05─death color─
ベトベト、とゆっくり伸縮しながら向かってくるアメーバ状の生物。
逃げなければ、逃げなければ、と何度も何度も体を動かそうとする。だが、どうしても動かない。動けない。恐怖が邪魔をする。
そのうちに、どんどん距離を縮められる。
それはまるで、テレビやマンガで起こる出来事のようだった。本当に、恐怖で体が動かなくなるようなことがあるだなんて。
自分が何をしにきたのか、ただ死にたくて着たようなものになってしまった。
保健室には、まだ翔悟がいるかもしれない。アメーバの餌食にはなっていないかもしれない。
でも、死んでしまう。
自分は、助けにきたのに死んでしまう。
なんという、あっけない最期。
あきらめかけ、目を閉じた、その時。
ガインッ、というすさまじい金属音と供に、無残な、生き物が悲鳴を上げた。
ゆっくりと視界を開いた、その先。
「翔悟……!」
手に持っているのは、金属バットだろう。何処から持ってきたのか少し気になる。
廊下には、黒い液体を周囲に飛び散らせくたばったらしきアメーバがある。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう……」
助けにきたつもりが、逆に助けられてしまった。
なんとも複雑な気分だろう。
やはり、こういうときにはベタなパターンがよく合うということかもしれない。
それに、翔悟も恐怖を感じているのだろう、小さな動作だが、手足が震えているように見える。
孝治は、手に汗を握りながら、つぶれた黒い液体を見つめた。
「何なんだ、コイツ……?」
力ない声で呟く翔悟。
黒い雨が降り出してから突然表れた黒いアメーバ。これは、人を食べるのか? 見たところ、教師達の頭蓋骨の中は空っぽのようだった。脳だけを食い荒らし、もしかすると学習しているのかもしれない。
未知の生物がこんなにも近くに居ると思うと、なんだか恐ろしく、その半面では好奇心が沸いてきている。
だが、それでも自分たちは死の境地に立たされているのだ。雨に触れれば死の可能性、それを避けてもこのように、使者が送られてきたかのようにアメーバが人の脳を求めてやってくる。
殺された教師達は痛みを感じたのだろうか?
人は痛みを恐怖にたとえて現状を把握する場合がある。
あのアメーバはどうやって額に穴を開けた?
どうやって吸い取った? そして学んだ?
疑問が次々にわいてくる。これが、好奇心。
いや、学んだかどうかはまだ分からない。アメーバは脳を吸い取ってどうしたかったのか。どうしてこの場所に現れたのか。
つまり、このままでは人類は滅亡する可能性がある。これは決して大げさなことなんかではなく、真剣に考えた末の答えだ。
黒い雨の真相を突き止め、そしてそれに対する防衛策が必要となる。
願わくは、この状況を夢にして欲しい。
「どうした、孝治?」
心配そうに語りかけてくる親友に、真面目な顔で答える。
「いや、大丈夫だ。それより、これからどうするかが問題だ」
この学校には、まだ生徒はたくさんいる。こんな意味不明な事態で助かった、かけがえのない命だ。失ってしまったものは多すぎて重すぎて抱えきれないけれど、犠牲を払って分かったことが少なくとも二つ以上あるのだから、それを無駄にはできない。
「とにかく、一旦教室へ戻ろう。みんなの安全が第一だ。もし、おれたちが今こうして話をしているあいだにも───」
と、声が掻き消された。
それも、とてつもなく多くの『悲鳴』によって。
「まさか、皆……! いくぞ、翔悟!」
「お、おう!」
まさか、まさか、まさか。
今言おうとしたことが早速現実になるとは、なんと都合のいい話だろう。
アメーバは、一匹だけではないのか。複数、それ以外に考えられることは一つしかない。
今現在も降り続いている黒い雨、それが命を得てアメーバ状となり、校内に侵入した、だ。
急いで廊下を駆け抜ける。
廊下が湿気により滑りやすくなっている。それに気をつけながらも、階段の手摺を持って体を支えながら駆け上がる。
だが、今思い返してみれば、自分たちが行った所で何ができる? アメーバ状の生物だ、さきほど翔悟が叩き潰しても再び動き出すのではないのか?
もし、あの黒い雨が本当にアメーバの原型なら、自分たちは生き残ることができない。もう何週間も前から降り続いているのだから、世界中で何億匹と存在しているに違いない。
どうすれば、いいんだ───?