山城だけだから。
「そうじゃなくて…まぁ八当たりみたいな感じだ」
「けれど、原因はあの段ボールでしょう」
このまま話していたら山城は教授の部屋に乗り込むと容易く想像がつく。
そんな事になったら後にも先にも面倒で迷惑だ。
「そうだ、山城はあれから三善教授に何もされてないか」
「はい。言いよられる事もありませんし、あれからは実に平和です」
「それなら良かった。じゃあ…」
「そうじゃなくて。…私、三善教授に抗議します。あの人の態度は正しくありません」
折角話を反らしたのに、山城は反らされる事なく真直ぐに戻ってきてしまった。
山城はツカツカと廊下を歩き出す。
「山城、待てっ!」
俺は山城の肩をとっさに掴んだ。けれどあまりに細い肩に驚き俺はすぐに手を離した。
山城は振り返って止まる。その目は驚いていた。
その澄んだ瞳が俺を見る。
山城と一緒に話せて嬉しくないと言えば嘘になる。
「俺は教授と同じか?」
すぐに我に返った。
うわぁ、待て俺なんでこんな事言ってんだ。
「やっぱ、今の無し。忘れて」
けれど、山城は無かった事にしてくれなかった。
「三善教授にそう言われたんですね」
「……」
「鼓と三善教授は違います。三善教授は正しくありませんが、鼓は正しいです」
「鼓がただ一人の人です」
「えっ」
「下心無しで私と話す男の人は鼓が初めてです」
あっ、うん。そういうこと…。ドキッとして損した。
「それってわざと言ってるの?」
「何をわざと言うんですか」
言った山城より俺の方が顔が赤くなっていた。
山城の恥ずかしいセリフは無自覚だった。
「そっか、わかった。気にしないでくれ」
鼓君が意外とウブでした。恋愛に発展できるのか?