前編
前編です
誤字報告ありがとうございますm(__)m助かります!
「エリザベートっ! 貴様との婚約を破棄するっ!」
王妃様主催のダンスパーティで、いきなりわたくしに向かって婚約破棄を叫んできたのは、我が国の王太子であるコンラート殿下だった。
「私の愛するティナを虐めた罪、償ってもらおうっ!」
コンラート殿下の背中には、ティナと呼ばれた娘がしがみついていた。
初めて見る顔に、初めて聞く名前。
ということは、この娘は男爵か子爵の娘か……それとも平民ね。この国の伯爵以上の者なら、その家族までも、わたくし、全員、顔も名前も覚えているもの。
「ぐすん、ひっく。あ、あたし……いつも、エリザベート様に虐められて……」
零れ落ちそうな大きな瞳は、涙が浮かんでいた。可憐で庇護欲がそそられる表情だわ。だけど、わたくし初対面である彼女に、わたくしの名を口に出す権利は与えていないのだけれど……。無礼な、とか言うべきかのかしら……?
「ああ、かわいそうなティナ! 大丈夫だ、ティナのことは私が守る……っ!」
「コンラート殿下……」
二人は手と手を取り合って、唇が触れそうなくらい顔を近寄せている。
……さて、どうしましょう?
コンラート殿下との婚約は、王命で決まったもの。
だから、婚約破棄と言われても、わたくしには拒否権も承諾権もない。
本当に婚約を破棄して、そちらのティナとかいう娘と結ばれたいのなら、コンラート殿下がまず行うべきは、国王陛下に婚約破棄を申し出ること。
陛下がそれを承諾すれば、陛下からわたくしのお父様に婚約は破棄となった旨、伝えられる。お父様は、侯爵の地位を賜っているとはいえ、陛下のご命令を拒否できる立場にはない。
そうして、お父様が婚約破棄を承諾すれば、それで終わり。わたくしが口をはさむことはない。
だから、婚約破棄と言われても、イエスともノーとも言えず、わたくしは黙るしかない。
……本当にどうしましょうかねえ?
コンラート殿下とティナ嬢は、ああだこうだと、わたくしがやってもいない罪を大声で喚いているし、パーティの招待客たちは、遠巻きにひそひそと何かを言っている。
パーティの主催者である王妃様はまだご登場していない。
この場を収める者がいない。
そもそも一番身分の高いコンラート殿下が、婚約破棄なんて馬鹿をやらかしている。
わたくしが「違います、そんなことしていません」とか言うべきなのかしら?
言ったところで、反論されてこんなバカげた騒ぎが大きくなるだけ……になる気がするのだけれど。
ため息を吐きそうになった時「ぱんぱかぱーんっ! ぱ、ぱ、ぱ、ぱんぱかぱーんっ!」という感じのファンファーレの音が、パーティ会場内に鳴り響いた。花吹雪まで舞っているし、しかも天井付近から、まぶしいくらいの光までもが差し込んできた。
な、何が起こったの⁉
わたくしだけではなく、パーティ会場にいた全員が、天井を見上げた。
すると、背中に巨大な翼を生やした美しい女性が、宙に浮いていた。
「おめでとうございまーっす! 建国以来、ちょうど一万回目の冤罪による婚約破棄となりましたぁ! 従いまして、記念として、建国の女神よりの祝福! 婚約破棄の被害者であるエリザベートちゃんのお願いごとを、なーんでも叶えちゃいます☆」
てへっ! という感じに舌までお出しになって、お笑いになっている建国の女神様……が、わたくしの前に降り立った。バサバサと動かした純白の羽が美しいわ。
「本当に冤罪って嫌になるわよねえ」
「は、はい、そうでございますね……」
「全部の冤罪、晴らしてあげてもいいんだけどさ。女神って、下々の前には姿を現しちゃいけないんだって」
「そ、そうでございますか……」
「だけど、安心して。一万回に一回は、女神パワーを自由に使っていいって世界の創造神様から言われているの」
「女神様の、お力を、でございますか」
「だからね、エリザベートちゃん」
「はい、女神様」
「あなたの願いはなーんでも叶えてあげる。ただし、三つまで☆」
よくわからないけれど、願いを三つ、叶えて頂けるらしい。
わたくしはとりあえず、女神さまに深く礼をした。
「ありがとうございます。その願いは……どんな事でもよろしいのですか?」
「うん。そっちの婚約破棄を叫んだ男の心をエリザベートちゃんに戻すとかもできるよ☆」
