第十三番歌:擬せた者語(弐)
弐
まゆみを、冥土に送る? はなびグリーンは顔を青くした。
「グレートヒロインズ! は、博士の命令で動いていますのっ! スーパーヒロインズ! を痛めつけて、アヅサユミをおびきだしますのっ!」
こおりグリーンは、空満神道本部側に出て、花壇の白いパンジーにさわる。
「博士には、再会したい人がいますのっ。アヅサユミを冥土に送れば、シラクモノミコトが望みを叶えてくれますのっ! シラクモノミコトは、邪魔者を消せて、博士は、心願成就っ、万事解決ですわっ! 余力があれば、こおり緑達がアヅサユミを始末して構わないと許可をもらっていますのっ!」
パンジーの花が、こおりグリーンの掌中にてすりつぶされた。
「おいっ、その花は信者が一所懸命に育てて咲かせたんだぞっ!」
「信者じゃないくせに、味方意識ですのっ? 花は必ず散るんですわっ、また新しく植えれば済みますのっ」
はなびグリーンは、ポニーテールを逆立てそうに沸騰していた。罪悪感無しの涼しい面に、一発かましてやりたい。
「愛でたぐらいでこんなになる花が軟弱ですのっ。質が悪い、救いようのないものは、この世にいりませんわっ!」
こおりグリーンの脳天に、チョップが直撃した。顔を歪めると、はなびグリーンが馬乗りになって、両頬へしこたま平手打ちした。
「この世にいらないもんなんか、ねえっ!! たとえ我田引水っ、傍若無人っ、人面獣心っ、田夫野人っ、ムカつくやつらでも救ってやるんだっ! てめえみてえな、血も涙もない冷酷非道なやつにっ、あたしが負けるかってんだ!!」
花火玉を六つ、弓手と馬手、それぞれの指の間にはさみ、必殺技を吠えた。
「火すれば、花だっ! はなびボンバー!!」
至近距離の爆撃は、はなびグリーンの憤りそのものであった。火傷をこれでもかと負って、反省しやがれ。慈悲は、改心したらくれてやる。
「……無味乾燥っ、つまらないですのっ」
緑の炎の花が、固まった。まるで、時間を止まったかのように。
「これを使わないと、はなび緑を冷めさせられないなんて……自己憐憫ですの」
こおりグリーンの手には、正八面体の結晶。氷を彷彿させる透明さの中に、柳色の球が埋まっていた。
「こおり緑の武器『仮りの庵』ですのっ。青のお姉さまが作ってくれましたの!」
「……あたしのいとこも、物づくりが得意なんだよ」
炎を凍らす、不可思議な技。起こった足の震えを、はなびグリーンは悟られないよう叩いて治していた。
「後攻、こおり緑の番ですのっ!」
結晶を三個、指先でぐらぐらさせて、こおりグリーンがよそ見をした。
「うお、ちっちゃい縦ロールの娘、俺と目が合った」
「僕、ポニーテールの元気っ子がタイプだけどな」
「特撮サークルがあったとか知らんけど、美少女がショーをやってるって、ツイてるねー」
「もうちょっと前で拝ませてもらおうよ」
男子学生二人が、こちらへ歩いてくる。こおりグリーンが、良からぬことを考えているのは、火を見るより明らかだった。
「やめろっ、てめえら、来んなっ!」
結晶が、男子学生らに飛来した。
「冬は雪をあわれべっ! こおりリフリッジレイト!!」
「ばかやろうっ!!」
俊足を活かし、はなびグリーンは男子学生らの前に立つ。結晶が彼女の身体に当たって、パリンと砕ける。核である柳色の球が空気に反応して冷気を放ち、核の色と同じ氷が、はなびグリーンの胸の下までまとわりついた。
「ヤバ、ヤバいわ!」「ひいい!」
気概のない野次馬どもは、腰がひけながらもその場を離れていった。
「ぐ……冷てえ…………っ!」
「さすがですのっ! 虫二匹のために身をなげうてる、一切衆生を救うヒロイン!」
「んだと……!?」
生きた氷像をしげしげ鑑賞して、こおりグリーンは像の耳を引っぱった。
「ばーか。救っても救われない偽善者」
