機甲騎士はお嬢様しか愛さない
突如、現れた竜による蹂躙。人々の生存権を賭けた戦いが幻想大地で続いていた。
だが、人間が戦うにはあまりに竜は巨大すぎた。全高二十メートル以上。個体によってはさらに大きく、その一歩が地震を起こし、吐く炎は城壁を溶かすほど。
宮廷魔導師によって名付けられた『竜鱗』と呼ばれる強固な装甲は魔法すら弾く。賢者たちの試算では、竜一体を討伐するのに一万の精兵を要する……とも。
剣折れ矢尽き、大陸から人間が駆逐されるのも時間の問題。
だが――
戦局を一変させた者たちがいた。
お嬢様である。
純粋培養された無垢なる少女が、人類の希望となった。
古代遺跡に眠る聖遺物。一角獣石を動力源とした巨人兵器「機甲騎士」に乗り込むことができるのは、心身共に清らかな未成年の少女のみ。
機甲騎士の心臓部となる一角獣石は、無垢なる乙女を守るために独自の魔法結界空間「聖域」を展開し、強固な竜鱗を無効化。
有効打を与え、ついに人類の反抗が始まって……二十年の時が流れた。
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少年――カイルは竜と戦い、その身も、命も捧げる覚悟をもって第七都市防衛隊に志願した。
故郷を竜に焼かれ天涯孤独となった彼には他に行く場がなかったのだ。
あの日のことを、少年は今も覚えている。
竜の接近警報は鳴らず、異常な振動に気づいた時にはすでに侵攻を許してしまっていた。
当該地域担当だった機甲騎士は初動に失敗。町が地図の上から消えた。
騎士の家で厳しく育てられたカイルだが、幼い彼をおいて父も兄も戦い、国を守る騎士の誓いとともに果てた。
地獄を見た。今も悪夢は覚めない。
避難民となり流れ着いた第七都市。
辺境ながら遺跡が多く一角獣石の発掘も活発だ。
町を守る渓谷に城壁が設けられ、竜の侵攻を阻む。壁のすぐ先、町との中間地点に基地が設置されていた。
もっとも実戦に……死に近い場所だった。
だからか、一兵卒であっても常に帯剣し、肩には長筒を下げていた。薬莢に詰めた魔法力を装填して放つ、携行火器だ。竜相手には力不足も甚だしい。
カイルは機甲騎士の整備施設で、上官に伺いを立てる。
「なぜ、お嬢様と呼ばれる御方のみが機甲騎士に搭乗できるのでしょうか?」
「一角獣石は未知なる部分が多い。一説によれば少女たちの純粋さがゆえとの仮説もあるがな。それ以外の研究結果は貴様も訓練校で学んだだろう。普通の人間が搭乗できる確率は1%にも満たない。数値として検出できないとのことだ」
「可能性は0ではないのですね」
「ものは言い方だな。名はなんといったか?」
「カイル・ウルフベイン二等兵であります!」
「覚えておこう」
上官は表情筋の一つも動かさない。軍人としての厳格さをカイルは感じた。
機甲騎士――
一途にして無垢なる乙女を守る機械の巨人。
発掘された部位を組み合わせ、今の世界に再現した巨鎧。
もし、煩悩にまみれ穢れた人間がその操縦桿を握れば、拒絶され搭乗者は脳を焼かれて心臓が破裂する。
これまで幾人もの犠牲があり、結果、二十歳未満の恋すら知らぬ乙女たちのみが受け入れられたことから、その動力源には乙女を守る聖獣の名が冠された。
カイルの役目は万が一にも、前線の乙女が敗北した際に通常兵器で時間を稼ぐというものだった。
都市の住民が避難するまでの肉の楯。
矢も魔法も砲も通じぬ竜を相手に、たとえ無駄な抵抗といわれようとも。
儚く散った父や兄に冥府で顔向けできるよう、戦い抜くと誓った身であった。
上官は「ではなカイル二等兵。これから我が都市を守るお嬢様を迎えに行く。成績優秀品行方正。学園きっての英才だそうだ」と、整備施設を後にした。
