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第十六番歌:アヅサユミ、引く(四ー知)

     ☾

 雲の()たてまでの道中、ゆうひイエローは、せいかイエローに最新の戦闘力を分析してもらっていた。

「うちが、トップやて? ほんまにぃ?」

 どんくさいと母親に言われてきたので、信じがたかった。ヒロインズには、俊足と高火力のエース・はなびグリーン、七変化のオールラウンダー・もえこピンクがいるのに。

「嘘教えるわけないやろォ。あんたの数値はどの項目も平均超しているんや。運動神経で保っている高校生、いッチ豊かなイマジネーションで全体カバーしている一回生とは桁違いなんやでェ」

 せいかイエローは、ゴーグル型メガネのベルトを引き伸ばして離し、バチン! と鳴らした。

「せやけどうち、人の倍は努力せな遅れをとってまうんやよ?」

 知識の吸収が早くて効率良く立ち回れるいおんブルー、芯が強く膨大な読書量を誇るふみかレッドも相当な腕前だ。

「謙遜するんは、たいがいにしときやァ? 裏切らへん数なんやから、顔上げて胸張りィ!」

「はいぃ……」

「ところで、やけど」

 真剣に見つめられ、ゆうひイエローはどきどきした。

「あんたて、冷たすぎる面があるやんな」

 母に()せたつり目に、心配の色がさしていた。

「ふえ」

()(ぶち)先生と戦っていた時、一心不乱に先生を想うていたゆうより、(じょう)を捨てていたんとちがうかァ?」

 ゆうひイエローは、困惑した。

(まじな)いで先読みされへんように、考えていることを空っぽにしただけやよ。情を捨てるて、そんなぁ」

「あんたの(はらえ)、ギロチンみたいやったで」

 はっきり指摘され、こちらの首が()ねられた心地だった。

「それこそ、先生の首スパァンて飛んでいきそうやったでェ? あたいが可能性割り出した限り、七割五分なァ」

 愛しの師を、四回に三回はあやめるというのか。背筋が凍る。

「アヅサユミ戦の前に、『()』の祓の恐ろしいところを説明しとくわァ」

 えェかァ? とせいかイエローは、挑みかかるように唇の端を上げた。

「……聞かせてもらうわ」

 ゆうひイエローは、神妙になって立ち止まった。

「『知』の祓は、行使者の教養が深ければ深いほど、想像力に振り回されてまう。誤った扱いしたら、えらい惨事になるいッチデンジャラスな祓なんやでェ」

「誤った行使をするて、うっかり下手なイメージを一瞬でもしてもろたら、叶ってまうゆうこと?」

 せいかイエローは首肯した。

「せやから、真淵先生への祓にゾワゾワしたんやわ。どないしてでもかまそう(おも)て、処刑のイメージがちらついたんちがう? ほんまに先生ちょん切らへんですんだんは、恋慕が寸前で押しとどめたからやろうなァ」

「真淵先生に、殺意を……ありえへんわ」

「呪いでかわされるんやったら、術者を停止させればえェ。て理屈があったんかもしれへんな。経験したことあるやろォ? 例えば、知り合いに『あんた、意外とえげつない考えするなァ』て敬遠された」

「…………あるよ」

 肩を落とすゆうひイエローに、せいかイエローは缶ジュースをやった。先ほどの松阪(まつさか)公園で買ったのだろう。

「どんよりする場合やないで。慎重に祓を使えば、何も起こらへんねんやから」

 せいかイエローは、炭酸をがぶ飲みした。

「あたいは、そんなんより、(じょう)の無さに注意した方が戦いを制するて思うわ。命取りになるで」


 市中を引きずりまわされる女を目の当たりにして、ゆうひイエローは、彼女が忠告してくれたことのありがたさを噛みしめていた。

【けふは、神(かん)()のくづれ橋に(はぢ)をさらし、又は四谷(よつや)、芝の淺草、日本橋に、人こぞりてみるに惜まぬはなし、(これ)を思ふに、かりにも人は、惡事(あしきこと)をせまじき物なり、(てん)(これ)をゆるし給はぬなり】

 井原(いはら)西鶴(さいかく)好色(こうしょく)五人女(ごにんおんな)』巻四「(こい)(くさ)からけし八百屋(やおや)物語」の四「世に見をさめの(さくら)」だ。八百屋のひとり娘、お(しち)の放火事件を基にした話である。高校一年生の冬、陸奥(みちのく)ゆめ(安達太良先生のペンネームだった!)の小説『五色(ごしょく)五人女(ごにんおんな)』と並行して読んでいたから記憶している。

