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2話 辞書を携帯する人

 

 あの日以来、俺は山城と顔を合わせる事が多くなった。


「鼓、ちょうどいい所へ来ましたね」

 山城は段ボールを抱えて廊下を歩いていた。

 講義の後にお互いに声をかけたりはしないが、こうして廊下で会って話したり、図書館の自習室で会ったり、この前は学食を注文する時にたまたま山城が前にいて、流石に驚いた。


 今日は午後から講義で俺は大学に来たばかりだった。

「なんだ?」

「この段ボールを持って下さい」

 山城は大きな段ボールを俺に押し付けた。

 大きさの割に段ボールは軽かった。何も入って無いんじゃないかと思うほど。


「助かりました。もうすぐで辞書が落ちる所でした」

 山城は脇に辞書を挟み直し、段ボールを受け取ろうと両手を伸ばした。

「これ、中身入ってるの?」

「やっぱり、軽すぎますよね。私、これから三善教授の部屋に届けに行くんです」

 三善教授と聞いて俺は嫌な予感がした。あまり良い噂を聞かない人物。噂は当てにならない事はわかっているが、用心しておくに越したことはない。


「暇だし、持ってやるよ。三善教授の部屋だろ」

「いけません。私が頼まれた事です」

 数回話せばわかる事だが山城は頑固だ。全く融通がきかない。

「助けを求めたのは山城じゃないか」

「だから、そこまでお世話になるつもりはありません」

「また、辞書が落ちそうになったらどうするの?」

「……」

「じゃあな」


 山城は「でも…」と何か言いたげだったが無視して歩いた。しかし何を思ったのか山城は俺と並んで歩きだした。

「鼓一人に任せるほど無責任ではありません」

 たかが段ボール一つで責任感を持つ事はないと思うのだが。無下にする理由はなく、一緒に廊下を歩いた。


 初めて会った時は広辞苑。今日は英和辞書。

 話しを聞く限り、山城はいつも辞書を持ち歩いているらしい。

「山城はなんでいつも辞書を持ち歩いてるんだ?」

「だって、これくらいの重みがないと身を守れませんから。頭部への打撃には効果がありますし、投げれば大きな音が出るので隙も生まれます」

 ごっ護身用?辞書が…。

「それに読むと意外と面白いです」

 本来の辞書目的とは違う所で思いっきり活用されてる。活用されてるからまだいいのか?


「でもそれって、最低でも片手が空いてないと駄目だな」

 そうさっきの山城みたいに段ボールで両手で塞がっていたら頭部への打撃も何もできないだろう。

 …まさか三善教授は全てを予測した上でこの段ボールを山城に持たせたのか。確かに両手は塞がるし、軽い段ボールを投げた所で威力も音も出ない。

「それもそうですね。…やはりスタンガンを携帯するのが正しいでしょうか」

「いや、防犯ベルにしてくれないか」


 そうこうする内に三善教授の部屋の前まで来た。

 コンコンと山城がドアをノックする。俺は両手が塞がっているので当然そうなる。

「どうぞ」

 三善教授はわざわざ自分からドアを開け、俺の存在を見るとあからさまに不機嫌になった。やっぱりセクハラ目当てだったのかよ。

「この段ボールはどこに置けばいいですか」

「そこに置いといてくれ」

 俺はさっさと段ボールを置き、部屋を出た。山城は律義に「失礼します」と頭を下げて部屋を後にする。


 歩いている廊下は研究室などの部屋が多いためかあまり人がいない。

 そんな場所で突然、山城が言った。


「私の側に居て欲しいです」


「はぁ!?」

 


「そうすれば、辞書を持ち歩かなくても済みます」

 ケロリと山城は言った。

 辞書と一緒?俺が??

「教授ともあろう人が学生をあんな邪な目で見るとは正しくありません」

 男の下心がわかる山城に三善教授の下心に気づかないはずが無い。いや、あの段ボールを頼まれた時に気づいてもいいと思うけど。

 

「鼓が居れば大抵の問題が回避できると思います。今、実際に回避されました」

 山城の言いたい事はわかった。つまり俺は辞書の代わりで、山城は自分の身を守れると言っているだけ。

 わかった、わかったけど…。


「山城、もっと普通の言い方があるだろ…」

 

 誤解されてもおかしくないセリフをサラッと言わないでくれ。

 無駄に心臓がドキドキするし、誤解した俺が恥ずかしい。

 

「普通?普通に言ったつもりですけど。…けれど、全く同じ講義を取っている訳ではありませんし、物理的に常に一緒にいることはできませんね」


 こうして山城はこれからも辞書を携帯する事となる。

 

 

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