かわいくささやかれて、かけられた熱い吐息に、はなびグリーンは芯までしっかり凍えてしまった。
眼帯をつぶさんばかりに、とよこピンクは苛立っていた。
「ミーは闇、ユーは光、デ正シいナ……?」
激情を押し殺した声に、もえこピンクは固唾を呑む。
「ユーが光デアるコトを、証明シテもラうゼ!!」
十字架の槍「ヴィヨンの未亡人」が振動し、二人に灰を降らせた。身をよじらせた紳士を彫刻した黒曜石が、とよこピンクの手に収まる。
「安き眠りの爲に火焔を踏もう、タ★バコ」
使い魔の名を唱すると、闇に浸食された炎が二人を囲んだ。躑躅色のきらめきを連れた邪悪な炎が創造したものは、煉獄であった。
「光ハ、あまねく子羊ヲ救ウ。ユーなら造作モナいハズだゼ?」
ミルク飴のようにしっとりした頬に汗を垂らし、とよこピンクが挑発する。
「子羊……?」
禍々しき槍が、ある所を指した。小学生低学年だと思われる女の子が、泣きじゃくっている。
「卑怯デスよ!」
「闇ハ卑怯デ当然ダ。ユー、無垢ナル少女ヲ、奇跡デ救っテみロ」
とよこピンクをにらみ、もえこピンクは小学生へと走る。
「もえこチェンジ・ポリスモード☆」
麗しき騎士が使命に燃える警官へと変わ……れない。それどころか必殺技の効果が終わり、通常のヒロインモードに戻ってしまった。
「コレ……ピンチっスよね…………」
大事なのは、女の子の命だ。炎が勢いを増す。もえこピンクは、女の子を腕の中に引き寄せた。
「異端者ハ、おーそどっくすニ、火炙リだゼ★」
十字架の槍を天地に振り、とよこピンクは狂喜する。もえこピンクに、熱気が当たる。焦げた際の異臭まで、届いた。
「親神サマ、コノ子ヲ助ケテくだサイ……。ピンクは、どーナッたッテ平気デス」
火を消す技は、七つのモードを以てしても使えない。何者にもなれないもえこピンクにできることは、祈りを捧げるのみ。
親神の空満王命に聞こえたのか、黄色い布がやってきて、もえこピンクと少女を守ってくれた。黒い炎はしぶとく布を焼こうとしたが、なかなか火がつかなかった。
「タ★バコ、サボるナ!」
主のお叱りに、火のフィギアルノは精を出した。業火は、黄色の布でも耐えられず、ほとんど燃やされる。
「運ガ尽キまシタか……!」
もえこピンクに、水がかかった。にわか雨かと思いきや、ホースだった。誰が蛇口をひねってくれたのかは、布と、ホースに巻きついていたリボンで悟った。
「サンキューっス、センパイ」
「結局、アナタは奇跡を起こせなかったんだ」
腕の内にいたランドセルの少女が、口をきいた。
「ホワッツ…………?」
「他人に頼らないと、ピンチを抜け出せないアナタは、偽物の絶対天使」
「へ……」
少女の制帽が、するりと落ちる。つやがかかった黒髪をおさげにした少女は―
「ワタシ、デスか」
「失望した。未来のワタシは、絶対天使になりきっただけの、マネキン」
幼い与謝野明子が、あと数日で十九歳の与謝野・コスフィオレ・萌子に落胆の表情をする。
「アナタ、何者?」
くたくたになった萌子の髪に、新たな雫が流れた。
「さよなら」
明子は闇に火葬され、しゃれこうべを残した。
「吾が心は薔薇の花、ソウビ★ケイ」
しゃれこうべが灰に化け、萌子は躑躅色の荊に縛られた。
「いりゅーじょんニあいでんてぃてぃヲくらっしゅサレたナ。ざこキャラ、のっと、もぶキャラ★」
薔薇を食む虚しい筋肉質の男が彫られた黒曜石が、萌子を荊の磔にしたのだ。
「のーこめんとカ? 吠エモしナイなンテ、退屈だゼ」
つばを吐き捨てられても、萌子は怒りもしなかった。何者でもない、何者にもなれていない真実に、うちひしがれていたのだった。
「…………嫌」
ねおんブルーが、頭突きした。まともに受けたいおんブルーは、転倒した。
「……………………!」
石頭に目をちかちかさせられながらも、柱を支えとして、痩せた身を起こすいおんブルー。
