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本音と提案

 突如、大声を発した九司郎くしろうに葵は顔をしかめた。


「ど、どうしたのよ藪から棒に!?」


「コレだよっ!! コレっ!! コレを使えばよかったんだよ!!」


「さっきからコレコレって……一体何よ?」


 まだまだ興奮冷めやらぬ彼が葵に提示したのはスマートフォンだった!

 それを目の当たりにした途端、葵は一瞬言葉を失った。まさに瞠目結舌どうもくけつぜつだった。


 今や人類は己の欲を満たそうと、時間さえあればスマートフォンを使用している。特に私たち学生とは密な関係にあると思う。中には使用に歯止めが効かず、挙げ句、日常生活に支障をきたすスマホ依存症に陥る者も少なくない。

 それほどまでに社会に浸透し、連絡手段としてこれ以上のものはないというのに、なぜその考えに至らなかったのかと自分に失望する。


「ハァ〜、私としたことが……愚かだったわ。少し前の自分を叱責してやりたい気分!」


 葵はやり場のない怒りを拳に託していたが、それも今や後の祭り。なんとかなるかもしれないという一縷いちるの望みが既にそれらを払拭し、心浮かれていた。


「ってか、こんな事なら何もあんな原始的な事を試さなくても良かったんじゃね? 俺、叫び損じゃ〜ん」


「ウフフ……ちゃんと意味はあるわよ? お陰で状況を説明できるようになったんだもの」


「そ、そっか……なら良いか! とりま、手当たり次第連絡していくとしますか!」


 九司郎もまた一喜一憂し、ロック画面をタップする指先も自然と軽やかに弾む。


「私は学校に連絡してみましょうかしら?」


 そう言って葵は逸る気持ちを抑えつつ、自分の席の横に引っ掛けている鞄へとスマホを取りに向かうのだった。


 嗚呼、まごうことなき現代社会にける文明の利器! テクノロジー万歳!!

 きっと葵も九司郎もこんなふうに思っていたに違いない。この時までは……。


「んっ? あれっ? あれっ?」


 葵がスマホを手に取った時だった。九司郎が何かしらのアクシデントに直面したのを背中で感じた。

 どうせ端末もしくはアプリにアップデートが入ったか何かで、待ったをかけられたのだろう。そう思い、気にも留めず連絡先一覧から《学校》を呼び出し、発信をかける。

 果たして電話口が誰であれ、この状況を説明して理解してもらえるだろうか? もしかすると、ヘタに説明するよりも三年二組の教室の状況を、直接確認してもらうよう伝えるほうが良いかもしれない。―――などと、頭の中で考えていると、スマホの画面に思いもよらぬ一文が現れる。


《接続できませんでした》


「……はあっ?」


 すると、スマホの画面はこちらの意に反して自動的にホーム画面へと切り替わる。

 ちょっと待って! どうゆう事? 訳が分からない……! と葵は困惑する。

 再度発信をかけようと履歴を開き、通話のアイコンをタップする……。


《接続できませんでした》


 再び現れた管理者を突き放す理不尽な文字は、焦燥感を掻き立てる!


「接続できませんって、何でよ!?」


 思わず口を衝いて出た言葉に、葵はハッとする。

 ダメダメ、冷静に。そう自分に言い聞かせ原因を探る。原因はすぐに明らかとなる。


「えっ? うそ……圏外?」


 なんと、スマホのステータスバーのアンテナには《圏外》と表示されていた。

 今までこの学校に居て、スマホのアンテナが圏外になったことなんて一度たりともなかったのに!

 落ち着け……! まだ確認するべきところはある!

 葵はスマホの設定画面を開き、関係すると思われる設定項目を虱潰しらみつぶしに確認していく……!

 ところが、葵のスマホには特に変更されていた設定は見当たらなかった。

 あと、できる手段といえば……。


「そう! 再起動!」


 葵はすぐさまスマホの電源をオフにする。


「お願い! 正常に復帰して……!!」


 胸元で握りしめたスマホに自分の想いを込め、葵はスマホに電源を入れる。

 しばらくすると、立ち上がりを確認する。しかし、肝心の電波はというと……。


「どうして? どうして《圏外》のままなのよ!?」


 自分の思いとは裏腹に、最悪の結果を突き付けられる。


 まさかとは思うが、こんな時に限って通信会社キャリアのメンテナンス、もしくは電波障害が発生したのだろうか?