カイルは白亜の甲冑巨人を見上げた。
美しい。人の手で磨き上げられた姿には神々しさすらある。
これまで第七都市をたった一騎で守ってきた機甲騎士。だが、乙女の都合上、その搭乗者を何人も代えて、今に到る。
二十歳を過ぎれば搭乗を拒否されるのだ。
少年は思わず言葉を漏らした。
「貴殿も騎士であれば、たった一人に生涯をかけて仕えるべきではないか?」
白銀の巨人は何も語らなかった。
その時――
地響き。突然の異常振動に基地内の人間たちが右往左往する。
最中――
ゆったりと優雅な足取りで、真っ赤なドレスに身を包んだ少女がしゃなりしゃなりと機甲騎士の前にやってきた。
金髪碧眼。絵に描いたような美少女だった。
少年に一瞬、目配せをしたかと思うと。
「時間がありませんわ。あるだけすべての兵装を積んでくださいまし」
ドレスの少女は決して声を張ることもなく、それでも通る一言で整備班に的確な指示をすると、機甲騎士に触れた。
「わたくしの騎士になると誓いなさい」
すると、機甲騎士の胸部が開き、籠が降りてくる。少女は馬車に乗る姫君のように、しとやかに籠へと搭乗した。
見上げるカイルにスカートをそっと押さえて、頭上から「いけませんわよ」と、一言。
「失礼つかまつりました!」
颯爽と現れるや、一切の無駄を廃して機甲騎士に搭乗した少女に、カイルは一瞬、胸を高鳴らせた。
(いけない。恋は人を迷わせる)
少年は心の奥に淡い光をそっとしまい込んだ。
整備班が慌ただしい声を上げる。
「敵襲だ! 壁を破られたぞ!!」
「なんで壁に到達するまでに発見できなかったんだよ! 観測班はなにやってる!?」
「知るか! お嬢様が出るぞ! 騎士の拘束を解け!」
「敵の詳細は不明だ! お嬢様の言う通り全乗せマシマシにしろ! 背中の増槽もな!」
「第七都市の司令部と連絡途絶! 早馬が届くまで現場判断でなんとかするしかねぇ! 全員、精霊通信を短調9番にセットしろ! 機甲騎士からの声を聞き逃すんじゃねぇぞ!」
カイルもこめかみあたりに刻印した精霊通信の設定を変更する。竜が発する魔力乱流によって、基地が孤立状態に陥った。
通常の精霊通信は阻害されるのだが、機甲騎士は半径五百メートル圏内にその声を届けることができる。
これも一角獣石の聖域による加護だ。兵卒レベルの魔法力でも、騎士本体に近ければ相互通信は可能だった。
瞬く間に機甲騎士に追加装甲と魔法弾頭が三発ずつ装填されたポッドが両肩部に取り付けられた。魔力増槽が背部に取り付けられ、脚部にも魔法弾頭ポッドが取り付けられた。
腰部に巨大な剣。左前腕には魔法陣が描かれた固定式の楯。右腕に弩のような砲を持つ。素対と比べて格段に重装となった。
整備班の「お嬢様が出るぞ! 最終確認急げ! 封印解除の魔導師はなにやってる! ハッチ開放まだかッ!」の声に、機甲騎士から、先ほどの少女の声が9番回線経由で増幅されて響いた。
『ダンスのお誘いに間に合わせますわ。失礼』
踏むべき手順を省略して、機甲騎士は最終拘束具を自力で外した。
『では、ごきげんよう』
巨人が壁をショルダータックルで破って外に出る。お嬢様というにはあまりに破天荒だ。
だが、カイルは思った。
「なんとも潔し」
つい、見とれていたが、少年もこうしてはいられぬと、外に出た。
第七都市を守る城壁に穴が空いていた。
だが、竜の姿はどこにもない。壁を破った白銀の騎士だけが荒野に立つ。
『あら、わたくしのお相手はどちらかしら?』
楯を構え周囲を警戒する騎士が、突然その身体をくの字にした。
吹き飛ばされて地面に尻餅をつく。
目に見えぬ一撃。瞬間、かすかにカイルは垣間見た。