「……そう、私は、あなたに、接触して、構わない、でも、逆は、許されない」
似たように細長い体を軟らかく揺すって、ねおんブルーはウエストポーチのジッパーを引いた。
「……あなたに、私の、素敵な、作品を、あげる」
ポーチには、六角形のプラスチック容器が詰められていた。無駄に長い袖が、プラスチック容器のひとつに、煙る固体を落とした。
「……そう、あなたから、お友達に、なろう、は、嫌」
蓋を締めて、ねおんブルーが容器をいおんブルーに投げ渡そうとする。目が利くいおんブルーは、容器に入った固体の正体を察し、速やかに退いた。
拒絶され、床に置かれた六角形のプラスチックは肥大し、十秒ちょっとで爆ぜた。
「……プレゼント、喜ばない?」
「爆弾は、お断り……です」
ねおんブルーのプレゼントは、ドライアイス入りのペットボトルだった。密閉された容器にドライアイスを入れると、容器内部の空気に暖められて、昇華(固体が液体にならずに、気体に変化すること)し、二酸化炭素に変化する。二酸化炭素の体積は、固体よりも気体の方が大きく、膨張した気体の二酸化炭素により、容器内の圧力も大きくなる。最終的には、容器は圧力に耐えられなくなり、爆発するのだ。冗談半分で、やってはいけない実験である。
「…………危険な、いおんブルーは、私と、お友達に、なってくれない?」
「あなたの方が、危険……です」
「……そう」
ぱさついた髪をかきむしり、ねおんブルーは柱に頭を打ちつけた。
「…………そう、また、私、嫌われた、お友達、できない、私、頑張った、でも、いおんブルー、いいよと、言って、もらえなかった、私、かわいそう」
柱に、赤いしみがつき始める。止めにいくいおんブルーだったが、ねおんブルーが暴れて近寄らせない。
「……ぐすん、えーんえーん、ぐすん、えーんえーん」
やっと自傷行為をやめたねおんブルーは、頭部に血を滴らせて、泣くしぐさをとった。涙は全然こぼれていない。男女関わらず面倒に思う、うそ泣きであった。
「…………えーんえーん、いおんブルーは、薄情、非情、危険危険危険危険危険」
「………………………………」
きみえだったら、どうなだめるだろうか。実家の研究所に勤務している職員に、精神を患っている人がいないことはないが、ここまで重症の例は初めてだった。作戦の軌道修正もしなければならない、脳にとても負担がかかる。
「……そう、いおんブルー、やっぱり、危険、危険物は、排除する」
虚ろな表情で、ねおんブルーはポーチを逆さまにした。ばらけた六角形のペットボトルにドライアイスを仕込み、密閉する。簡単にして凶悪な爆弾を、下腹部、左右の腕、手首、腿、足首にくくりつけ、泥くさい高音で叫んだ。
「焼くや藻NaCl(塩)の 身も焦がれつつ! ねおんエイク!!」
おどろおどろしく走り、ねおんブルーがいおんブルーに迫る。もろともに果てるつもりだ。やすらはで自爆の道を選ぶ相手に、戦慄せずにいられなかったが、
「チャンス……ですね」
銃把のダイヤルを回し、圧力を最大にする!
「世の中よ 未知こそなけれ 質量いる! いおんキャノン!!」
特大の青い空気弾を発射して、いおんブルーはピストルを捨てて石畳を蹴った。弾を防護服に利用して、相討ちに臨む。
「…………そう、心中」
プラスチック片が、青い気体に渦巻き、露草色のヒロインと藍色のヒロインは重なって、倒れた。藍色のヒロインは、すぐに立って、自身の傷口をいじくった。露草色のヒロインは、唇を切っていたけれども、満足した様子で気絶したのだった。
蝶結びにされたリボンの垂れたところが、たなびいている。二メートルはあるだろう。せいかイエローは、相手が「いつでも応じます」のサインを発しているととらえた。
「いくでェ!!」
山吹色のカチューシャを、十数個輪投げの要領で放る。おしゃれ用品は、戦では凶器と化す。さあ、ぼーっとしていたら血をふくぞ!
