27話 宮下翔子物語8
バタンと大きな音を立ててドアを開けた。部屋からは驚いた顔をした梢ちゃんが顔を出す。
「宮下さん、どうしたの?」
私は迷わずその小さな身体を抱きしめた。
「宮下さんっ!」
私の腕の中にすっぽり、簡単に入ってしまう。
こんな小さな身体で…たった一人で抱えていた。そう思うだけで、心が…胸がいっぱいになる。
「…宮下さん。泣いてるの?」
「そうよ。梢ちゃんが何も言わないから」
「…ごめんなさい」
「辛いなら、辛いって言えばいい。苦しいなら苦しいって、泣きたいなら泣いていいの」
「宮下さんみたいに?」
私の目からはみっともないくらい涙がボロボロとこぼれている。梢ちゃんは私がどうして泣いているのか分かってない。
そうだろう。私が梢ちゃんと同じ想いを知ってるなんて彼女は知らない。できれば知らないで居て欲しかった。
私はグッと梢ちゃんを身体から引き離し、正面から目を合わせた。
「私は梢ちゃんが好きよ。可愛くて、賢くて、何より優しい梢ちゃんの事が」
それから今度はゆっくりと優しく梢ちゃんを抱きしめた。
「だから独りぼっちだなんて思わないで」
私からは梢ちゃんの顔が見えない。けれど肩が震え、梢ちゃんが顔を私の顔に押しつけた。
はっきりと梢ちゃんの箍が外れるのがわかった。
「っ…………っう゛ぁあああ〜〜」
梢ちゃんは泣きわめいた。ただ闇雲に、声を張り上げて、私にすがりついて。
誰にも梢ちゃんは救い出せない。それでも助けを求めるように、梢ちゃんは長く泣き叫んだ。
私たちは勘違いしていた。梢ちゃんをここまで追い詰めたのは博樹君でも友達でもなかった。
引き金を引いたのは確かに博樹君と友達だ。
けれど、ここまで追い詰めたのは梢ちゃん自身。
梢ちゃんを追い詰めたのは絶望的な程の「孤独」だった。
人は孤独を味わう事がある。子供の頃や思春期に唐突に訪れることもあるだろう。
しかし、絶望的な「孤独」を味わう人間は少ないそして、それを子供の頃に体験する事はもっと少ない。
私と梢ちゃんに共通していたのは「裏切り」による絶望。
梢ちゃんは絶対的に信頼していた博樹君に。
私は疑うことすらしなかった母親に。
私も梢ちゃんも本当は裏切られてはいなかった。
けれど、不安定な心に深い影を落とすきっかけには十分過ぎるものだった。
あの時、私たちは確かに「裏切られた」と感じたのだから。
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絶望的な孤独を私は丁度思春期の頃に経験したことがある。
中学二年の時、私は母親と血のつながりが無いことを知った。
それまで、私を母親は姉妹のように仲が良かった。一緒に買い物をし、友達の相談、恋愛の相談までするくらい私は母親に何でも話し、母親も嬉しそうに私の話を聞いていた。
なぜ、母親と血のつながりが無いと知ったのかよく覚えていない。
ただ、目の前が白くなって。本当に周りの言葉が全く耳に入ってこなかった。
気がついたら私は病院のベッドの上だった。
「翔子、大丈夫」
心配そうに私の顔を覗く母親。全てを知ってしまった私は嘘であって欲しいと思った。
「…お母さん。私の母子手帳ってある?」
疑ったことなんて一度もなかった。よく似てないと言われる親子だったけど、そんなの気にしなかったし。
赤ちゃんの頃の写真がなくても、写真が嫌いな父だったのでさほど不振にも思わなかった。
「えっ?」
母親の目は一瞬揺らいだ。それだけでもう十分だった。
今なら分かる、母親は全く悪くない。
けれどその時、私は裏切られた…そう思った。だから私は母親から顔を背けた。
「もう、来ないで」
母はそんな私に何も言わずに病室を静かに出て行った。
えっと、いよいよ宮下翔子物語が始まります。