24話 宮下翔子物語5
どんな物や人でも攻略にはいくつかの方法がある。
まずは相手を知れ。
それは下調べだけの事じゃない。
「博樹君は幸枝さんから私の事どう聞いてる?」
「…梢ちゃんの事を知りたがってる人がいると聞いてます」
全く、幸枝さんめ。全部話してる…それだけ受け止められる子なのはわかるけど、仮にも小学六年生だっていうのに。それは、あまりにも酷じゃない。
まぁでも、やりやすい事なのは事実だわ。
「それじゃあ、私がなんで博樹君の所に来て、今日どんな話をするつもりなのか大体分かっているのかしら?」
「はい、大体は。宮下さんは幸枝叔母様からボクの事どう聞いていますか」
「梢ちゃんの事を聞くなら博樹君が適任だろうってね」
「そうですか。きっと幸枝叔母様はお見通しなんでしょうな。多分全部」
「どういうこと?」
「ボクですよ。梢ちゃんが転校を言い出した原因。ボクが梢ちゃんを傷つけた」
博樹君はまるで世間話をするように表情を変えなかった。これは覚悟の賜かしら。
「梢ちゃんに何をしたの?」
「酷いことを言いました。ボクに近づくな、梢ちゃんの面倒見るのはもうウンザリだ。そう言いました」
博樹君は表情を変えないようにしていた。まるで後悔することを許してないみたいに。
「ケンカしたなら謝ればいいじゃない」
私は軽く言った。
思った通り、その言い方は博樹君のカンに触ったみたい。
「ケンカではありません。ボクがしたのは裏切りです。梢ちゃんがボクを信頼してるとわかっていた。なのに、ボクは梢ちゃんを裏切ったんです。だから梢ちゃんはボクから離れたくて引っ越したんです」
吐き出すように言った。これが博樹君の本心…。
なんだかこの子、梢ちゃんみたい。
「ねぇ、博樹君。甘い物好き?」
「えっ、はい」
「じゃあ、ちょっとキッチン借りて良いかな」
「…はい」
「材料勝手に使っちゃうけど良いかな」
「いいですけど、何するつもりですか」
「ホットケーキを作るの」
博樹君は興味深そうに私がホットケーキを作る様子を見ていた。
歩けば、どこにでも着いてくるアヒルの雛みたい。
「今日はありがとう。私は失礼するわ」
私は博樹君の前にホットケーキを置いて、そう告げた。
博樹君は不思議そうに私を見ていた。それも、そうか。本題の梢ちゃんの話は早々に切り上げて、ホットケーキ作ってるんだもの。
「あなたが覚悟して私を招き入れてくれたのは嬉しかった。でもね、私はあなたを傷つけに来たんじゃないの」
いくら頭が良くても、大人のように振る舞うことが出来ても。
あなたはまだ子供で、子供でいて良い時期だから。
これ以上、苦しまなくて良いの。
「ボクはまだ子供ですか」
「ええ、子供よ」
「そうですか。ありがとうございました」
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梢ちゃんは病弱でそのせいで学校も休みがちで友達が出来なかった。そんな梢ちゃんを支えてたのが博樹君。梢ちゃんの遊び相手になってくれた。自分の友達よりも優先して。
絵に描いたような優等生。でも放課後、友達と遊んでいる博樹君を教師達は見たことがない。どこに言ってるかと思えば、病弱なハトコのお見舞い。
これもまた、絵に描いたような王子様っぷり。それに梢ちゃんも守ってあげたくなっちゃうくらい可愛いお姫様。
信頼してた博樹君にあんな事言われたら確かに梢ちゃんはショックを受けるだろう。
でもそれじゃあ、腑に落ちない。
だったら、なんで梢ちゃんは博樹君を庇うの?酷いことを言われたって言えばいいのに。
それに博樹君が罪悪感に押しつぶされる必要もない。実際遊びたい盛り、梢ちゃんの事を面倒だと思わないなんて無理よ。
これじゃあ、お互いを庇い合ってるみたい。
そんな理由どこにも見あたらない。
それに、友達を拒絶する理由は?
梢ちゃんはもう病弱じゃない。友達だって欲しいはずなのに。
引き金を引いたのは博樹君だ。それは間違いない。でもそこまで追い詰められるだけの何かがある。
マンションの前まで着くとある人が待っていた。
「同窓会にしては帰るのが早いんじゃない?」
「幸枝さん…、梢ちゃんは」
「今、昼寝してるよ」
幸枝さんの鋭い目が私を捕まえる。
「翔子さん、私に話があるんでしょう」
この人は博樹君が言った通り、全てお見通しなのかもしれない。
私は思いきって口に出した。
「幸枝さんは全部知ってるんじゃないですか」
梢ちゃんに何が起きたのか。なぜ、ああなってしまったのか。
「…そうね。多分、翔子さんが考えてる全てを私は知ってるわ」
「じゃあ!」
「なんで教えなかったか。翔子さんに博樹君を救って欲しかったのよ。翔子さんの事だからろくに話も聞かなかったんじゃない?」
「……」
「ふふっ、図星みたいね。博樹君、翔子さんに会って少し救われたと思うの。本当に救われる時は梢ちゃんに許される時だけれど、今のあの子にそれだけの強さは無いし、その時はきっと来るからいいの。でもそれまであまりに重い荷物を持つのは辛いでしょう」
一体何で人を救えるかなんて私には分からない。
でも、例えば黙って側に居てくれるだけで救われる事がある。
あのホットケーキで博樹君を少し救えたかしら。
そろそろ、鼓が恋しい…。