 けれども、このまま考え込んでいても埒が明かない。取り敢えず私のスマホは諦めよう。


「九司郎クン! 申し訳ないのだけれど、今私のスマホ調子悪いみたいなの。だから、九司郎クンのスマホで……」


十浪屋となみやもなのか……?」


 九司郎は葵と顔を合わせるや否や、受け入れ難い言葉を口にした。


()、って九司郎クンもなの!?」


「あ、ああ。残念ながら……ホラ、これを見てくれよ」


 九司郎は葵に自分のメッセージアプリの二十人からなるグループのトーク画面を見せた。

 直近の内容は今日の放課後に企画されていたカラオケについてのもので、最後の文章の送信者は九司郎だった。


『緊急! 十浪屋と教室に閉じ込められた! 助けてくれ!』


 その文章の横には丸い矢印のマークが付いていた。


「送信が完了されていないわね」


「そうなんだ。ところがその前にも俺が文章を送信してたんだけど、そこまでは《既読》が付いてるんだ」


 見ると、確かに九司郎の言う通り、四十分前に九司郎が送信した『十浪屋誘ってみる』という文章の横には《既読》の文字が。そして、既読数は十八となっていた。


「ほんと、ここまではどれも《既読》が付いているわね」


「一つ確かなのは、最後に《既読》が付いたこの文章は、この教室にいる時に送信したんだ」


「つまり、その時まではスマホは機能していたってことね」


 九司郎はしっかりと頷いた。


「おかしいと思って設定を確認したけど問題はなかった。んで、再起動もしたんだ。でも……」


 九司郎はそこから口を閉ざすのだった。


「私も同じ事を試してみたけど結果は同じだった。ちなみに私のスマホのキャリアは《Nyanニャン-movaモバ》なのだけど、九司郎クンはどこのキャリアなの?」


「俺のキャリアは《新世Mobile》だ」


「そう。私と九司郎クンのスマホは別々のキャリアなのね」


 二人の脳裏にチラついていた認めたくない事実が浮き彫りになっていく。


 その後も二人は思い切って緊急電話にかけてみるも全く繋がらなかった。そして、二人はただの無機質な板と化したスマホを見てある結論に至った。


 この二社はそれぞれの自社回線でサービスを運営している。なので、不具合が同時多発するなんてまず考えられない事から、これはキャリアがどうのこうのいう問題ではなく、この教室そのものが根本的にネットワーク環境から断絶されているのだという考えに行き着いた。


 絶対的な信頼を寄せていただけに、その落胆は大きい。

 まるでカンダタの蜘蛛の糸のように、一縷いちるの望みが途絶え、無情にも二人は奈落の底へと堕ちていくようだった。


「まるで【はこ】ね」


はこ……?」


 九司郎は葵が唐突に口にした不可解な単語に思わず首傾げた。


「私たち、閉じ込められたのよ。虫籠むしかごの中の虫みたいに」


 自分たちの置かれた状況を踏まえ、例えて言うなら葵の言うことも分からなくもない。


「虫籠ねぇ……」


 一体何が、どうなっているのか、なぜこうなったのか、これからどうなってしまうのか、何に巻き込まれたのか、もしかすると何者かの仕業なのか、だとするとどんな意図があるのか……そんな事を考えているうち、いつしか二人の間には、重く気不味きまずい空気が流れていた。









 あれからどのくらい時間が経過しただろうか。そう感じさせるのはこの沈黙のせいだろうか? 九司郎はスマホの表示時刻を確認すると、最後の会話から十分ほどしか経過していなかった。

 依然としてスマホに折り返しはない。《既読》も付いていない。

 葵はというと、ずっと思考のポーズで考え込んでいる。

 彼女とは今まで会話らしい会話をして来なかったが、これまで共にした時間で大凡おおよそ為人ひととなりを知ることが出来たように思う。けれども、ここまで取り乱すような事もなく淡々としているとは、思いのほか感心を覚えるのだが……。


「十浪屋って、やけに冷静なのな〜」


「……何を言ってるの? 冷静な訳ないじゃないっ! この状況、どう考えたって普通じゃないわよねっ!?……不安だし、怖いし、訳分かんないし……」


 軽い気持ちで問い掛けたのが不味かったのか。それとも、内容が悪かったのか。いずれにせよ血相を変えて話す葵の声は微かに震えていた。

 紛れもない。これが彼女の本心だ。

 九司郎は気付いた。

 葵は決して不安や恐怖を感じていない訳ではなく、表に出してないだけだったのだ。それでいて柄にもない態度で振る舞っていたのは、俺の恐怖心を少しでも煽らないようにしてくれていたのだと。

