カミングとアウト
2人で手分けして教室にあるすべての机の中を確認した結果……何も入っていなかった。
2人(葵と九司郎)の机の以外は。
「九司郎クン……一つのクラス全員が誰一人として〈置き勉〉せずに登下校するなんてあり得ると思う?」
「……無い無い」
思考を巡らす葵。
「でも私たちの持ち物と机の中身はそのまま……これどうゆうことなの?」
「オレも全然分かんねぇ」
「…………」
「…………」
無言で顔を合わせる2人。
「ーーハァァァァーー」
「ーーはぁあああーー」
2人は同じタイミングで盛大なため息を教室内に響かせる。葵は力なくに自分の席に座り、九司郎は誰の席かも知れないところにドカッと腰を下ろす。
「……自身と……持ち物だけが全く別の教室に似た空間に飛んだ……って言うの?……でもなんでそんな……ーー」
葵は思考を無意識に口に出し、九司郎にギリギリ聞きとれる微妙な音量でブツブツと話す。そんな葵を見つめる九司郎は逆に今起こっている問題に対しての思考を一旦諦めた。そして、
ただただ、葵の横顔が綺麗だと思って見つめていた。
「なぁ、十浪屋……」
「…………」
葵は返事をしない。
「俺らさぁ、【付き合わねーー
《ーーキーーンコーーンーー》
《ーーカーーンコーーン……》
九司郎の言葉は18時を示す最終下校の音にかき消された。
《……キーーンコーーンーー》
《ーーカーーンコーーン……》
「…………っ」(ーー俺!今っ!なんつった!?)
「………………」
葵は目線を動かさず反応がない。
「……………」(やっべ、なんだこれ……恥っっず)
九司郎は無意識に出た言葉で自身の気持ちを確信してしまった。完全に惚れてしまった……葵に。
他の女子とは全然違う……所作や言動、その雰囲気が。改めて自覚すると恥ずかしさがこみ上げる。見なくても分かる、今の自分の顔は真っ赤になっていると。
幸い、葵にリアクションはない。つまり、ちゃんと聞こえてないと判断した九司郎は徐々に平静を取り戻そうと努めた。無意識に出たが故に本心である言葉を無傷のまま生還出来る幸運を噛みしめた九司郎は空を見つめ上を向いた。
「ふーーーー」(落ち着け俺ーー、こんな時に何言ってんだー)
大きく深呼吸をする。
「【嫌よ】」
「…………え?」(え?)
「お断りよ、九司郎クン」
「…………ぁ」(めっっっっっっちゃしっかり聞こえてたっ!!?)
上を向いたまま固まる九司郎。戻りかけていた赤面は再び熱を帯びる。
「はぁ、全く……こんな時に何を言い出すのかと思えば…………」
ため息混じりにお断りの文言は続く。
「アナタは学校一の人気者でイケメンで頭も良くて性格も良い。どんなグループ内でも中心的な人物だわ、アナタを彼氏に出来たら誰だって自慢したいと思うし言い寄ってくる女子なんて山程いたでしょ?なのによりによってなんで【私】なのよ、陰キャだったら簡単に落とせるとでも思ったの?もしかしてバカにしてるの?不愉快だわ」
「違うっ!そんなつもりじゃ……ーー」
言葉に詰まる九司郎。
違わないかも知れない。九司郎は自分の立ち位置を知っている。今、葵に言われた自分への客観的な評価を自覚している節があったからだ。どこか【選ぶ側】のような気でいたのかも知れない。
「それに〈将来を約束した相手〉がいるって言ったでしょ?……たしか、【福山 九司郎】君っていう……ん?クシロウ?」
「ーーえっ?」
そんなベタ展開ある?……という空気。
「………………つかぬことを……伺ってもいいかしら?」
「あ、はいどうぞ」
「……ご両親が離婚して名字が変わったことあったり……」
「ある」
「ちなみに旧姓は……」
「【福山】です」
「ーーーーっ!!」
ベタだった。
ガタっと席を立ち、息を切るように吸って狼狽する葵は両手で口を覆って恐いくらいに目を開いて九司郎を凝視する。ちなみに九司郎はそんな約束をした覚えは全くない。昔、仲の良かった女の子がいたことはあるが、如何せん昔のことなのでハッキリと覚えていない。
が、【福山】が旧姓であることは別に嘘ではない。葵が言う〈将来を約束した相手〉はおそらく自分で間違いないのだろう。
九司郎としては嬉しい展開……のはずなのだが、明らかに……感動の再会という空気ではない。葵の様子がなんだかおかしい。
「なぁ十波屋……」
「ーー待ってっ!考えるから!待ってっ!!」
まだ名前を呼んだだけなのに挙動及び言動を止められる九司郎。険しさと動揺が混在する表情で目が泳ぎまくっている葵を見て……九司郎は制止を無視して早る。
「ーー十波屋!俺とーー
「ごめんなさいっ!!」
ーーなぁぜぇだぁ!?の表情をする九司郎。
頭を下げて食い気味にお断りをする葵。
九司郎は考える。
将来を約束した相手がいるの。
じゃあ、俺諦めるじゃん?
でも、その相手が〈俺〉だと判明。
じゃあ問題ないんじゃね?
ごめんなさい。
why ?
頭を少しずつ上げて上目遣いで恐る恐る九司郎を見る葵。それすら可愛いと思う九司郎。
「あのね……私ね……【男性が……恋愛対象外なの】……」
なんだって……?という顔で一瞬フリーズする九司郎。
「……ん?……え?」
恥ずかしいのか……気まずいのか、よくわからない表情の葵。
「女の子が好きって……こと?」
「せ!性別は別に男性でもいいのっ!!」
「…………?」(おおん????)
「……かわ……いい……人が…………あの、良くて……」
「…………」(おおん?????????)