第十六番歌:アヅサユミ、引く(四ー知)
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雲の果たてまでの道中、ゆうひイエローは、せいかイエローに最新の戦闘力を分析してもらっていた。
「うちが、トップやて? ほんまにぃ?」
どんくさいと母親に言われてきたので、信じがたかった。ヒロインズには、俊足と高火力のエース・はなびグリーン、七変化のオールラウンダー・もえこピンクがいるのに。
「嘘教えるわけないやろォ。あんたの数値はどの項目も平均超しているんや。運動神経で保っている高校生、いッチ豊かなイマジネーションで全体カバーしている一回生とは桁違いなんやでェ」
せいかイエローは、ゴーグル型メガネのベルトを引き伸ばして離し、バチン! と鳴らした。
「せやけどうち、人の倍は努力せな遅れをとってまうんやよ?」
知識の吸収が早くて効率良く立ち回れるいおんブルー、芯が強く膨大な読書量を誇るふみかレッドも相当な腕前だ。
「謙遜するんは、たいがいにしときやァ? 裏切らへん数なんやから、顔上げて胸張りィ!」
「はいぃ……」
「ところで、やけど」
真剣に見つめられ、ゆうひイエローはどきどきした。
「あんたて、冷たすぎる面があるやんな」
母に擬せたつり目に、心配の色がさしていた。
「ふえ」
「真淵先生と戦っていた時、一心不乱に先生を想うていたゆうより、情を捨てていたんとちがうかァ?」
ゆうひイエローは、困惑した。
「呪いで先読みされへんように、考えていることを空っぽにしただけやよ。情を捨てるて、そんなぁ」
「あんたの祓、ギロチンみたいやったで」
はっきり指摘され、こちらの首が刎ねられた心地だった。
「それこそ、先生の首スパァンて飛んでいきそうやったでェ? あたいが可能性割り出した限り、七割五分なァ」
愛しの師を、四回に三回はあやめるというのか。背筋が凍る。
「アヅサユミ戦の前に、『知』の祓の恐ろしいところを説明しとくわァ」
えェかァ? とせいかイエローは、挑みかかるように唇の端を上げた。
「……聞かせてもらうわ」
ゆうひイエローは、神妙になって立ち止まった。
「『知』の祓は、行使者の教養が深ければ深いほど、想像力に振り回されてまう。誤った扱いしたら、えらい惨事になるいッチデンジャラスな祓なんやでェ」
「誤った行使をするて、うっかり下手なイメージを一瞬でもしてもろたら、叶ってまうゆうこと?」
せいかイエローは首肯した。
「せやから、真淵先生への祓にゾワゾワしたんやわ。どないしてでもかまそう思て、処刑のイメージがちらついたんちがう? ほんまに先生ちょん切らへんですんだんは、恋慕が寸前で押しとどめたからやろうなァ」
「真淵先生に、殺意を……ありえへんわ」
「呪いでかわされるんやったら、術者を停止させればえェ。て理屈があったんかもしれへんな。経験したことあるやろォ? 例えば、知り合いに『あんた、意外とえげつない考えするなァ』て敬遠された」
「…………あるよ」
肩を落とすゆうひイエローに、せいかイエローは缶ジュースをやった。先ほどの松阪公園で買ったのだろう。
「どんよりする場合やないで。慎重に祓を使えば、何も起こらへんねんやから」
せいかイエローは、炭酸をがぶ飲みした。
「あたいは、そんなんより、情の無さに注意した方が戦いを制するて思うわ。命取りになるで」
市中を引きずりまわされる女を目の当たりにして、ゆうひイエローは、彼女が忠告してくれたことのありがたさを噛みしめていた。
【けふは、神(かん)田のくづれ橋に耻をさらし、又は四谷、芝の淺草、日本橋に、人こぞりてみるに惜まぬはなし、是を思ふに、かりにも人は、惡事をせまじき物なり、天是をゆるし給はぬなり】
井原西鶴『好色五人女』巻四「恋草からけし八百屋物語」の四「世に見をさめの櫻」だ。八百屋のひとり娘、お七の放火事件を基にした話である。高校一年生の冬、陸奥ゆめ(安達太良先生のペンネームだった!)の小説『五色五人女』と並行して読んでいたから記憶している。
