16話 Xデー 前編
本日は7月16日金曜日です。今日は休日であって欲しかった。
いや、解決法はまだある。俺が学校を休めばいいのだ。そすれば平和な一日が過ごせる。
「秀平、学校行くついでにポストに出しといてね」
朝食の食卓で母さんからはがきが渡された。雑誌の懸賞ハガキだろう。
「あ〜、うん」
「じゃあ、コレもついでに返しといて」
奈々緒がレンタルDVDの袋を俺の前に置いた。
「ああ」
「回覧板もよろしく」
「帰りにクリーニング取ってきて」
「あ〜、牛乳が無くなっちゃった」
「私のプリン食べたの誰っ!」
…学校に行こう。
結局俺はいつも通り大学へ向かった。
大丈夫だ。大学だって広いんだからそう簡単に見つかるはずが…。
「秀平、何してんだ?」
警戒して裏門から入ったのに、聞き覚えのある声が後ろからする。
後ろには明日也が居た。二番目に会いたくない奴に初っぱなから会っちゃったよ。
「明日也こそどうしたんだよ」
「今日は面白そうな事が起きる気がするから秀平を探してたんだよ」
悪びれる様子も無く、明日也はにっこりと笑う。
全く、敵に回ると本当に厄介な奴だ。
「それと、一応友達だからね。誕生日おめでとう」
「…おう」
そう、今日は俺の誕生日だ。今日ほど誕生日を意識した日はない。
「山城さん、何してくれるんだろうね」
約一ヶ月前。初めて明日也と山城が会った日。山城は俺の誕生日を勘違いして「鼓の為なら何でもします!」なんて言ってしまった。
いや、俺にはわかる。山城のなんでもするは、俺が溺れてたら助けてくれるとかそういう正義感の大変強いものだ。
明日也が思っているような事は微塵も起きない。
し・か・し!
「山城かぁ〜」
真っ直ぐで頑固な分、何をしでかすかわからない。
危険だ。予想できないから尚の事危険だ。
早めに会ってさっさと処理するか、会わないように逃げ続けるか。
「秀平今日合コン、セッティングしたから来いよ」
そう言えば前、そんな事言ってたな。
「今日はクリーニングと牛乳とプリンを買って帰るから無理」
「主婦かよ」
「主夫だよ、専業じゃないけど」
「まぁ、どうせ来ないと思ってたけどね。それで、山城さんとはいつ会うの?」
「さぁ?」
「は?約束してねーの」
「してないよ」
山城と会うのは大抵偶然だった。行く所が同じなのかよく会う。
だけど、毎日会ってる訳じゃない。
でも、ずっと一緒にいるような気がするんだよな。…不思議だ。
「俺が見つけられたくらいだし、まぁ会えるだろ」
明日也に付きまとわれながら午前は過ぎ、食堂に来た。当然のように明日也もいる。
「あれ、鼓君」
どういう事でしょう。今日一番会いたくなかった人に食堂で会うなんて。目の前には見た目好青年で爽やかな笑みを浮かべた博樹さんがいた。
山城がいなくて本当に良かった。
「お友達ですか?」
人を騙す事に長けている博樹さん。猫をかぶるなんて朝飯前だろうと思うくらい、目の前の博樹さんはいつも以上に好青年だった。
「中学の時の友達です」
「川端明日也です」
「俺は鼓君が入っているサークルの部長で木野村博樹です」
二人とも軽く会釈して軽い自己紹介が終わった。
「秀平、サークルなんていつ入った」
「いつの間にだよ、本当に」
「はぁ?」
そこは深く掘り下げないでくれ。いろいろと面倒だから。
そのままの流れで俺達は一緒のテーブルに座った。
「そう言えば、梢ちゃんは一緒じゃないの?」
「俺達、いつも一緒にいる訳じゃないですよ」
博樹さんと会うときはいっつも山城がいたな。…そうだ、山城が博樹さんから俺を守るためとか言って、一緒にいるように頑張ってたんだ。
百人一首大会から博樹さんが山城にちょっかい出さなくなったから、前のペースに戻ったんだ。
「今日は一緒だと思ったんだけどな。…鼓君、誕生日でしょ」
「なんで博樹さんが知ってるんですか!」
「それくらい、調べればわかるよ。鼓君は結構人気だからね」
人気ってそれは興味本位と悪意と好奇心が入り交じった噂のことだろうか。
「もしかして梢ちゃん、鼓君の誕生日知らない?」
「知ってるのは知ってますよ。覚えてるかどうかはわかりませんけど」
「知ってるなら絶対覚えてるよ。梢ちゃんはそういう子だから。そっかー、まだ会ってないのか」
すっかり話に置いていかれた明日也が切り出すように言った。
「あの…梢ちゃんって誰ですか?」
「山城だよ。山城梢」
「ちなみに俺は梢ちゃんとはハトコなんだ」
「あっ、それで。…なんだ良かった」
明日也はほっとしたのか、顔の力が一瞬抜けた。名前で引っかかる…もしかして、まだ。
「明日也、まだ山城の事狙ってんのか」
「いや、そうじゃないから!気にすんな」
慌てる明日也を見て博樹さんはフッと鼻で笑う。けれど表情は爽やかな好青年のままだ。
「川端君は友達想いですね」
「!!」
「できれば、一緒に居たいんですけど。さすがに講義までは一緒じゃないからね。面白そうな報告を待ってるよ」
そういって博樹さんは去って行った。ふ〜。あの人といると妙に緊張するんだよな。
「秀平、あの人何者?」
いつになく明日也が真面目な表情で聞いてきた。
「山城のハトコでサークルの部長」
「そうじゃなくて、何て言うの…人の心が読めたり…」
「山城が言うには小春日和らしい」
「はぁ?」
「一見温かそうに見えて、実は寒いらしい。あと嘘つきで卑怯者って山城は言ってる」
「ふ〜ん、なるほどね」