04─black-eater─
悲しみに暮れる孝治を、誰一人として慰めるものはいなかった。
ただ席に座って俯き、授業中でも完全に『無』の状態で時間を過ごす。失ったものの価値は、自分の命よりも高価で、何より愛していた存在だったから。
こんなとき、翔悟が側に居てくれたらなんて声をかけてくれたか。きっと、彼ならば今の孝治に最もふさわしい言葉をかけてくれたに違いない。それがどんな言葉であっても、孝治はこれ以上傷つくことは無い。
そんなとき、保険の教師である結城先生の悲鳴が響き渡ったのだ。
授業を行っていた教師はすぐさま教室を飛び出ていく。それを見た生徒達は喜びの笑顔を見せてしまう。悲鳴が聞こえたのに、そんな楽にしていていいのであろうか。しかし、どんな状況になってしまったとしても、孝治の心の傷が癒えることは無い。
全ては、黒い雨が原因だ。そんなものがなければ、今頃は二人で出かけたり、楽しく話をしたり……。今更、涙を流したところで何も起こりはしないのに。
同じくらい、翔悟も退屈を感じているのではないか。次の休み時間、久しぶりに顔を出してみよう、そう思った。この胸のうちを話せば、少しは楽になるかもしれない。
だが。
警報が校舎全体に響き渡った。
放送とともに、生徒達のどよめきが鼓膜を叩く。
耳を済ませてみれば、
『教室に居る生徒及び教師に連絡します。ただいま、一回保健室前にて、黒い謎の生命体が発見されました。窓、ドアを閉め、教室から出……うわぁーッ!』
男性教師……、この声は、朝の朝礼で聞きなれた校長の声だ。今話した謎の生物に襲われたのだろう。
学級委員長二人が、教室の戸締りをしっかりと確認している。
孝治の親は無事だった。ただ、母だけ。父は昼食を終えて職場に戻る途中雨にうたれて死亡したそうだ。妹もいるのだが、休み時間に外で遊んでいて───。母だけが、生き残った。
もういっそ、謎の生物に食われて死んでしまおうか。そんな考えが脳裏をよぎった。しかし、母一人をこの世においていってしまうのも罪悪感が残る。死んでしまえば変わらないのだが。
それでも、孝治には翔悟、他、大切な友人がいる。
そう、翔悟だ。
考えを切り替える。
黒い生命体が発見されたのは保健室前との事。保健室には、隔離された翔悟がいるではないか。何十にも覆われた場所にいるとはいえ、謎の生命体である。翔悟が心配だ。
教室から出てはいけないそうだが、親友が危機に陥っているかもしれない。
恐怖で足が動かない。
死んでしまおうとも考えた瞬間だったのに、考えを変えたトタンこれだ。孝治は自分にあきれる。
周りでは、怪獣モノ映画でよくみるような、隔離シェルターで怪獣におびえているような生徒でいっぱいだ。中には、地震が起こっているわけでもないのに机の下でがたがた震えている生徒までいる。
翔悟も、こんな風におびえているのではないか。もしくは、既に───。
決心し、大きく息を吸い込んで、心臓を落ち着かせる。
ドアの前に立ちはだかる学級委員長を押しのけ、ドアを開く。
全力で、保健室へと向かい、走った。
階段を駆け下り、一回へとたどり着く。
見慣れた校舎内は、全てコンクリートのうちっぱなしに軽く壁紙を貼り付けただけ、そんな風にしか見えなかった。
それほど新しくないもので、トイレなんかは全て和式。用を足していると足が疲れて仕方ない。中学校時代、生徒会長になりたがっていた同級生が、まず、トイレを洋式に変えることが目標だ、などといっていた。ただの馬鹿だ、と翔悟と二人で笑ったものだ。
そんなことを思い返しながらも、保健室を目指し走っていた。
こんなに全力で走ったことは、部活以外では一年ぶりかもしれない。運動会ではリレーなど、出てくれと言われるが全て断っていた。第一に運動が嫌いだという理由と、自分よりも早い人なんてたくさんいるから。
左右に流れていく景色には目もくれず、遠くに見えてきた保健室の入り口をまっすぐに目を細めて見た。
校長が襲われたであろう放送室は保健室の目の前で、放送が流れたのが約三分ほど前。ということは、既に翔悟が襲われていても不思議ではないのだ。
いやな予感を振り払い、ラストスパートを切った。
保健室前にたどりつくと、さきほどは夢中で走っていたため気付かなかったのか、廊下には教師合計五人の死体が地の水溜りを作って倒れていた。
生臭い臭いが花を刺激する。
全て顔が『潰され』ており、誰が誰なのか分からない状態だ。よく見れば、額には大きな穴が開いている。中は空洞になっているようで、まるで脳みそをストローで綺麗に吸い取られているようだ。それが、今目の前に倒れている教師全員に起こっている。
激しい吐き気。
これほどまでにグロテスクなものは見たことがない。
その場で嘔吐、居の中にあったもの全てを廊下に戻してしまった。
しかし、こんなことをしている場合ではないのだ。翔悟を助けなければ。
そう思い、体を保健室に向けた、その刹那。
目の前に、黒い、アメーバ状の生物が姿を現した。
目を見開く孝治。
視界に移るものを、懸命に否定した。