30話 なんで俺なの?
夏休みになった。
しかし、俺の朝はあまり変わらない。
ラジオ体操に行く南夏を送り出し、部活に行く修介を叩き起こし、朝飯を食べようとしない奈々緒を食卓に座らせる。
そんな朝の喧騒を過ぎ、リビングでまったりテレビを眺めている時だった。
今日はバイトも無く、久しぶりの休日を満喫する予定だった。まったく、予定は未定とはよく言ったもんだ。
奈々緒は高校の補習、修介は部活、南夏は友達とプールに行き、父さんは仕事、母さんは主婦友と買い物。
誰の足音も、誰の笑い声もしない家は珍しく新鮮だった。
そんなまったり、のんびりした空間に浸っていた時だ。
ソファーに放り出していた俺の携帯が鳴った。
「博樹」と表示されていた。
ちなみに俺は博樹さんの携帯を登録した覚えはない。仲良くアドレス交換した覚えはもっと無い。
でもあの人の事だ、俺が気づかない間にコッソリ携帯を抜き取って、コッソリ戻すくらいするだろう。
浮かんだ疑問を自分の中で消化しつつ、携帯に出た。
「もしもし」
「鼓君、今暇かな?」
なんだこの人?またサークル絡みだろうか。博樹さんが絡むと面倒になる、面倒事しか運んでこない。
「えーと、それなりに暇ですけど」
それが分かっていてバカ正直に答えてしまった俺も俺なんだが。
「それは良かった」
言葉とは裏腹に博樹さんの声は暗い、なんていうか声に芯が無い。こんな博樹さんは初めてだ。
安易に暇なんて言って大丈夫だったか俺。頭をよぎる不安は間もなく的中する。
「実は今、梢ちゃんの家に来てるんだ」
「はぁ」
「鼓君に言われたように、梢ちゃんとキチンと向き合ってみようと思って」
「はぁ」
「そしたら、梢ちゃん自分の部屋に籠城しちゃったんだよ」
「はぁ」
「それで、鼓君から梢ちゃんに出てきてもらうように言ってくれないかな」
「はぁ!?」
「鼓君の言う事なら梢ちゃん絶対に聞くから」
「なんで俺なんですか…宮下さんがいるでしょう」
「宮下さんは梢ちゃんの部屋のドアの前で梢ちゃんに話しかけてる最中だよ」
「…自分で」
「逆効果だと思わない?」
「………」
博樹さんは俺が最終手段だと言っている。山城といい博樹さんといい、俺に過剰な期待を持ちすぎだと思う。
「…それで、今から山城の家に来いって事ですか」
「そこまで手間をかけるつもりは無いよ」
「じゃあどうやって…」
「鼓君、梢ちゃんの携帯番号知ってるよね」
夏休みに入る前、リベンジに燃える山城とアドレス交換したばかりだ。
「ちょっと、なんで知ってるんですか!」
「宮下さんから聞いた」
…まぁ、それは。
山城の事だから宮下さんにリベンジの事を息巻いて話しただろうし話の流れでアドレス交換の事も話しただろう。
そうだ携帯。
「博樹さんが山城の携帯にかければ何も問題無いじゃないですか」
話もできるし、うまくいけば部屋から出てくるかもしれない。
「かけてみたけど、どこで番号を知ったのか着信拒否されてるんだ」
…ぐうの音も出ないとはこの事か。全く変な所で似てるなこの二人は!
「よろしく頼むよ。もし失敗したら苛烈の演劇サークルに売り飛ばすから」
「ちょっと、なんですかその捨て台詞!」
携帯は当然のように切られた。
俺の声が最後まで届いてたかは謎だ。
拒否権無しなのは…まぁいい、予測できたし。それよりも苛烈の演劇サークルって何だ?
俺が博樹さんと接するようになって知ったのは博樹さんの顔の広さだ、サークルボランティアという奇怪なサークルのせいでもあると思うが上級生はみんな知ってるんじゃないかと思うくらい顔が広い。
知名度なら山城と良い勝負だろう。
そんな博樹さんだ。演劇サークルに知り合いだっているだろう。
失敗したらもの凄く面倒な事になる。確実に…。
俺は仕方なく、山城の電話番号を表示させた。
俺から電話がかかってきたら山城はどうするだろう。
…間違いなく、出る。
「はぁ…」
思わず溜め息が出る。なんで俺なんだ?
久々の鼓君登場!ちょっと久しぶり過ぎてしゃべり方分からなくなってしまったけど、なんとか書けました。徐々にペースを上げれたらと思います。