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36話 挨拶ひとつ


 沢山の注目(山城と博樹さん)を浴びながら、俺たちは練習試合が行われるグラウンドに無事到着した。


 練習試合と軽く思っていたがグラウンドにはそれなりに人が集まっていた。

「博樹さん、今日って練習試合なんですよね」

「そうだよ。まぁこの試合は恒例行事みたいなもんで、賭けも盛り上げるらしいよ」

 ちらほらと「因縁の対決」とか煽り文句が書かれた垂れ幕やらチラシが貼られてる。

 ちょっとしたお祭り状態。文化祭の雰囲気に似てる。

 夏休み中のイベントの一つってことか。

 

 視線に慣れたのか、気にしなくなったのか、どうでもよくなったのか、

 山城はあからさまにジロジロ見られても何も言わなくなった。

 ここからなら野球部員から山城の姿が見えるだろうという場所を見つけ座ろうとした時、

「それじゃあ、俺は野球部に挨拶してくるから」

 と博樹さんが言った。

「私も挨拶に行きます」

 山城の中では礼儀として当たり前。だから何の迷いもなかった。

 少々面食らったのは博樹さんの方。

 けれど山城の真っ直ぐさを知っている博樹さんはすぐに納得したように頷いた。

「うん、そうだね。コーチも梢ちゃんの姿見たら泣いて喜ぶだろうし。野球部にもいいかもしれない」

 コーチは知らないが、確かに野球部の人達のテンションは格段に上がるだろう。

「それじゃあ、俺はここで待ってるんで」

 そう言って俺は座った。


「えっ鼓、行かないんですか?」

「…行かないけど」

 普通に考えて行かないだろう。

 博樹さんは部長(?)として山城を連れてきた事を報告に行くべきだし、そこに山城を連れて行くなら尚良いだろう。

 でも、俺が行く理由はどこにもない。

 自ら進んで野球部に睨まれる気もさらさら無い。

 なのに、どうして俺が一緒に行くと思いこんでいたんだ山城。

 俺にもそれが分かるくらい、山城は意外そうな顔をしていた。


「…どうしてですか?」

「どうしてって…」

 助けてくれないかと思って博樹さんを見てみたが、まるで成長を見守る親のように微笑んでいる。

 なんで助けてくれないんですか博樹さん!

「…っほら、誰かが場所取っておかないとダメだろ」

 大混雑って訳じゃないけど、人はそれなりに周りにいた。

「じゃあ、私も待ちます」

「場所取りなんて俺一人で十分だから」

「なら、私が待ってるので鼓が私の代わりに行ってきて下さい」

「それは根本から違うから」

「なら、木野村一人で挨拶に行ってもらいましょう」

 だからなんでそうなるんだ山城!


 そこでようやく博樹さんが見守るのをやめて、一歩山城に近づいた。

「ねぇ梢ちゃん、俺一人で行ってもいいけど。なんで一緒に挨拶に行こうと思ったの?」

「試合に招いてもらったのでそのお礼と激励をしようと思ったからです」

「じゃあ、それを俺一人に任せるのは無責任じゃない?」

「だから鼓も一緒に!」

「鼓君は場所取りするって言ってる。場所取りも必要だと思わない?」

「…っ、必要だと思います」

「それじゃあ行こうか、梢ちゃん」

 山城押し黙った。何も言えなかったと言った方が正しいかもしれない。


 山城は渋々な態度を隠しもせず、博樹さんと人一人分離れて歩き出した。




 30分くらいだろうか。当たり前だが二人は一緒に戻ってきた。

 俺はちょっと驚いた。

 二人の間に開いていたはず人一人分の距離はその半分に縮まっていたから。


 俺からはすぐに(目立つから)二人を見つけられたが、二人は俺を明らかに見つけられずにいた。

 たった30分だったけれど周りはあっという間に席は人で埋まっていたからだ。

 口から出任せとはいえ、場所取りをしていて本当に良かった。

 手を振って場所を知らせると山城が小走りで駆け寄ってきた。

 いつもなら真っ直ぐ走って来るのにと思ったが、今日はヒールを履いていたのを思い出した。

 山城は俺の隣に座るやいなや俺に訴えた。

「鼓のせいです!」

「えっ、なにが」

「鼓が一緒に来れば私はあんな目に合わずに済んだんです!」

 そう言えば、前は逆の事を言われたな。俺がいれば問題ないとかそんなこと。

 いや、今はそんなことじゃなくて。

「山城、何があったんだ?」

「なんで私が崇められるのですか!」

「はぁ!?」

「大人の人に初めて土下座されました!!」

 コーチ!!

 

 のんびりとやって来た博樹さんは山城の隣に座る。

「やっぱり鼓君が来るって広めたら女子が結構来てるねぇ」

 どうでもいい事を言って俺に微笑んだ。

 この人、俺に教えるつもりないな。


 目の前には落ち着きを取り戻さない山城。


 俺は山城の言葉を理解できるか?


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