竜の姿を。前足が短く後ろ足で立つ陸竜型だった。なんらかの方法で、その姿を消しているのだ。
カイルは理解した。同じく、お嬢様もだろう。
『あら、失礼。少しヒールのかかとが高かったみたい』
白銀の騎士は立ち上がると同時に弩砲を構える。
『恥ずかしがらずに出ていらして。さあ、わたくしと踊りましょう』
魔力弾をばらまくようにすると、カカカンッと甲高い音が響いた。
『そちらにいらっしゃいましたのね』
(見えなければ音を頼るか。さすがお嬢様だ)
砲撃の雨を手応えのあった場所に集中させた。土煙が舞う。確実な射撃。標的は捉えている。
『スコーンはいかがかしら?』
脚部ポッドから実体弾頭が発射された。
筒状の飛翔体が目に見えぬ竜に飛ぶ。が、それは空中で二つに切断されてしまった。
爆発する。地上にも届く風圧。カイルは倒れそうになるのをこらえる。視線は見えない竜から外さない。
カイルは再び、一瞬だけ竜の姿をその目に捉える。前腕の爪が刀剣のように伸びて斬り裂いたのだ。
『あら、マカロンの方がお好きでしたのね』
見えない敵に、あの赤いドレスのお嬢様は独り、立ち向かう。
敵は動いた。
動き続けて的をしぼらせない。ただでさえ視認できない。できても、攻撃の瞬間のみという竜が、機甲騎士を無理には攻めず、ぐるぐると翻弄する。
『困った御方』
攻めあぐねる騎士。
カイルは何か自分にできないかと、考えた。
竜が動く瞬間、不規則な振動を少年は感じる。恐らく、機甲騎士に搭乗するお嬢様には知覚できないものだ。
不思議なことに、足音を感じる方角が突然、騎士の正面から騎士の後輩に瞬間移動するような違和感があった。
だが、そこにいることには違いない。
(ならば……)
基地の砲兵たちも標的を定めることができず手をこまねく中、少年は独り、厩舎へと向かう。
馬に乗ると巨人たちの戦場に駆けだした。空気の振動を生身で感じ、人馬一体となって荒野を行く。
幼少期から父と兄に仕込まれた乗馬の技術は、元騎士の家系の面目躍如。
竜の起こす風圧、振動、殺気を研ぎ澄ました感覚で拾い上げ、長筒で狙い、放つ。
キュンッ……と、頼りない発砲音。機甲騎士の大口径とは比べるべくもないのだが、見えない壁のようなものに魔力弾が弾かれた。
『あら? そちらですのね。うふふ……刺繍はお好きかしら?』
機甲騎士の脚部ポッドから弾頭が発射された。それは空中で割れて花びらのように開くと、中から無数の矢が放たれる。
騎士とお嬢様の魔法力によって強化された貫通矢が、透明な竜の鱗にいくつも突き刺さった。
赤い血が滴り、竜の輪郭が浮かび上がる。
『そろそろ輪舞曲も終わりにいたしましょう。増槽解放。聖域展開。貴男の竜鱗を無効化させていただきますわね』
機甲騎士が正面に楯を構え、足を止めた。背後に備え付けた追加の魔法力貯蔵槽から機体に力が流れ込む。
白銀の巨人を中心に荒野に花畑が広がった。幻影か幻覚か。死と隣り合わせの戦場とは思えない。
馬上ですら過ぎゆく空気に花の甘い香りを覚えた。少年は初めて、お嬢様の聖域の中に身を置いた。
(索敵任務完了。撤退だ)
おのれの役目は果たした。お嬢様に褒められたいわけではない。これ以上、とどまれば戦いの邪魔になる。
すぐさま聖域の外へとカイルは馬の進路を変えた。
その矢先。
広がる花畑に透明化した竜の姿があらわになったのだが、それは――
二体いた。騎士を前後から挟むように。
カイルが感じた「敵の気配が瞬間移動する」ような違和感の正体が、これだった。
「後ろだ! お嬢様!」
『え? なに? もしかしてさっきの馬の人!?』
お嬢様の反応が遅れた。