【汝、騒がぬのか。詮ずる所、書の出来事なれば、痛くもあらぬか】
江戸期に放火した者は、市中引きまわしの上、火あぶりの刑に処された。あの女も例外ではない。
【罪を犯したゆゑ、沙汰されるは理か】
「好きな人に会いたくて火をつけるんは、間違っています」
自分でもびっくりするぐらい、冷たい応答だった。お七の身が、焼かれてゆく。
【逢へぬまま日を過ごすは、玉の緒絶えさせることに等し。汝も人なれば、汲みとれるものを】
黄色い髪のアヅサユミは、呆れた風に語りかけた。
【理と法をみだりに信ずる娘なり―】
「融通が利かへんのやと思います」
罪人を煙にした火が、ゆうひイエローへと転移する。気づかぬうちに丸太にくくりつけられていた。
【同じき苦しみを受けるべし。さすれば、汝、いかに愚かなるか悟るなり】
意外と熱くない。むしろ、身体中がじっくり冷やされてゆく。火責め・水責めには、罪を清める意味合いがあるという。
「うちにあるとしたら、深層心理にあるえげつなさ、やろうな……」
真淵先生が来てくださるんを期待して、個人研究室や空満図書館に火をつけるなんて、絶対せぇへん。たとえ、接点が無くなってもや。あかんことして、想いを成就させる方法は選ぶものやない。
「正しいか誤りかは、うちで決める。周りには強制させへん!」
冷たい一面は、紛れもなく自分を構成するもの。消し去らなくていい。驚かれ嘆かれても、動じることはない。
「融点が高い金属、レニウムにしよか……」
蒲公英色の気が、スーパーヒロインにメッキを施した。心頭滅却せずに、火を除ける。
【験がかくも早くに顕はれたるか。想ひ創る力の成せる業なりや】
黄アヅサユミは、いやましに目を瞠った。祓が火にも及び、金箔に変換したのである。
【金を剋する火を……? 汝、五行の理を逆さにしけるか!?】
「自然に抗うて、傲慢やと自覚しています。ですが、盲信していたら、切り抜けられへん。たまには、反きますよ。ただし、法律が許す範囲内で」
丸太をアルミホイルになり、ゆうひイエローは拘束を解いた。
「吉三郎さんは、火刑にされたお七さんに何て行動をとったか、アヅサユミさんはご存知ですよね」
ゆうひイエローの双眸に、下弦の三日月が祓の色に光っていた。この印は、アヅサユミの「知」への態度を表す。知は満ち欠けを繰り返し、生涯追い求める。アヅサユミは、常に欠けた状態で知を取り込む姿勢をとっていた。下弦を採ったのは、そのためだ。
「お七さんはあかん行いをしました。せやけど、吉三郎さんは好きでいてくださったのですね。後に別の人と一緒になったかもしれませんが、うちやったら祝福します。好きな人が幸せでいられるんが、何よりですから」
下弦の三日月は、背にも、立つ所にも生じた。
【陣が、敷かれしか……あはれなり】
「言草の すずろにたまる 玉勝間、スーパーヒロイン・ゆうひイエロー!」
白妙の着物に、正統な長さの黄の袴。胸元にはベルベットのリボンで結ばれた蛋白石の護符。気品のある巫女が、満を持して覚醒したのだった。
【汝が奇跡、癒しと毀ちのふたつあり。後のものを現に叶はせよ】
「お言葉に甘えます」
波うつ栗毛と揺れる、呪いの具「玉の小櫛」にふれて、「知」のスーパーヒロインは新しい必殺技を声にした。
「思ひくづをれて止めたらあかん! ゆうひブレスィング・鎖の裁き!!」
破砕の奇跡を起こす珠鎖が、神の四肢を捕らえて重い音を奏でた。神は硬化して鉄となり、粉々にされた。
「ゆうひブレスィング・鈴の赦し!!」
次に水琴窟の鈴が、慈しみの音を鳴らし、鉄粉をアヅサユミに戻した。ゆうひイエローの群を抜く記憶力があってこその、復元の奇跡である。
【磨きをやめず、学びを怠らず。汝が花、表も裏もゆかし】
黄アヅサユミは、籠手をからから打って称えたのであった。
―「知」のスーパーヒロイン、参上。