「あー……えっと、それよりも……」
わたくしはもともと、コンラート殿下のことは好きではなかった。というかむしろ外見が……嫌い……というか、趣味ではなかったのだ。
いえ、お顔はよろしいのよ。すっと通った鼻筋に、小さな唇。だけど……どうしても、腰まである長い髪は……嫌なのよねえ。
そう、わたくしは、男性の長髪は好まない。
というか、むしろ積極的に嫌っている。
これもみな、おじいさまやお父様、親戚のおじ様方の教育のたまもの……なのかもしれないのだけれど。
わたしはちょっと考える。
男たるもの、頭皮で語れ。
頭髪は短ければ短いほど良い。
頭皮の輝きは、人生の輝き。
おじいさまとお父様とおじさまがたの教えだ。
だから、わたくし、偏見かもしれないけれど、男性の長い髪は不潔に感じてしまうのよねえ……。
似合うなら、男性の長髪も良し……と考える方もいらっしゃるでしょうけれど……。コンラート殿下はそちらの筆頭のようだけど……わたくしの一族は、男性たるもの短髪にするべしという方ばかりなのよ。
「では……コンラート殿下の頭部……と言いますか、毛髪ですが」
「うん」
「進化させていただくことは可能でしょうか?」
「進化……?」
「はい。男性型脱毛症でお願いしたいのです」
「だ、だんせいがた……なにそれ?」
あら? 女神様にもご存じないことがあるのかしら?
「男性型脱毛症です。具体的にはM字タイプ、U字タイプ、つむじタイプ……と、場所別に呼び名が違うそうなのですが……」
「あー、つまりハゲね!」
その単語は、淑女が口に出すものではない、と、お父様たちから言われている。
だから、進化。男性型脱毛症は進化なのよ。
生物は不変のものではなく、長大な年月の間に次第に変化していくもの。
人も同じ。
人は生まれてから髪が生え始め、年を取れば薄くなり、減っていく。ね、進化でしょう?
「ええ。わたくしの父方のおじさまは、額の生え際の両端から少しずつ薄くなって、頭の後ろに後退していくというM字タイプ。母方のおじさまがたは、額の生え際から少しずつ頭頂部に向かって逆向きのU字型に後退していくU字タイプなのですが……」
「ふんふん。ハゲかたにもいろいろある……と」
「さらに、わたくしのおじいさまは髪の毛が一本もない、神々しいスキンヘッドなのですが……。あら、女神様を前にして、神々しいというのは失礼でしたわね。光り輝く立派なスキンヘッドなのです」
「あははははは。輝いているのね」
「ええ、ですが、血筋的に、頭頂部が真ん丸に薄くなっていくという、つむじタイプは親類一同を見回しても、一人もおりませんもので……」
「えーと、エリザベートちゃんはハゲ好きなのかしら?」
「おじ様がたやおじいさまの光り輝く頭皮が麗しいと、常々思っておりますし、わたくしの祖父、叔父、お父様。皆さま男性の頭髪の進化が進むにつれて、その進化をお互いに讃えられ、寿いでおられますので。ですから、コンラート殿下の長髪は……実にうっとうしく」
「あー、男性の長髪は美形だけに許される髪型で……。彼には似合ってはいるんじゃない?」
「ですが……。頭髪が汚れているときも……。ああ、失礼しました」
「まあ、確かに。汚れを隠そうとして整髪料テッカテカとか、香水ふりかけるとか……そーゆーの、エリザベートちゃんは嫌いなのね?」
「はい。すっきり短髪なら、わたくしも、もう少しコンラート殿下に歩み寄れると……常々考えていたものですから……」
婚約破棄なんかを宣言されても、短髪の方であったのなら「婚約破棄を考え直してください」と、縋り付くことくらいはしようかなーと思えるのに。
長髪ではねえ……。
婚約破棄ですか? 喜んで。ありがとうございますーって気分になるのよね。
正直に言えば、毎日洗うでもないコンラート殿下の長髪は、臭いし、べたついているしで、気持ち悪かったのよ……。
ちなみにわたくしの好みの最上級と言えば、おじいさまのスキンヘッド!
ですが、スキンヘッドは進化の最終形態。
お年を経て、貫禄が付いた年配の方のみに許されるもの。
M字もU字も素敵だけど、せっかくだから、親類には一人もいないつむじタイプを見てみたい!
後編に続きます
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