二体同時に動かなかったのは、巧妙だ。気づけたはずと少年は拳を握りしめる。
『きゃあああああああああああッ!!』
直後、悲鳴。機甲騎士が二体の竜の連携攻撃を受ける。聖域を張るために動きを止めてしまったのが仇となったか。
『二対一なんて……卑怯でしてよ』
重い一撃を楯で防ぐも、機甲騎士は倒れた。さらに追撃で吹き飛ぶ。増加装甲はちぎれ飛び、ぎりぎりで搭乗者を守った。
が、運悪く、離脱を図ったカイルの目の前に飛ばされた巨体が降ってくる。ズドンと地を揺らした。
訓練された軍馬も身の危険を感じて暴れた。カイルの制止も訊かず少年を振り落とし、どこかへと走り去っていった。
(しまった。機動力を失った)
こうなれば、自害するよりほかないと、少年は剣の柄に手を掛けた。
躊躇はない。未練はかすかに。カイルは心の中で振り払う。
もしお嬢様が立ち上がり、戦うとなった時に足下に人間がいては機甲騎士が動けなくなるかもしれない。
お嬢様が少年を傷つけぬようにとしたならば、彼女は自由に戦えない。
彼女に一切の責を負わせてはならないと、カイルは直感した。お嬢様の純粋にして無垢を、自分が穢してはならないのだ。
「失礼つかまつった! ご無礼!」
自らの首に刃を立てる。少年の首元に赤い血の筋がたらりと落ちた。
『なにやってんのよバカ! とっとと逃げなさいよ!』
声が響いた。間違い無くお嬢様のそれだったが――
口ぶりが普通の少女なのである。
瞬間――
プシュウウウウウウウウウウウウウっと、機甲騎士の全身から白い湯気が上がり、倒れたままの搭乗口が開くと赤いドレスの少女が吐き出された。
少年の前に転げ落ちると、すぐに立ち上がってお嬢様は彼の顔を指さす。
「あっ……しまった。んもう! バカ! あんたのせいだからね!」
「自分の責任でありましょうか」
お嬢様は尉官。二等兵の少年にとって天よりも高みにある御方だ。
「決まってるじゃない。っていうか、ちょっと頭おかしい人なわけ?」
カイルは言う。
「自分は最善を尽くしただけです」
「そう……っていうか、敬語とかいいから」
「なぜでありましょうか?」
「だってもう死ぬんだし。あーもう終わりね。ほんと……自分を偽ってお嬢様ぶって、ようやく手にしたチャンスだったのに。透明化するのも想定外なら、敵が二体もいるなんておかしいわよ!」
機甲騎士を中心に広がった花畑が枯れていく。荒野に逆戻りし、二体の竜の姿も消えていた。
再び竜鱗に力を取り戻したのだ。
竜たちの起こす振動が、纏う空気が、放つ殺意が倒れたままの機甲騎士に向く。
赤いドレスの少女が悲しげに笑った。
「あたしの本性、機体に知られちゃったし。次に乗ったら殺されるわね。っていうか、次の竜のブレスであたしたち、消し炭よ。だから首なんて自分で斬らなくてもいいんじゃない?」
これが憧れすら抱いていたお嬢様の姿だろうか。と、少年は悲痛な面持ちだ。
颯爽と現れ、迷い無く騎士を駆り、戦場で散るにせよ、もっと堂々たれとカイルは思うのだ。
「諦めては……いけない」
「自殺しかけてるあんたに言われたくないわよ」
「これは勝つために必要なことだ」
「勝つって……この状態で……」
少女は一瞬黙り込むと。
「あんたさ……本当は乗りたいんじゃないの? どうせ死ぬんだし、あたしの代わりに乗ってみる? 贅沢な棺桶だと思うけど」
カイルは憧れていた。機甲騎士という存在に。
「貴殿の騎士ではないか」
「乗って苦しんで死ぬより、焼かれて一瞬で蒸発する方がマシね」
「わかった」
あとものの数秒で、もしくは次に瞬きしたあとには死んでいるかもしれない。
そう思った時には、カイルは機甲騎士の搭乗口に向かい歩き出していた。
赤いドレスの少女が叫ぶ。
