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18話 いろいろあって忘れてたけど


 いろいろあって忘れてたけど…。

 試験です。


 はい、そうです。大学生ですから単位の為に試験というものがあり、日頃から勉強するのが学生の本分です。ええ、そうです。わかっていましたとも。


 でも理想と現実って必ずしも一緒じゃない。

 むしろ一緒じゃない方が多いはずだ。きっとそうに違いない。

 

 はい、正直に言いましょう。


 俺はそんな事すっかり忘れていました。

 いや、しょうがないじゃん。いろいろ(本当にいろいろ)あったし、それどころじゃないかったというか、正直面倒だったというか。考えるのを放棄したいっていうか…。

 

 まぁ、でも試験1週間前に何もやって無いのは流石に不味い。非常に不味い。

 誰か分かりやすく教えてくれる人とか居ないかな…。と思いながら、足は自然と図書館へ向かっていた。静かで机と椅子があって、尚且つ重たい辞書がすぐ近くにある。

 図書館の自習室は試験勉強をするのにもってこいの場所だ。


「鼓っ」

 俺を名字で呼び捨てにする人物は一人だけ。振り返ると山城が辞書を抱えて歩いていた。

 気温が上がり始めた今日この頃、当たり前だか山城の服装も夏仕様に変わっていた。

 黒の固いジャケットは無くなり、白を基調とした半袖のYシャツに赤色のリボンからネクタイに変わった。スカートの丈は相変わらず長いが、色や素材が明るく、軽くなった。みつあみおさげは健在だ。


「鼓も自習室ですか?」

「そろそろ試験勉強しないとヤバいからな」

「私もです。家で勉強していると宮下さんに邪魔されて勉強出来ないんです」


 何やってるんだ、あの人。

 俺達は自習室へと向かった。しかし、いつもは空っぽな自習室とは違い、今日はほとんど満席状態だった。


 考える事はみんな同じなのだろう。

 不思議なものだ。人が同じ空間に集まっているだけなのに、騒がしいなんて。

 圧倒的にグループで勉強しに来ている人間が多い。自習室という事もあり、声をひそめているが、いつもの自習室に比べればやはり騒がしい。

 山城も同じ事を思ったのか入り口の前で足を止めたまま入ろうとしなかった。


「こんな獣の群の中で、勉強なんてできません」

 

 もちろん、自習室には男子もいる。

 山城の姿を見つけて少し騒がしくなったような気もする。


 幸いな事に自習室は満席状態で、山城のさっきの言葉も小さな声だった。

 俺達はとりあえず自習室から離れ、図書館へと戻った。


「これからどうしようか」

 普通なら家で勉強すればいいのだけれど。

 家で勉強すると結局あまり勉強しない事を俺は経験で知っているし、山城は(なぜか)宮下さんに邪魔されるらしい。


「どこか開いてる教室があればいいのですか。…いっその事、食堂で勉強しますか」

「取り合えず、そうするか」

 俺達が図書館から出たところにその人はいた。タイミングが良いのか、狙って現れてるのかは全くわからない。

「やぁ、お二人さん」

 俺達の前に立っていたのは博樹さんだった。手にはぶ厚い本が三冊あり、多分これから図書館に返しに行くんだろう。

 そんな事を予測してる間に、山城は俺の背へと周り、博樹さんを睨みつけている。

 

 百人一首大会以来、少し壁が無くなったと思っていたけど、本当に少しだったみたいだ。

 そんな山城の反応を気にする事無く、博樹さんは言葉を続けた。

「二人で試験勉強するつもりだったのかな。でも、その様子じゃあ、自習室は使えなかったみたいだね」

「どうして、わかるんですか」

「俺が君達の先輩だから」

 言葉が足りない所は山城と近いものがある。まぁ、山城の場合は理解できない事の方が多いけど。つまり、試験前になると自習室が満席になるのはいつもの事らしい。


「それで。これからどこに行くつもり?」

「木野村には関係ありません」

「梢ちゃん、俺にそんな事言っていいの?どうせ、場所がなくて困ってるんでしょ」

「それが事実であっても、やはりあなたには関係ないことでしょう」

 端から見たらこの光景はどう見えるのだろう。

 にこやかな好青年と平凡な俺。その後ろに好青年を睨む大和撫子。

 う〜ん、修羅場?


「確かに関係ないけど、これでも部長だよ。ここに部室の鍵だって持ってる」

 俺の顔の前に小さな鍵がぶら下がる。


「あっ」

「…梢ちゃん。なにか言う事は?」

「…貸して下さい」

「よくできました」

 博樹さんはそのまま鍵からあっさりと手を離し、鍵は俺の手に落ちた。

「それじゃあ、勉強頑張って」


 あれ?

 俺は思わず首を傾げたくなった。いつもの博樹さんだったらこんなすんなりと鍵を渡してくれるはずがない。

 山城も同じ事を思ったようで、去ろうとする博樹さんを呼び止めた。

「木野村、どういう風の吹き回しですか」

「それは、どういう意味かな」

「あなたはそんなに良い人ではありません」

 

 博樹さんは耐えきれなかったように吹き出して笑った。

「ははっ、梢ちゃんははっきり言うね。そうだね、俺は良い人間じゃない。でも俺にも罪悪感ってのが人並みにあるんだよ」

「意味がわかりません」

 

 博樹さんの声がワントーン下がる。それだけで、雰囲気が空気がガラリと変わる。

 博樹さんは笑顔を崩さない。けれどその笑顔は張り付いているようで、冷たい。

「謝罪だよ。何の謝罪かは言わなくてもわかるよね、梢ちゃん」

「今更、そんなもの…」

「そうだね。許してもらおうなんて思ってないよ。けど、優しくする理由くらいには使っていいでしょ」

「そんなもの、あなたの都合でしょう」

「だから、許さなくっていい。ただ後悔してることを知って欲しかった」


 もしかして、博樹さんは…。


「それじゃあね。梢ちゃん、鼓君」


 山城の事が好き?


 確かめる隙もなく、博樹さんは俺達に背を向けて去った。


んんっ?なんでこんな展開になってんだ??(本人が一番不思議)

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