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第十二番歌:似せた物語(序)









  私が持っているのは、一枚の写真。


  まゆみ先生のお誕生日会を開いていて、


  皆揃って笑っているところを切りとったもの、だ。


  唯音先輩のデジタルカメラから現像して、焼き増ししてもらった。


  実は、わりと、気に入っている。



  六人が写った写真って、そんなになかったから。









     序

 霜月三十日、日が落ちたというのに、(そら)(みつ)大学研究棟二階二〇三教室の(あかり)は点いていた。白板を前に、五人の乙女が扇形に並んで椅子にかけている。皆、講義や授業よりも緊張していた。

「つまりだな、あたしらは、まゆみを守るために戦わねえとなんねえってこった」

 口火を切ったのは、夏祭(なつまつり)(はな)()だった。反動をつけて立ち、水性ペンを取って白板に字を書いた。


 ・まゆみは次期アヅサユミに選ばれた


 安達太良まゆみは、華火達「日本文学課外研究部隊」の顧問である。ただの准教授ではなく、特別な力を宿した、人間と、人間ではないものとの(はざま)におかれた存在であった。力を有している覚えが無く、暴走させて「引き」起こす不思議な現象を、これまで隊員達が戦って鎮めてきた。

 アヅサユミとは、顧問の先祖にして、弓と文学の神である。十二年前、父を蘇らせるため、顧問が()び出し、力を借りた。しかし、命を操ることは「人を外れた行い」であり、顧問は咎を受けた。それが、特別な力―あらゆる物事を「引く」力だった。

「山の神様が仰るには、安達(あだ)太良(たら)先生がアヅサユミさんになることに反対してはる神様がいらっしゃるんやったね」

 まっすぐに整った字を見つめて、本居(もとおり)夕陽(ゆうひ)は言った。

 かつて、まゆみをめぐって戦った山の神が、今日の夕方、(しら)せを持ってきた。まゆみはアヅサユミを継ぐ存在となった、と。アヅサユミは、まゆみの望みを叶えた代わりに、衰えてしまったらしい。亡くなったわけではないが、アヅサユミはまゆみを二代目にするよう、山の神に言付けたのだ。世襲制の神様は、物知りの夕陽でさえ初耳だった。

 跡目を決める際、ひと悶着あるのは人も神も世の常である。新しいアヅサユミの誕生を祝福する神々がいれば、受け容れられない神々もいる。人間が神に昇格することに不満を持つ反対派は、宙ぶらりんな存在のまゆみを同族に迎えるのを嫌悪していた。


 ・反対派がまゆみを消そうとしている


 華火の手で書き加えられた項目に、与謝野・コスフィオレ・萌子はいじらしく怒っていた。

「つぶしニかカルなンテ、神サマのナサるコトじゃナイっスよ! (そら)満王命(みつおうのみこと)ヲ見習ッテくだサイ!」

「萌子ちゃん、しつこく訊いていたものね……」

 隊長の大和(やまと)ふみかがため息をついた。やっと背もたれに身体を預けられる。

「信ジテいマシたヨ! しかしbutしカシ、万ガ一、億ガ一、兆ガ一っス、萌子、センセと対立シナいとイケなくナッたラ、ツラいじゃナイっスか!」

 空満神道の信者である萌子は、(おや)(がみ)の空満王命がどちらの勢力に属しているか気になってしょうがなかった。幸いにも、空満王命は本件に干渉しない考えであった。我が子なる人類を見守るのに忙しいのだとか。


 ・空満神道の神様は、敵ではない


「あ、あの、華火ちゃん、それは別にいいよ」

「ふみか、消したらあきこが眥烈(しれつ)髪指(はっし)すんだろ。いてっ!」

 華火に消しゴムが投げられた。萌子に「あきこ」は禁句なのだ。与謝野「晶子」ではなく「明子」、なにかといじられる本名だ。

「…………」

 呼吸の音が(かそ)けし細長い女性が、ゆるやかに白板まで歩いた。余っているペンを、黙々と板の上に動かす。

「あらま、唯音(いおん)先輩、かわいらしいイラストですね」

 夕陽の感想は、もっともだった。羽衣をかけたまゆみ、悪そうな顔をしたみずらの神々、「×」が入った吹き出しをつけた空満神道本殿、どれも特徴をとらえつつ、少女漫画風にくずされていた。

「どうも……です」

 細長い女性―仁科(にしな)唯音(いおん)は、頭を下げた。機械よりも機械じみた様子が、彼女の個性だった。念のため補足しておくが、唯音はちゃんとした人間である。

「うーん、反対派から守れといわれても、いつ来るか分からないんだよね? こうしている間にも、襲いかかるかもしれないし」

 ふみかはいつも以上に、難しい表情をしていた。

「神が相手だろ、まゆみの首を取るぐらい余裕綽々っ。そんなやつらに、勝たねえとなんねえんだよな……」

「ノープロブレムっスよ☆ センセは、モウ自由自在ニ力ヲ使エルんデスかラ。アレやコレや『引き』ちぎッテ『引っこ』抜イテ、ポイ! デス」

「てめえ、エグいこと考えるんだな」

 呆れる華火に、萌子は「にゅん☆」と純情ぶった。

「先生の力は強いよ。せやけど、神様同士やで。キャンパスを越えて、市、もっと大規模な争いに発展するんとちがう? そないなってもろたら、うち達の責任やよ。事実を知っているんやから」