「ちょ、ちょっと! 本気なの!?」
「ああ。そうだ。他に選択肢がないのなら1%未満の可能性だろうと、賭けるに値すると自分は考える」
倒れた機体を登り、搭乗口に飛び込むとカイルはシートについた。
操縦桿を握る。動かし方など知らない。ただ、おのれをお嬢様だと思い込む。
なにをもってお嬢様とするだろう。
言葉は自然と胸の奥からあふれ出た。
「清楚とは死ぬことと見つけたり」
巨体が……動いた。
足下で少女が唖然となる。
「嘘……でしょ」
身体を起こし立ち上がる。
『自分は本気だ』
白銀の騎士は身構えた。なぜ乗れているのか、搭乗者にも赤いドレスの少女にも本当のところはわからない。
ただ――
少年は純粋だった。自身の命すら惜しむことなく、戦いに身を置くことを恐れず、竜を滅するためならば恋心さえ押し殺すことができる人間だった。
暗い操縦席。全周囲が投影されるはずが、フードを目深くかぶったように視界は狭い。
9番の精霊通信に声が入った。整備兵たちのものだ。
「おい! 誰が乗ってる!?」
「観測される精神波長がお嬢様のものと違うぞ!!」
「ともかく動けるなら動いてくれ! 機体回収だけでも!」
「いや第七都市の避難がまだだ!」
混乱する整備兵たちにカイルは告げた。
『戦闘を継続する。自分はカイル・ウルフベイン二等兵。お嬢様に代わり本機に搭乗中。繰り返す……戦闘を継続する!』
首から血を流しながら少年は精霊通信を飛ばした。
透明な竜たちの気配を少年は感じる。虚空に拳を放つと、それは見えないはずの竜の顎をとらえ、吐き出そうとしていた炎が口元で爆ぜた。
さらにもう一匹の竜目がけ、蹴りを放つ。
すぐに少女の声が脳内に飛び込んでくる。
「ちょっと! あんた……生きてるの? っていうかなによその動き!!」
『幸いにも当機は健在。戦い方を教えてほしい』
「もう十分に戦えてるじゃないの!?」
『まだ対象を絶命させるに到らぬ』
「正面右下に火器関連の兵装一覧があるはずよ」
カイルの視線が探すと、すべての項目が斜線で封じられていた。
『すべて斜線だ』
「正面右上の聖域展開状況は!?」
『0%』
「なんでそれで動かせてるのよ!!」
『わからぬ! が、なればこそ……なさねばならぬ事がある!!』
「だったら剣くらいは振り回せるでしょ! 使えないなら全装備をパージなさい! 一覧下部の使用不能追加装備をパージのパネルよ!」
『了解した』
両肩部と脚部のポッドに仕込まれた爆薬が起動して、重量物が外れる。素体となることで一気に軽量化した。
『足りぬ! ハッチを開く方法はないか!?』
「あんたバカなの!? 火炎ブレスの火の粉がかかるだけでも死ぬのよ!」
『この戦……風を感じねば勝てぬ』
「……コンソール左下よ」
『かたじけない』
カイルはハッチを開放した。投影式の操縦席で狭まった視界よりも、よほど見晴らしが良い。
風は竜の殺気を運び、少年の肌をひりつかせる。
(正面に一体。もう一体は風下か)
右手の火砲もカイルでは撃てない。となると――
『くれてやる』
動きのイメージは操縦桿を伝い、心臓部たる一角獣石を振動させた。
手持ちの火砲を投げつける。突然、質量をぶつけられて正面の竜はそれを前腕で受け止めた。
同時に機甲騎士は腰部の大剣を構え、突きを放つ。相手は両手が塞がっていた。
火花が散る。透明化した竜鱗と剣が接触して激しくぶつかり合った。
(浅い。いや、弾かれたか)
少年の脳に赤いドレスの少女の声が届いた。
「聖域を展開して竜鱗を無効化しない限り、決定打にはならないの!」
『時間稼ぎは可能と判断する。貴殿は退避されたし』
「できるわけないでしょ! あなた……勝つって言ったじゃない!」
