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神雲-kamigumo-  作者: Windy
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02─death-black─

 気が付けば、翔悟は白い壁に囲まれた殺風景な部屋の中に居た。


 体はベッドの上に横たわっており、体操着に身を包んでいる。


「お、気が付いたかサボリ君」


 声の主は、孝治だった。


 すぐさま上半身を起こし、すぐ右側の椅子に座る友人の顔を確かめる。だが、確認はできるのだが、何故かぼやけて見える。手を延ばすと、


「どうやら軽く隔離されてるらしいな、おれ」


 少し微笑しながら言った。


 孝治は浅くうなずくと、返すように笑みを見せてみた。


 手にはなにやら書店のカバーをつけた小説らしき本がある。おそらくそれをずっと読んでいたのだろう。開いているページからすればもうそろそろ読了しそうだ。


 ポケットからしおりを出し本にはさむと、孝治は翔悟に話始めた。


「お前、玄関前で倒れてたっていうか、寝てたんだぞ? 死んでんのかと思った」


 真剣に心配そうな顔をする孝治。彼のそんな顔を見たのは初めてかもしれない。


 今まで見せた事のないような表情を表すというのは、相当な大事がなければないことだ。


 漆黒の雲。


 全ての始まりはこれにあるのだ。


 急に降り注いできた雨。そして、それに触れるとたちまち心臓の動きが止まってしまう。翔悟だけが、何故かそれに触れていても何もなかった。表面では、だが。実際は、目に雨が入っただけで視界が消えたのだ。それは今も変わらず、右目は真っ暗である。


「グラウンドにいた生徒は見てのとおりだ」


 ここは保健室なのだろう。


 孝治は、正面にある、光を全く入れない窓の外を悲しそうな目で見つめた。


 日付は変わっていないはずだ。昨日はちゃんと登校した。今日体育の授業があるのは二年三組。外に倒れているのはそのクラスの生徒全員。加えて教師一人。


 そこで気付いた。三年生である孝治の好みは年下で、付き合っている彼女がいた。それも二年生の女子生徒。クラスはおそらく。


「グラウンドにいたのは二年三組の生徒達だ。そして死んだ」


 つまり、孝治の彼女も……。


 涙をこらえる孝治。


 流れる前に、立ち去った方が良いと考えたのだろう。一言翔悟に謝ると、彼は保健室を後にした。

 彼の後姿。


「何で謝んだよ……」


 自転車で二人乗りしたときに、孝治の彼女が見た暖かい背。今は、そんな背も物寂しく見えた。その背によりかかった彼女は、もうこの世には居ないのだから───。




 未知の物質くろいあめを体に受けても害があるように見えない翔悟には抗体ができているのかもしれない。もしくは、後から何か発祥する恐れも考えられる。


 着用していた服は、学校では何の対処法も無いため処分されたらしい。洗っても完全に物質が洗い落とされていなかったら着ている本人が危険にさらされるかもしれないし、また蒸発した水分に黒い成分がともに空気中に舞い上がったりしても大変だ。その空気を吸った生徒もしくは教師が危ないかもしれないから。


 未だに雨は止んでいない。


 外も真っ暗だ。部屋は蛍光灯が数本照らしているだけだ。


 両親は大丈夫だろうか。自分には兄弟がいない。だから、両親だけが家族である。心の許せる存在……とまではいかないが。


 仕事はどちらも室内で行うものだから心配はいらないと思う。いまどき外で行う仕事なんてあまり耳にしたことは無いわけだから。


 それにしても、どうして自分はあめに触れても大丈夫なのだろうか。


 考えに深ける。


 どれだけ脳内で思考を凝らそうが、分かるわけも無いのに。


 心配と不安と、自分の身に何が起こっているのかを知りたいという欲が渦巻く。


 この場から出ることは許されない。


 他の人たちに迷惑がかかるから。もし、自分がここを出た数分後か数秒後かに誰かが死亡するような不可解な事件が起これば、疑われるのはまっすぐに自分だということは目に見えている。


 ここでおとなしくしているほか無い。何時出られるのかも分からないが、仕方のないことだ。


 もし、翔悟が今日ちゃんと登校していれば、誰も死なずに済んだとまではいかないが、最低自分はこんな場所で隔離されることもなかったのだ。


 自分の行動を後悔する。


 この日は少しでも将来のことを考えたというのに。


 これでは、自分にちゃんとした普通の将来があるのかさえ疑わしくなる。


 このまま、世界中の人々が死んでしまうのかもしれない。


 自分も、ただ発祥が遅いだけで後からポックリ逝ってしまうのかもしれない。


 急に恐ろしくなってきた。死への恐怖が、一瞬にして翔悟の全身を駆け抜ける。


 死にたくない……。




「どうだ? 何かわかったことはあるか?」


 一人のスーツを着た男が話しかける。


 翔悟を隔離している状態よりも何倍も良い設備の整った研究所。


 試験管らしきガラスの筒に、あの漆黒の雲から降り注いだ黒い雨らしき成分が他の液体とともに混ぜられている。


 と、次の瞬間。


「キャっ!?」


 短い悲鳴とともに、ガラスの割れる音が響いた。


「どうした!?」


 振り向いた先、試験管の破片が床に広がっており、一人の女性が倒れている。


 よく見ると、顔に何か黒い物質がへばりついているではないか。


 恐る恐る近づく。


 刹那。


 黒い物質が、スーツを着た男の顔へと飛び移った。




 校内では、生徒達はそれぞれ教室に備えられたブラウン管の古いテレビの画面に釘付けとなっていた。


 ブラウン管テレビの上には地デジチューナーが取り付けられており、2011年以降となった今でもより美しい画面を拝むことができるのだ。


 皆が見ているのはニュース速報であり、こんな状況でも視聴者のために情報提供を怠らないでいる。といっても、外に出れば黒い雨が支配しているのでうかつには外へ出られない。


 速報で流れているのは、ある、雨の成分を研究しようとしていた施設の従業員が全員謎の死を遂げたというのだ。どうしてそんな情報が入ったのかは不明だが、これにより、より一層黒い雨の存在は恐ろしいものとなった。


 おかげで、翔悟が隔離されている期間は未定だが以前よりも延長されているといっていいだろう。


 深くため息を付く。


 いつまでも寝転んでいるわけにもいかないので、ベッドの上に足を組んで座っている。


 することもないので、ただボーっとしているだけ。孝治や他の友人もたまに見舞いとか言って来てくれるのだが、そんなのはただ短時間話をするだけであって、話題が無くなればきまずそうに出て行ってしまう。


 かれこれ三日間ほど、この場所にとどまっている。


 いい加減体がなまってきている。かといって、毎日運動しているわけでもない。それでも、翔悟の運動能力はそこそこ良い方なのだ。


 ゲームもない、漫画もない、テレビもない、お菓子もない。


「何で保健室にだけテレビ無いんだよッ!」


 思い切り枕に頭を叩きつけて体を倒す。


 小さな埃が舞い上がり、ゆっくりと落ちてく。


(ここから出てやろうか……?)


 そんな考えが脳裏をよぎる頃には、自分の立場がどんなものかすっかり忘れてしまっていたのだった。

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