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1話 全ての始まりは広辞苑。

 現実は小説より奇なりと誰かが言っていたような気がする。

 

 高嶺の花と呼ばれる女の子、口を開けば正論ばかり、頑固で全く融通が利かない。

 正直近寄りがたかったし、深く関わる必要はどこにもなかった。


 けれど時々


「一緒なら何も怖くないでしょ」


 なんて言うから。


 ほっとけなくなるんだ。


「そのセリフ恥ずかしくない?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺が山城 梢(やましろ こずえ)と一緒にいるようになったきっかけは奇妙な偶然からだった。

 それは、大学へ無事入学し、授業に慣れた5月頃だった。

 山城と俺は特に接点は無かった。数個同じ講義を取っていたくらい。けれどそんな人は俺の周りに山のように居て、最初はその存在も知らなかった。


 けれどその頃、山城は噂の的だった。

 黒いジャケットに白いワイシャツ、くるぶしまであるじゃないかと思うくらいのロングスカートに、長く緩く二つに三つ編みされた黒髪。

 加えて綺麗な顔立ちをしていた山城は、大正ロマンとまでは言わないが。モダンな雰囲気を漂わせる大和撫子として噂されていた。


 当然、男共が声をかけないはずが無く、講義が終わった直後の山城を囲んだ。切り出しは「サークルとか入った?」とかそんな感じだろう。しゃべり続ける男共をよそに、山城は黙々と後片付けをし、話しかけていることなど全く気にせず席を立ち「もっと時間を有意義に使ってはどうです」と言って去って行った。というだけの話だが。

 その後コケにされた男共の腹いせで、尾ひれが付きまくった噂は広がっていった。


「山城ってさぁ、男とは口聞かないらしいぜ」

「名家のお嬢様ってのは本当なのか」

「社長の愛人やってて、俺たちなんて相手にしないって聞いたぜ」

「大人しそうに見えて実は…」


 こういう話は積極的に聞こうとしなくても勝手に入ってくるもので、当然その噂は俺の耳にも入っていた。

 バカげた噂だと思っていても気にならないと言ったら嘘になる。授業中俺はこっそり山城を盗み見た。

 俺が見たのは後ろ姿だったけど、ピシッと背筋が伸びているのが印象的だった。普通は清楚とかしっかりしているとか思うのだろうけど。その時、俺はなんとなく近寄りがたいなと思った。

 それが山城の第一印象。

 

 第二印象は「なんだコイツ」だが、それはその日からさほど日をおかずにやってきた。

 発端は目の前に置かれた広辞苑。

 場所はどこかというと大学の図書館の自習室で、あまりの日当たりの良さにうたた寝をし、目覚めたら俺の目の前に広辞苑があったのだ。

 置いてある場所から察するに、俺の向かい側に座っていた人がしまい忘れたのだろう。親切心から本棚に戻してやろうと広辞苑を手に取ると裏表紙に油性マジックで名前が書いてあった。


 山城 梢


 あの子の私物かよ!

 手に持っている広辞苑が山城の私物だという事に驚きはしたものの、俺が取るべき行動は一つだった。

 数個同じ講義を受けているだけの間柄、高校生じゃあるまいし、クラスメイトとは呼べない、それに俺は山城の存在を知っているが向こうは当然俺を知らない。

 そう俺達には何にも関係性が無い。


 例えるなら、見ず知らずの人の財布を拾ったのと同じ。

 それが広辞苑だっただけで、俺が一方的に相手の名前を知っているだけ。

 これがもし財布なら、交番に届ける所だが。広辞苑でしかも大学の図書館内だから俺は自習室から出て、カウンターへ向かった。

 カウンターは主に本の貸し借りをする場所だか、インフォメーションのような役割を持っている。

 俺はカウンターにいた中年の男に声をかけた。

「すみません、自習室に忘れ物があったんですけど」

 男は差し出された広辞苑を見て微笑んだ。

「変わった落とし物だね」

 忘れ物だと言ったのに、落とし物に勝手に変換されている。だが、そんな些細な事を気にする理由は無く。

「まぁ、俺が落とした訳じゃないんで」

 と俺は男に広辞苑を託して図書館を出て行った。

 

