第十三番歌:擬せた者語(抒)
私が持っているのは、一枚の写真。
アヅサユミがお誕生日会なんかして、
皆揃って笑っているところを切りとったもの、らしい。
共同研究室の掲示板に貼ってあったのを、読み取って出力した。
実に、まったくもって、気にくわない。
五人と一柱が写った写真って、そんなにあるものじゃないでしょ。
抒
霜月三十日、日が落ちた空をさらに暗く塗りつぶすかのように、墨色の雲が村雲神社のあたりを渦巻いていた。博士と呼ばれている人間が、ひとり、渦の中心の真下にひざまずく。どす黒い雲からの「声」を聞くためだった。
【―アヅサユミ ハ ケンキュウトウ ニ トジコモッタ】
随分待たされていたため、博士は「ありがたいお言葉」に舌打ちをした。
【アヅサユミ ハ ミズカラ チカラ ヲ フルウマイ ト ミ ヲ カクシタ】
「今になって、反省するのか。良いご身分なのだ」
博士は、雲に、細く貫くような目を向けた。
【ネラウナラバ コノトキ―】
「…………分かっているよ。この機会は、逃さない」
衣服の胸部分をきつく握り、博士は歯をこすり合わせた。
十二年前、アヅサユミは、安達太良まゆみを殺した。この世に降りて、まゆみの肉体を乗っ取った。それだけでは飽き足らず、魂までも、我がものにしたのだ。よりにもよって、まゆみを選ぶとは。陽のように明るく、貴きも賤しきも、分け隔てなく優しさを注いできたまゆみに。あれが先祖とは、認めない。あれは、神の名を騙った人殺しだ。
「お前は、僕が殺す」
黒雲の端っこが、博士の足元に垂れた。一本の矢を落として、雲が分散した。桔梗色に塗られた鏃が、毒々しい。
「蔵にもなる、便利なやつだ。来たる日に効力が落ちていては、無意味だからな」
博士の最高傑作「神屠りの矢」。安達太良家の禁書をあさり、たどり着いた、対アヅサユミ兵器。奇跡を現実に起こす術・呪いの才能に恵まれなかったが、記してあることを忠実に実行するぐらいは可能だ。この矢を受けて、アヅサユミは必ず後悔するだろう。争い相手の神に勝つために己が生み出した武具に、引導を渡されるのだから。皮肉な最期を迎えるところを想像すると、心躍る。
【―ケッチャク ハ シハス ニテ―】
墨色の渦は、宵闇に溶けていった。畏まっていた博士は、腰を上げて鼻を鳴らした。
「……気色悪い神」
アヅサユミを屠ることを条件に、まゆみの復活とささやかな援助を約束した、黒雲。望みを叶えられるから、手を結んだにすぎない。黒雲は、人智を超えた技術を授け、あらゆる物を保存しておいてくれるツールだ。信仰したつもりは、毛頭無い。
「僕の望みのために、極限まで搾り取ってやる。シラクモノミコト」
鶏が、甲高く鳴いた。主のシラクモノミコトを侮るな、とでも言いたいのだろうか。博士は「阿呆が」の意を含めて、玉砂利を蹴飛ばした。