カイルの操縦桿を握る手に力がこもる。
『訂正する。これより当機は……勝利するッ!!』
聖域とはなにか。お嬢様とはなにか。純粋にして無垢とはなにか。
お嬢様が見せた聖域は美しい花畑だった。
まるで天国のような光景。理想の世界。
聖域が少年には理解らない。
だが――
『剣に願いを。鋼に命を』
己の聖域とはなにか。それは剣の刃の分だけあれば良い。少年にとって世界を花で埋め尽くすことよりも、たった一振りの届く範囲があれば良い。
一太刀浴びせられれば良い。
機甲騎士の剣に閃く――
竜殺しの聖域。刃渡りにしておよそ十メートル。風に悪竜の気配を感じ、機甲騎士は走る。地を蹴り左右に跳んで竜の火炎を避けながら、懐へと潜り込むと、斬首。
火線をまき散らしながら竜の首が宙を舞った。残り火が荒野を焼き、基地を焼き、人を焼く。
余剰の熱が解放したハッチに入り込み、少年はまるで鉄鋼炉の前に立たされているかのようだ。
(仕留められてなお、人を害するか)
背後で隙をうかがっていたもう一体がすかさず、機甲騎士に牙を剥く。
少女の声が響いた。
「後背を狙うはずよ!」
『さもありなんッ!』
透明である上に、さらに死角から襲いかからんとする竜に、少年は「卑怯」の二文字しかない。
だからこそ、後ろから来るとすべてを賭けることができた。
まるで剣術の達人が如く、重厚な機甲騎士が軽やかに舞い、闘牛士のようにかわす。透明な竜が通り過ぎるや、自身も全身をコマのように回した。
剣が真円を描き、巨竜の胴を一刀両断する。
鱗を裂き皮膚を破って肉を断ち、その臓物をぶちまける。
赤い血だまりが荒野に生まれた。たたずむは、返り血を浴びた銀の騎士。
解放した搭乗席も、竜の熱い血しぶきに赤く染まる。
かつてこれほどまで、竜を殺せる刃は無かった。竜鱗の無効化と破壊が一体となったカイルの剣は、まさしく竜殺剣だった。
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赤いドレスの少女に連れられて、カイルは今、学園の門戸を叩く。
左右対称の前庭と学舎。まるで王の住む宮殿のような荘厳で、美しい、竜との戦争とはまるで無縁な王都の一等地。
「今日からあなたはここで学ぶのよ」
「ここで、でありますか? 訓練施設には見えませんが」
「もう。機甲騎士をいきなり動かして、特型陸竜二体を討伐。第七都市の壊滅を水際で防いだあなたは、お嬢様と同等でしょう? カイル・ウルフベイン少尉」
「あ、ああ。そう……だったな。レイチェル嬢」
「その口調もちょっと固いわね。もっとお上品におしとやかになさい。よろしくて? 学ぶのは戦い方ではなく、乙女らしさなのだから」
王立竜滅学園。初等部中等部高等部の一貫校であり、一角獣石が求める人材を輩出するために運営されている特殊軍事学校だ。
当然、女の園だった。そこに編入する形で、少年は高等部二年生として入学することとなったのだ。
竜との戦史にして、初の男性の「お嬢様」として。
戦いで失った乙女らしさを取り戻すため、赤いドレスのお嬢様――レイチェルも同時に復学することとなった。
「ほら、タイが曲がっていますわ。直してさしあげますわね」
「足下がスースーして落ち着かないのだが」
「慣れることね」
彼は女学生の制服に身を包む。たとえどのような姿になろうとも、竜を倒す。
一角獣石が持つ真の力を引き出さねばならない。ゆえに少年はその日から少女になるのだった。
すべては機甲騎士に愛されるために。
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原雷火 拝