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17話 Xデー 後編


 それから午後は過ぎていった。

 山城とは会わなかった。

 いつもなら気にしない。気にならない。


 でも、今日は違う。そう、誕生日だからだ。多分、俺は期待していたんだ。

 静かに、密かに、そんな素振りを見せないように。


「結局会えなかったな。じゃあ、俺これから合コンだから」

「ああ、じゃあまたな」

 明日也とは、廊下で別れた。俺もすぐに帰るつもりだってけど、なぜか足は図書館へと向かっていた。


 全く、矛盾してる。


 山城に会わなくてホッとしてる自分と。残念に感じてる自分。


 このまま帰ってしまえばいい。クリーニングと牛乳とプリンを買ってさっさと帰れば今日は何事も無く終る。

 けど足はまだ帰ろうとしない。図書館に行く途中で山城に会えないかと期待している。


 俺は一体どうしたいんだ。


「やぁ、鼓君」

「博樹さん!」

 なんでこの人はこうも神出鬼没なんだろう。気配とか足音とか無いのかこの人は。

「その顔だと、まだ梢ちゃんのは会えてないみたいだね」

「顔に出てますか」

「出てるね。梢ちゃんなら真っ先に俺を疑うくらい顔に出てるよ」

 ああ、それは相当だな。…やっぱり帰ろう。

「俺、もう帰るんで。面白い事起きないと思いますよ」


「一つ言っていいかな」

「はい?」

「君は周りの目を気にし過ぎじゃないかな」

 平然と笑って言う博樹さん。

 そういえば昼間、明日也が言ってたな。人の心が読めるとか。なるほど、こういう事か。


「……誰だって変な噂たてられたくないし、偏見で見られたくないと思うのは普通じゃありませんか」

「それは至極まっとうな答えだと思うよ。でもその頭に、梢ちゃんの事は入ってないね」

「山城は大丈夫ですよ。噂なんて気にしない。それに強い」


「俺は君を買被り過ぎていたみたいだ」

 隣を歩いていた、博樹さんが足を止めた。

「なんですか」

「君はもっと梢ちゃんの事を分かってると思っていた」

 博樹さんの顔に笑顔は無い。その目には呆れと怒りがありありと見える。こんなにも気性の激しい人だったのか。


「梢ちゃんが強い?だったらもっと器用に立ち回れると思わないのか」


 博樹さんの言葉は俺を非難している。それがハッキリとわかるほどの悪意を感じる。

 背筋が凍るほどの視線がある事を俺は知る。

 けれど、博樹さんの態度で俺は気づかされた。


 そう、俺は知っていたはずなのに。

 山城が辞書を持ち歩く理由も。

 長いスカートを履く理由も。

 ショートケーキを焼いた理由も。


 警戒心が強くて、でも臆病で、不器用。

 山城はただの女の子だって知ってたはずなのに。


「博樹さん、山城はどこに?」

 博樹さんは満足したようにニッコリと口元を緩ませた。

「三善教授の研究室」

「っ!くそっ」


 足が地面を蹴る。俺は駆けた。

 周りの目を考える前に身体が動いた。でも動いてみてやっとわかる。人目なんて気にならない。だってそんなもの目には見えない。

 それよりも大事なものがある。


 山城!!





「あっ、鼓」


 えっ?


 俺は一瞬身体が浮いたと思った。多分浮いたと思う。スピードを殺しきれず、身体が前に持ち上げられた。背中に強い衝撃が走る。

 簡単に言うと、派手に転んだ。一回転までした。

「鼓っ!大丈夫ですか!!」

 山城が辞書を抱えた格好のまま、俺に駆け寄った。今日の辞書は「アルゴリズム辞典」だ。一体何か書かれているんだろう。全く見当がつかない。

「ああ。……三善教授の研究室にいたんじゃないのか」

「?私は鼓を探していたんですよ」


 そうだ、博樹さんは嘘つきだって山城が散々言ってたじゃないか。

「三善教授がどうかしたんですか」

「いや、なんでもない」

 山城に差し出された手をとって俺は立ち上がる。

「鼓、こっちに来て下さい」

 そのまま手を引かれ、俺は山城に連れて行かれる。

 少しだけ、初めて山城が俺の前に現れた時の事を思い出した。あの時は俺、フルネームで呼ばれたんだよな。

 あと、手は引かれてなかったな。


 山城は中庭までやって来た。

 ちなみに、山城はまだ俺の手を掴んでいる。

「山城、そろそろ手を離してくれないか」

「駄目です。離したらきっと鼓はいなくなります」

「どうしてそう思う」

「そういう顔をしています。私は…迷惑でしたか?」

 臆病で、不器用。甘える事がわからない。山城が何よりも恐れているのは人に迷惑をかける事。


「迷惑じゃない」


 会いたくないなんて思ってゴメン。


「迷惑じゃないよ、山城。俺も山城の事探してた」

「本当ですかっ」

「…うん」

「はっ!本来の目的を忘れる所でした」

 山城は鞄の中から水色のリボンでラッピングされた袋を取り出した。

「誕生日おめでとうございます」

 山城にしては普通でちょっと拍子抜けだ。

「ありがとう」

 

 早速開けようとする俺の手を山城が止めた。

「待って下さいっ、あの家に帰ってから…せめて私の前では開けないで下さい」

「…わかった」

 そんなに恥ずかしい物でも入っているんだろうか。疑問を残しつつ俺はプレゼントを鞄に入れる。


「帰りましょうか」

「そうだな」


 すっかり暗くなった頃、俺は家に着いた。

「ただいま」

 手のはクリーニングに出されていた父さんの背広と近所のスーパーの袋を持っていた。袋の中身はもちろん牛乳とプリンだ。

「おかえりー、ありがとう」

 頼まれていた物を母さんが座っているダイニングテーブルに置く。

「今、修介がお風呂入ってるから上がったら入ってね」

「ん~、わかった」

 部屋に戻って鞄を机の上に置く。開けて取り出したのは水色のリボンでラッピングされた袋。リボンを解いて袋を開けると、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。

 中にはクッキーと一枚のカードが入っていた。多分、クッキーは山城の手作りだろう。

 カードを取り出すと、そこにはこう書かれていた。


「誕生日おめでとうございます。

 鼓にはいつも感謝しています。感謝しつくせない程感謝しています。

 鼓が本当に困った時、私を頼って下さい。

 鼓の為なら何でもしますから。

 私の友達になって下さってありがとう。

 

 山城 梢                           」


 自然と顔がほころんだ。全く、山城は…。

「秀平ー、上がったよー」

「ああ、わかった」


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