「摩付て、取まわし、肝を潰せ! 門柱の舞!」
三つ編みのリボンが巨大包丁を成し、ゆうひイエローの指揮で振り下ろされた。カチューシャは半分に割られ、むなしく落とされてゆく。
「気持ちえェ切れ味やなァ! リアルに掛乞の肝潰せるでェ!」
素直に褒めつつ、せいかイエローは相手の心配をしていた。
でェかい包丁かァ。刑罰の道具……ギロチンあたりをイメージしたんやろうな。初めて顔合わせた時は、ちょォっと腕か肩当たったぐらいでメソメソしそう、蚊一匹もつぶされへん子て印象やったんやけどォ……。本人は知らんけど、情が無い裁定者の性質が潜んでいるわァ。ゆうひの母親が、危なっかしく思てるのは分かるわ。
「どないしたんや、あんた。顔色良うないでェ……?」
バテた、てゆう単純なものやないなァ。命がかかっているような怯え方や。
「ストーカーでもおるんかァ? なんやったらあたいが仕留めたるでェ……」
ボケナスもいいところ。周囲を再び把握するべきだったのだ。先ほどの黒い炎が、鎮まっている。それだけなら、どうってことなかった。
「次鋒の、クズがァ…………!」
燃えていた辺りに、布がえげつなく焼けていた。布の内には、次鋒と戦っていたヒロインが、濡れそぼって、ランドセルをしょった女児をかき抱いていた。
「丁寧に織って、防火カーテンをこしらえたんやな……。道路に水が流れているんは、余ったリボンで園芸用ホースを操ったんかァ」
次鋒は、終わったらしばく。せいかイエローは、今にでも倒れそうなゆうひイエローを支えに駆け寄った。
「周りに気ィ配りすぎやで。せやけども、大惨事にならへんかった。ようやった、えらいわあんた」
「見て……見ぬふりは……できへん、かった……んやよ」
通行の迷惑にならない場所に座らせ、そばについてやる。思いやりのある子に、温かい言葉をいっぱいかけてあげたいが、それでは次の段階で落ちこぼれる。だから、耳の痛いことを言う。
「あんた、あたいが相手やったから、ここにおれるけど、世間には、道徳なんかどうでもえェ、根性ねじ曲がったのんがゴロゴロおるんやで。仲間を助ける暇をくれへんねんや。今、この時、何がいッチ重要なんか、分かっていな、全滅してまうで」
ゆうひイエローの唇が、とても固く締まった。
「あんたは、私情を捨ててスパッと決断できる素質はあるんやから、胸張りィ。甘ったれていたら、アヅサユミの、違うているな、安達太良まゆみ准教授の命は、ちょっきん、ぱらりやでェ?」
黒縁メガネのずれを正して、ゆうひイエローはひたすら黙って聞いていた。
「あんたの根性は、よう分かった。やけど、詰み、やで。あんたは敗北したんや。意志はあっても、もう戦われへんやろォ。あたいと比べたら、ぼろぼろや。えェな?」
ずるい人や。とことん罵倒される方が、よほどましやわ。負けを認めることのつらさを、知った上で言うてはるんやね……。ゆうひイエローは小さく「完敗です」と申したのだった。
「六花撃!」
ふみかレッドの技は、成功した。敷島流おはじき道、伝説の「三十六花閃」をようやく再現できたのだ。
「話したいことがいっぱいあるけれど、先にけりつけるね」
ポインセチアが植わった花壇の手前で横たわるうずめレッドに、赤チェック柄の円いパッチン留めを飛ばそうとしたら、
「ねえ……どうして、あなたはヒロインをやっているの」
うずめレッドが、上体を起こして言った。
「目立つのはもうごめんなんでしょ。なのに、サークル活動なんかに入って、こんなことになっているじゃない」
「そ、それは」
「矛盾しているよ。地味に生きたいと望んでいるくせに、ヒロインに変身している。アヅサユミに誘われた時点で、断ればよかったんだ」
「さ、最初は、どうして私が、って、疑問だったけれど、まゆみ先生と、皆を知っていくにつれて、ここにいようって気持ちになったの」
うずめレッドは哀れむように、ため息をついた。
「人の心は、移ろうものだよね。和歌でも随筆でも、物語だって、そう教えてくれている。でも、どうして? おはじきは封印したんじゃないの? 子どもっぽいとか、おかしな趣味だとか、いろんな人に言われてきたよね」
「どうして……あなたが知っているの。隠してきたはずなのに」
「私は、ふみかレッドの偽物だから。ふみかレッドの資料は、博士がくれたの」
「に、偽物? 何だそれ、いきなりすぎて、戸惑うんだけれど」
声と容貌がそっくりなのは、私に似せたから? 他の四人も、偽物ってわけ? グレートヒロインズ! は、スーパーヒロインズ! の…………。
「『おはじき名人』だったふみかを、成長させたのが私の性格だよ。私は、派手でどんな人にも負けないヒロインなんだ。こそっと技を磨いている今のあなたより、自分を信じている」
髪を結っていたビー玉つきのゴムを取って、ふみかレッドに見せびらかした。
「偽物だから、おはじきじゃないけれどね。でも、私はこの場で本物に変わる」
「な、何なの……?」
「偽物が本物を倒したら、本物の値うちが下がる。ううん、本物は本物でいられなくなるんだよ。勝った偽物が、代わりに本物の座に就くの」
四個の紅いビー玉が、ふみかレッドを逆さに映す。
「天に降れ! うずめバースト!!」
墨染めのセーラー服とスカートをしきりにまくっては返し、肌を露出させて乱れ舞う。ビー玉が東、西、南、北へ放たれ、紅色の軌跡を作って、本物の赤いヒロインを殴打した。
「きゃあ!」
ふみかレッドは地に転がされ、酸っぱい液をあげた。偽物に、負けたのか……。皆は、まだ戦っているのだろうか…………。私は、ヒロインでいて「良し!」なのだろうか……………………。パッチン留め「ことのはじき」が、指をすり抜けて遠くへいってしまった。