29話 宮下翔子物語10
梢ちゃんは六年生に上がる頃には、初めからそこに居たように学校に馴染んでいた。
「宮下さん、今日クラスの高野さんが本を貸してくれたの」
「まぁ、どんな本?」
学校の事もこっちから聞かなくても話すようになった。
「すごく面白いって」
「魔女が出てくるの、面白そう」
明るく笑い、目を輝かせる事も多くなった。
けれど、梢ちゃんの口から「友達」の言葉は一度たりとも出てこなかった。
いつも「クラスの○○さん」、例え本を貸してくれる子でも、一緒に遊んでくれる子でもその子達は梢ちゃんにとって「友達」ではなかった。
それから、時間は経ち大学生になった梢ちゃんがある日、恥ずかしそうにキッチンに立つ私の前にやって来た。
「どうしたの、梢ちゃん?」
「…宮下さん。私……友達ができました」
「…本当!!」
持っていたサラダボウルを離して、私は梢ちゃんに抱きついた。サラダボウルはまだ空だったから良かった。
「宮下さんっ!」
「良かった、本当に良かった」
嬉しかった。自分の事のように嬉しくて、この想いが梢ちゃんに伝わらないかと”きゅう”と力を込めた。
腕にすっぽり収まっていた小さな身体はもうどこにもなく、強く芯のある心を持った女性がいた。
時間は確かに経っていた。
「宮下さん、今まで心配かけてごめんなさい」
ああ…本当に良かった。
「それで、どんな子なの?」
場所をキッチンからリビングに移し、ソファーに座って私は聞いた。
「…とても優しくて、…とても温かな人なんです」
「どう知り合ったの?席が隣だったとか?」
「いいえ、私が忘れた辞書を然るべき所に届けてくれたんです。それに凄く感動して、職員さんに名前を聞いて会いに行ったんです。…それに今日も…私が図書館で司書さんのお手伝いをしていたら、大変そうだからと手伝ってくれました」
穏やかに話す梢ちゃんの表情を見て、友達がとても良い子だとよく分かった。きっとその子も梢ちゃんの良さを分かってくれる。
「これからは友達と一緒にショッピングとかするんでしょう。私はお払い箱かぁ〜」
「どうでしょう?男の人とでもショッピングはするものなのでしょうか?」
私は梢ちゃんの友達は当然のように女の子だと思っていた。
「梢ちゃん…友達って男の子なの?」
「はい、言いませんでしたっけ?」
梢ちゃんは本当の意味で自分の容姿を理解していない。可憐で清楚、綺麗で可愛い女の子と一緒にいて友達だと言い張る男がいるだろうか?
「…梢ちゃん、それって友達じゃなくて彼氏って言うんじゃないの?」
「違います!鼓はそんな邪な心を持って私に近づいてきた事は一度もありません!!」
恋心を邪とか…恋愛に苦手意識を持ってるのは知ってるけど、相手が梢ちゃんと同じ気持ちだとは言い切れない。
「分かった、一度友達を家に連れてきなさい」
「なんで、宮下さんに命令されないといけないんですかっ!」
「あら、おじさんとおばさんに紹介しないの?二人とも絶対に会いたいって言うと思うけど」
「うっ…」
「それに、梢ちゃんとに釣り合う人かどうか見極めなきゃいけないでしょう」
「いいです、わかりました。鼓は宮下さんが思っているような人ではありませんから堂々と家に呼べますもの!!」
そして、本当に梢ちゃんの友達「鼓君」はやって来た。
容姿は良かった。優男な感じで雰囲気も優しそうで、背筋の伸びた好青年。
けれど、私が印象に残ったのは彼の目だった。芯のある、しっかりとした目。その目は梢ちゃんに似ていた。
彼が友達で良かったと思うと同時にとても残念に思った。
彼が梢ちゃんの彼氏だったら、どんなに良かったか。
彼なら頑なな梢ちゃんの心を本当の意味で癒すことが出来るかもしれない。
そう思わせるだけの目を彼は持っていた。
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「宮下さん、果たし状はどう書き始めるのが正しいのでしょう?」
「そうね〜」
夏休みを前にして梢ちゃんと鼓君の関係は全く変化していないらしい。
携帯のアドレスを今まで知らなかったのも驚きだったけど。
梢ちゃんにちょこちょこカマをかけてみても「純粋に友達」の一点張り、梢ちゃんはしょうがないけど鼓君はどうなのかしら?
まぁ、いいわ。これからどう転ぶか分からないし遠くから見守っておこうかしらね。
なんだかんだで10話にもなってしまった、宮下翔子物語こと梢ちゃんの過去編。
梢ちゃんの過去にはもうひと山あるのですが、それはまた次の機会に!
宮下さんを沢山書けて幸せだった。初期のキャラ設定とかもう跡形もなく…。宮下さんのしゃべり方も変わってるし…。誤字脱字も増えててビックリΣ(・口・) 次はやっと鼓が書けるヾ(〃^∇^)ノわぁい♪