13話 部室
名無しの好青年の後に付いてやって来た場所は別館のとある一室。
「どこですかここ」
「部室だよ」
「はぁ!本気で!」
そこは部室というよりは書庫のようだった。天井まである本棚が四つ並んでいた。
部屋は狭くないのに、かなりの迫力と圧迫感がある。
「元々、文芸部の部室だったからね。こっち、こっち」
好青年は本棚の間を通り、奥へと進む。
本棚の奥にはそれなりのスペースがあり、窓の下に丸いテーブルと椅子が4つ並んでいる。
俺と山城はその椅子に座った。
そこだけ見るとカフェのようにも見えた。これは学校の備品か?
奥に置いてある事務机が異常に浮いている。
好青年はその事務机から書類を取り出して俺達の前に出した。
「取りあえず、これに名前書いてくれるかな」
それはサークルの名簿のような物だった。
名前を書き終えた俺は山城にペンを渡す。山城も渋々自分の名前を書いた。
「ふ〜ん。鼓 秀平君ね。鼓君、お人好しなのは良い事だけど、せめて何のサークルなのか確認してから協力した方がいいよ」
「えっ、でも名前を貸すだけですし」
「そんな訳ないだろ」
好青年の笑顔に黒い物を感じる。
あれ?人相が一気に変わった気が…。
「ねっ、梢ちゃんも責任取ってくれるんでしょ」
「くっ…」
「そうじゃなきゃ正しくないでしょ」
山城の性格を見切っている。
流石、ハトコ。
「言っておくけど俺は一言も名前貸してくれっていってないから」
「あなたは嘘つきです」
「今回はついてないって」
あの、真っ直ぐな山城の眼差しに好青年は怯まなかった。
「あなたは卑怯な人間です」
「まぁ、否定はしないけど」
「鼓は渡しません!」
なぜっ!!
壊れてる。まさかの山城が壊れたっ!
「どっちかって言うと二人セットで働いて欲しいんだよね」
「働くって…」
「まだ言ってなかったね。君達がたった今入ったサークルはサークルボランティア部。つまり助っ人部だよ。いや、二人とも人気高いからまともに活動できるよ」
いや待って、どっからツッコめばいいんだろう。
「では改めて。俺はこのサークルの部長、木野村 博樹、二年生だ。よろしく鼓君」
反射的に俺は差し出された手を取ってしまった。
「どうも」
ああ、これじゃあ騙された。とか言って辞めるのは無理そうだな。
そんな事言ったら追いかけ回されそうだし。
また、変な噂が立つのは勘弁だ…。
「あなたはどうして意味のない嘘をつくのです」
「嘘は何もついていないよ」
「嘘です。あなたは3年生でしょう」
「嘘じゃないよ。実は重い病気にかかってね。一年休学していたんだ。戻ったら部員は俺一人しかいなくて焦ったよ」
「鼓、簡単に信じてはいけません」
「えっ、そうなの」
「鼓君は騙されやすいね。一年留学してた、引き籠もってた、誘拐されていた、単位が取れずに留年。信じやすい物を信じたらいいよ」
段々この人の笑顔が意地悪く見えてきた。
まぁ、招いたのは自分だから仕方がないのだけれど。
「二年生なのは本当なんですか」
「そうだよ。学生書でも見る」
「是非」
そう言って手を出したのは山城だった。
「本当に信用されてないね」
「あなたは嘘つきだと私は知っています」
木野村さんはズボンのポケットから財布を取り出して山城に学生書を渡した。
山城は学生書を見てやっと信じたようだった。
「じゃあなんで、ここに来る前に鼓君に教えてあげなかったの?教えてあげたらこんな形でサークルに入らずに済んだのに」
入れた本人が何言ってるんだ。
山城は散々警告してくれたのになぁ。やっぱり興味本位がいけなかったんだろうか。
「鼓が私を嘘つき扱いするのが耐えられなかったもので」
「へ〜、友達の信頼はその程度か」
俺にはわかる。その軽い一言が…。
山城を傷つける。
「木野村さん。山城を虐めないで下さい」
木野村さんはカンの良い人だった。視線を山城から俺に移し、にっこりと爽やかに笑った。
「博樹でいいよ。でもちゃんと”さん”は付けてね」
この人と仲良くなれる気がしない。
見た目は好青年なくせに。
____おまけ________________________________
その日の、鼓家の食卓での会話。
「なんか、成り行きでサークルに入った」
「いつ?」
「今日」
「この時期に珍しいわね」
「なんのサークル?」
「えーと、助っ人部」
「なんだそれ」
「さぁ、俺もよくわかないから」
「あら、じゃあこれから夕飯の支度、誰に頼もうかしら」
「奈々緒だろ」
「修介っ、なに寝ぼけた事言ってるの!私だって部活で忙しいんだからね!!」
「俺だって忙しいよっ!」
「…じゃあ私やる」
「南夏はダメだ。まだ小学生だぞ」
「そうね。揚げ物とか怖いわ」
「揚げ物から入るなよ!」
「えー、コロッケ」
「……母さんが忙しい時はなるべく帰ってくるよ」
結構、死活問題な鼓家。なんだか腹黒キャラが増えてきた。