 九司郎くしろうは葵の配慮が堪らなく嬉しかった。

 だったら、俺が何とかしてやるよ!……なんて、気の利いたことを言ってやりたかったが、自分も言える立場でないのは重々承知だったために、その歯痒さで胸が締め付けられる思いであった。

 結局葵は深い溜め息を吐くと、そのまま頭を抱えてしまった……。


 自分のせいで場の空気を悪くしてしまった。その責任が九司郎の肩に重くのし掛かる。

 九司郎はそんな空気を変えようと素っ頓狂な話を切り出す。


「そ、そういえば、十浪屋のスマホって数世代前のモデルだよなぁ? 大事に使ってんだなぁ、って……」


 九司郎はチラチラと横目で葵の反応を窺う。


「んっ? ああ、コレ?」


 キタ! 葵が反応を示した! こうなったら持ち直したのも同然! コミュニケーションオバケの九司郎様にとって、この手の扱いはお茶の子さいさいなのだ!


「俺なんて中学ん頃から持ってるけど、すぐバッテリーが駄目になって、今まで二年と持ったことないぜぇ?」


「私には連絡を取り合うような友達もいないし、SNSやゲームもしないし、動画サイトも見ない。CDや書籍だって形として手元に置きたい派なの。だから私にとってスマホはそんな頻繁に触る物でもないの。精々(せいぜい)、ごくたまに家族と連絡するのと、あと写真とメモで使う程度のもの。だから必然的に長持ちしてるのよ」


「……年寄りかよ」


「うっさいわねっ!! 私からしたら世の中コレに毒され過ぎなのよ!!」


 葵はスマホを指差しながら語気を強めて言う。


「ごめんてごめんてー! 世の中を代表して謝るからー!」


 手を合わせて謝る九司郎を見た葵は深い溜め息を吐いた。そして、正気を取り戻すかのように眼鏡のブリッヂを中指の腹でクイッと持ち上げる。


「兎にも角にも答えが分からない事に頭を使ってても仕方がないわ。時間の無駄ね。もっとこう……別の線を探りましょう!」


 どうやら九司郎の思惑が功を奏したようで、葵の少し吹っ切れた様子に九司郎はホッと胸を撫で下ろす。


「そうだな! それじゃあ、次は行動に移すというのはどうかな?」


「行動、ね……何か妙案でも?」


 九司郎は軽く咳払いをして、また言った。


「この手の状況ってのはテレビや映画、アニメや書籍の中に良くある話だろ?」


「そうね。まあ、作品毎に内容は様々だとは思うけど。最もポピュラーな作品でいえば……」


 突然、葵は何を思ったのか、話しなかばで話すのをピタリと止めてしまった。

 九司郎は思わず「……ば?」と聞き返すと、止まった時が再び動き出したかのように葵は口を開いた。


「……しましょう。思い浮かんだ作品全部ロクな結末を迎えていないわ」


「お、おう……」


 葵は口にしてしまうとフラグを立て兼ねないと踏んだのだろう。九司郎もつい同調して返事する。


「えっと、少なくともテレビ局とか動画配信者が企画したような人為的、且つ現実的なものではないのは確かね」


「それで俺が思うに、この状況と同じようなことを描いた作品の中にはさ、閉鎖空間の中に脱出のヒントが隠されていたりするものがあったりするわけよ!」


「なるほどね。つまりその作品にならってこの教室に隠されているかもしれない脱出のヒントを探そうという訳ね」


「その通り!」


「いいんじゃないかしら? 何もしないよりはマシだもの。手分けして探しましょう。ちなみに、どこを調べるか見当が付いてるのかしら?」


「そうだな……」


 二人は辺りをぐるりと見渡す。

 この教室には黒板の真ん前に置かれた教卓が一台、ひとクラス三十人の机がタテ五×ヨコ六で並べられている。更に教室の後方には壁の半分ほどの高さに備え付けられた扉付きの棚が人数分設けられている。そして、廊下側に掃除用具入れがあるといった具合だ。


「調べる箇所といえばざっとこんな感じかな?」


「改めて見るとなかなかの数ね。それに、人の物を勝手にさわるだなんて、何だか気が引けるわ」


「今は緊急事態なんだぜ? 致し方ねぇよ」


「一応、女子の机と棚に関しては私が確認させてもらうから、九司郎クンは男子のを頼むわね」


「オッケー。さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


「ちょっと! 嫌な先入観持たせるの止めなさいよ!」


 二人は期待と不安を胸に、意を決するのだった。

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