12話 小春日和
それは梅雨の合間の晴れた日だった。
俺と山城が並んで廊下を歩いていると(偶然、会った)一人の男が俺達に声をかけてきた。
「ねぇ、君達。サークルに入らない?」
振り返ると、俺より背の高い好青年が笑顔でそこにいた。
今は6月。サークル勧誘の時期はとっくに過ぎている。
今更と思わずにはいられなかった。
「今更とか言わないでくれよ」
おっと、無意識に言ってしまったみたいだ。
「行きましょう。鼓」
不機嫌そうに男を見る山城。
もしかして、下心を感じ取ったのか。
まあ、ナンパの常套句みたいなセリフだったしな。
好青年だからって惑わされない山城。やっぱスゲーよ。
「そんな冷たくあしらわないでよ。梢ちゃん」
「気安く呼ばないで下さい」
晴れた青空が似合う、好青年。
大和撫子と称される山城。
二人で並んで歩いていたらさぞお似合いなカップルだろう。
だが、それはない。
山城の嫌悪感からしてそんな関係じゃない事は流石にわかる。
もしかして…。
「知り合い?」
友達じゃないだろ。
「違います」
「ハトコなんだ」
えっ、マジ。
でもなんか納得。美形ってやっぱり血筋なんだな。
「頼むよ。うちのサークル今、僕一人だから潰れる寸前なんだよ。僕に恩を着せると思って助けてくれ」
なんか使い方違う。と突っ込む訳にはいかず、頭を下げた好青年に冷たい視線を浴びせる山城を見た。
「お断りします」
「そこなんとか」
好青年はまだ頭を下げ続けいている。
美形って得だと、つくづく思う。
俺関係ないけど、可哀想になってきし。
なんだかいたたまれない。
そんな事思った俺がバカだったと知るのは後のこと。
奴の本性を知っていたら絶対あんな事言わなかったのに。
無知は罪らしい。
「名前貸すくらいならいいんじゃない」
俺はポロッと軽々しくそう言った。
「鼓っ!」
「取り敢えず、名前だけでも人数がいれば、潰れなくて済むと思います」
「君、いい人だね。ホラ、梢ちゃん。彼もこう言ってる事だし」
「鼓にはわからないのですか!この人は小春日和なんです!」
小春日和って…なんで?
「山城、どういう意味だ」
山城の独自の理論には時々ついて行けなくなる。
「ですから、一見温かそうに見えて、実は寒いんです。この人の外見に騙されてはいけません」
「そっか、小春日和って確か冬の季語だったね」
結構、酷い事言われてるのになんだこの人。
好青年はニコニコと山城の言葉を交わした。
「つまり、腹黒だって言いたいんだよね」
「お腹は黒くありません!」
「梢ちゃん知らないの。実はお腹は黒くなるんだよ」
「もう騙されません!!」
ちょっと二人の関係が見えた。
純粋さが仇になることはよくあるが、こういう山城を見るのは新鮮だ。
山城はいつだって面白いけど。
「ところでなんのサークルなんですか」
「その話はこっちでゆっくり」
好青年は、くるりと向きを変え廊下を歩き出した。
好青年について行こうとする俺の腕を山城が引き留めた。
「鼓っ!」
「なに?」
「鼓にはわからないのですか!あの人の性格の悪さが」
前から思ってたけど、山城は俺を買い被りすぎだ。
ひと目見ただけで性格なんてわからない。
まぁ、癖のありそうな人だとは思うけど。
「鼓は優しすぎます!」
ホラまた。
確かに可哀想だと思ったけど、それだけで面倒な事に付き合う訳ない。
俺なりに目的がある。
山城が下心以外で初め嫌悪を示す人間。
からかわれるから嫌い?
子供扱いされるから嫌い?
そんな事で嫌悪する山城じゃないって知ってるから、すごく気になる。
「根っから悪い人じゃないでしょ」
興味本意だと告げたら、山城は激怒するだろうな。
言うつもりはないけど。
「……」
山城は俺の腕を放し、黙って俺の隣を歩いた。
「もとはと言えば、私の責任ですから」
一体どんな責任なんだろう。
俺は前を歩く好青年に声をかけた。
「今さらなんですけど、聞いてもいいですか?」
「なに?」
「名前を教えてもらえませんか」
「本当、今更だ」
好青年はニコリと笑った。
その笑みが冷たいと感じたのは俺の気のせいか。
山城が隣で好青年を睨みつけている。
気のせいじゃないらしい。
新キャラ登場。次回名前が明かされます。