 そこで俺としてはこの出来事が終わるはずだった。

 事件は翌日の昼頃に起きた。ソコソコ話す男達と共に、学食へ向かっていた時だ。

 俺の前に立ちはだかるようにして山城が現れた。

鼓 秀平(つづみ しゅうへい)少し時間はありますか」

 山城が俺の名前を知っていたことにも驚きだが、あの高嶺の花の城山が俺に用事がある事に衝撃を受けた。

 周りの反応も俺と同じだったようで、信じられないものを見るように山城を見ていた。

「…ああ。悪い先に行っててくれ」

 俺は片手を軽く上げ男達から離れると、山城と並んで歩いた。

 その後「大和撫子が話しかける伝説の男」と事実とは思えない噂が駆けめぐり、俺はシャーペン1本折る羽目になるのだが、それはまだ先の話。


「あの、広辞苑を届けて下さり。ありがとうございました」

「いえ、そんなこと…。なんで俺が届けたって」

 あの場に山城は居なかったはず。居たら直接渡すし…。

「預かっていた図書館員さんにどんな人が届けてくれたのか聞いたら。あなたの名前を教えてくれました」

 あのおじさんが俺の名前を知っていることに不思議はない。広辞苑を届けるついでに本を借りたから名前なんていくらだって確認できる。

「それでわざわざ」

「今まで辞書を忘れるた事が数回ありましたが、どの辞書も下心アリアリな男の人がわざわざ私の所まで直接届けに来ました。

 あの人達はどうやって私の居場所を知るんでしょう。少々気になる所です」


 綺麗な花には棘があるって誰かが言っていたけどその通りだなと俺は共感した。

 山城が言っている事は事実だろうが、そんな言い方しなくても…。あしらわれ続けた男共に同情する。


「けれど、あなたは違った。辞書が無いと気づいたのは図書館を出て間もなかったので、すぐに戻りました。

 まだそこにあるかもしれないと思ったからです。そしたら図書館員さんが私を呼び止めて「あなたの忘れ物じゃないかい?」と辞書を渡してくれました。

 私は感動しました。今まで辞書を置き忘れて5分とたたない内に元の場所に戻ったのに、辞書は無く。

 戻ってくるのに最低3日はかかっていたものがその日の内に戻ってきたのです。

 あなたの行動は実に正しい」

「でも、直接届けてくれた人の方が親切じゃない?」


 直接届けるなんて思いつきもしなかった俺は忘れ物ですらチャンスと捉える男共のエネルギーに感服する。

 しかし、そんな男心は山城にはわかってもらえないらしい。


「私の知り合いであったり、顔見知りの人であればその行動は正しいですが。

 初対面の人の忘れ物を直接本人に渡すのはおかしいです。

 あなただったら、道で拾った財布を入っていた免許証をたよりに落とし主を捜しますか。

 それはおかしいです。正しくは交番に届けるべきです。もし、落とし主を捜せたとして「先日、落としましたよね」と笑顔で言われて表面上では感謝しますが、内心気持ち悪いと思います。

 私何か間違っていますか」

「いや、間違ってないと思う」


 俺には間違いだろうが、正解だろうが正直どっちでもいい。

 けれど、山城は嬉しそうに広辞苑を抱えなおした。

 たかが辞書、されど辞書。

 山城が俺に向かって、微笑んだ。


「あなたは見た目よりも暖かい人です。お日様の匂いがします」


 なんだコイツ。それが山城の第二印象。


 今思えば、この時からだと思う。山城をほっとけない、と思ったのは。


梢ちゃんは結構、喋ります。


冒頭部分を修正。梢ちゃんはツンデレじゃなかったので。(私がツンデレを書けないだけ…)

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