【汝、騒がぬのか。(せん)ずる所、(ふみ)の出来事なれば、痛くもあらぬか】

 江戸期に放火した者は、市中引きまわしの上、火あぶりの刑に処された。あの女も例外ではない。

【罪を犯したゆゑ、沙汰されるは(ことわり)か】

「好きな人に会いたくて火をつけるんは、間違っています」

 自分でもびっくりするぐらい、冷たい応答だった。お七の身が、焼かれてゆく。

【逢へぬまま日を過ごすは、玉の緒絶えさせることに等し。汝も人なれば、汲みとれるものを】

 黄色い髪のアヅサユミは、呆れた風に語りかけた。

(ことわり)(ほう)をみだりに信ずる娘なり―】

「融通が利かへんのやと思います」

 罪人(ざいにん)を煙にした火が、ゆうひイエローへと転移する。気づかぬうちに丸太にくくりつけられていた。

【同じき苦しみを受けるべし。さすれば、汝、いかに愚かなるか悟るなり】

 意外と熱くない。むしろ、身体中がじっくり冷やされてゆく。火責め・水責めには、罪を清める意味合いがあるという。

「うちにあるとしたら、深層心理にあるえげつなさ、やろうな……」

 真淵先生が来てくださるんを期待して、個人研究室や空満図書館に火をつけるなんて、絶対せぇへん。たとえ、接点が無くなってもや。あかんことして、想いを成就させる方法は選ぶものやない。

「正しいか誤りかは、うちで決める。周りには強制させへん!」

 冷たい一面は、紛れもなく自分を構成するもの。消し去らなくていい。驚かれ嘆かれても、動じることはない。

「融点が高い金属、レニウムにしよか……」

 蒲公英(たんぽぽ)色の気が、スーパーヒロインにメッキを施した。心頭滅却せずに、火を()ける。

(しるし)がかくも早くに(あら)はれたるか。想ひ創る力の成せる(わざ)なりや】

 黄アヅサユミは、いやましに目を(みは)った。祓が火にも及び、金箔に変換したのである。

(こがね)(こく)する(ほむら)を……? 汝、五行の理を逆さにしけるか!?】

「自然に(あらご)うて、傲慢やと自覚しています。ですが、盲信していたら、切り抜けられへん。たまには、(そむ)きますよ。ただし、法律が許す範囲内で」

 丸太をアルミホイルになり、ゆうひイエローは拘束を解いた。

(きち)三郎(さぶろう)さんは、火刑にされたお七さんに何て行動をとったか、アヅサユミさんはご存知ですよね」

 ゆうひイエローの双眸に、下弦の三日月が祓の色に光っていた。この印は、アヅサユミの「知」への態度を表す。知は満ち欠けを繰り返し、生涯追い求める。アヅサユミは、常に欠けた状態で知を取り込む姿勢をとっていた。下弦を()ったのは、そのためだ。

「お七さんはあかん行いをしました。せやけど、吉三郎さんは好きでいてくださったのですね。後に別の人と一緒になったかもしれませんが、うちやったら祝福します。好きな人が幸せでいられるんが、何よりですから」

 下弦の三日月は、背にも、立つ所にも生じた。

【陣が、敷かれしか……あはれなり】

「言草の すずろにたまる 玉勝間、スーパーヒロイン・ゆうひイエロー!」

 白妙の着物に、正統な長さの黄の袴。胸元にはベルベットのリボンで結ばれた蛋白(たんぱく)(せき)の護符。気品のある巫女が、満を持して覚醒したのだった。

【汝が奇跡、癒しと(こぼ)ちのふたつあり。(あと)のものを(うつつ)に叶はせよ】

「お言葉に甘えます」

 波うつ栗毛と揺れる、呪いの具「(たま)小櫛(おぐし)」にふれて、「知」のスーパーヒロインは新しい必殺技を声にした。

(おも)ひくづをれて()めたらあかん! ゆうひブレスィング・(くさり)の裁き!!」

 破砕の奇跡を起こす(たま)(くさり)が、神の四肢を捕らえて重い音を奏でた。神は硬化して(くろがね)となり、粉々にされた。

「ゆうひブレスィング・(すず)(ゆる)し!!」

 次に(すい)琴窟(きんくつ)の鈴が、(いつく)しみの音を鳴らし、鉄粉をアヅサユミに戻した。ゆうひイエローの(ぐん)を抜く記憶力があってこその、復元の奇跡である。

【磨きをやめず、学びを(おこた)らず。汝が花、表も裏もゆかし】

 黄アヅサユミは、籠手(こて)をからから打って(たた)えたのであった。



 ―「知」のスーパーヒロイン、参上。










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