 夕陽がそう言って、うつむく。四人もつられてしまった。

「…………どうして、こんな重いことに」

「あらー、大和さん。重いなんて私は感じていないわよ」

『!?』

 今回ばかりは、心臓によろしくなかった。白いストラップ付きヒール靴を鳴らし、白いスーツを着こなし、切りそろえられた短髪がつややかに、弓のペンダントと笑顔がまぶしいご婦人が、呼んでもいないのに入室したのだ。

「あのな、あたしらは真剣なんだぞ、安達太良まゆみっ!」

 椅子に片足を置いて、華火がまゆみに指を突きつけた。

「常住坐臥っ、狙われているってのに、危機感ねえのかよ」

「危機感ねえわけないわよ。あなた達をいみじく危うき目に遭わせてきて、のほほんとしていられるかしら」

「まゆみさんは、(わたくし)達が、守る……です」

「温かい言葉をありがとう、仁科さん。だけど、心配いらないわ。あなた達を戦わせないように力を尽くす」

 まゆみはウインクをした。明るいままでいるのは、嬉しいのだが……。

「ひとつ、お願いがあるわ」

 日本文学課外研究部隊の司令官らしい、毅然としたまなざしでまゆみが命じた。

「真っ黒い雲と、シラクモノミコトには注意しなさい。見たら逃げて。聞いたら離れて」

 身をこわばらせる五人に、まゆみは語調を軽くした。

「おどかしたつもりはなかったのよ。シラクモノミコトはね、アヅサユミと親しい間柄なんだけど、私が後継者に指名されちゃって、憎しみ百倍、反旗を翻したみたい。真っ黒い雲は、シラクモノミコトの力よ。山の神とあなた達を邪魔したでしょ。次は、ただじゃすまさないかもね」

「いや、かえって怖くなったんですけど」

「大和さん、大層にとらえないの。シラクモノミコトには近寄らない! 以上! さ、下校なさいな。今週は始まったばかりよ」

 手を叩いて、解散の号令をかけた。

「そうだ、大和さんと本居さん」

「何ですか」「はい」

 ちょっと間を空けて、まゆみは再び口を開いた。

「明日の五限、二回生に臨時オリエンテーションがあるの。B34教室よ。サプライズゲスト登場だから、よろしくね」

 前もって告知しては「思ひがけぬ客人(まらうと)」じゃないでしょうが。担任にツッコミたかったふみかを、夕陽がやんわり制した。

「どこにいても、私はあなた達の司令官よ。またね」

 二歩ゆけば、袖を引ける距離だったのに、ふみかは実行に移せなかった。教員に対して失礼だから、そうじゃない。迷惑だと思われるから、違う。予感が外れてほしかったのだ。まゆみが、遠い人になってしまう。でも、ふみかには留められなかった。


「山の神、かやうな使い方でよろしいのでしょ」

 後ろ手に二〇三教室の扉を閉め、まゆみは廊下のある一点に呼びかけた。

【見事なり】

 男にも女にも、老人にも幼児にも、耳にする者が好きに選べる声が返ってきた。まゆみには、盛りだった父親のものに感じた。山の神は、白い猪に化身する機会が多い。けれども、校舎に獣がいては場違いだろうと、思慮のある神は空気に紛れたのだった。

「反対派の神々の、『私を認めない気持ち』を『引き』はがしたの。争いは避けられたわ」

 互いにしかやりとりが分からないように、まゆみは(まじな)いをかけていた。「引く」力を用いなくとも、容易だった。安達太良家は、呪い―(いにしえ)の本朝で盛んに用いられた、(よろず)の望みを叶える(すべ)。または、(よろず)(ことわり)を超えた奇跡を行使できる一族である。

「急に記憶が戻ると、整理に手間取るわね。『引く』力、行使の方法は易しいけれど、効き過ぎるわ。ならぬ行いの咎にしては、お得要素ばかりじゃないの」

【故に、(あやま)ちを犯しやすし、アダタラマユミ、汝も過てば、吾が沙汰する】

「そうね、あなたはアヅサユミのご意見番だもの」

 ぬるい息が、まゆみの髪をくすぐった。

【シラクモノミコトに用心せよ、未だ汝を諦めておらぬ】

「ええ、肝に銘じておくわ。皆に負担をかけたくないの。これは、私の戦いよ」

 山の神と別れ、まゆみは右を向いた。人を待たせていたのだ。

「詳細は、既にご存知ですね。安達太良まゆみ先生」

 小太りのおじいさんが、枕になりそうな本を抱えてゆっくり言った。

「はい、(とき)(すすみ)先生」

「明日が、最終出勤日だと考えてください」

 老眼鏡の奥の瞳は穏やかであったが、本の題名は『世界の刑罰事典』だった。

「残りの事務は、私がしておきますので、どうかご家族と」

「いいえ、今日から籠もりますわ」

 時進は、本を落としそうになった。

「猶予が、欲しくはないんですか」

「さんざんお騒がせしましたのよ。自覚していなかったといえども、私は害を加へし者ですわ」

 まゆみは、個人研究室へと歩んだ。

「時進先生、拘禁の(まじな)いを行使くださいませ。おとなしく文献を読んでいますわ」

「よろしいんですか」

「はい」

 まゆみが鍵をかけるのを待ち、時進は『世界の刑罰事典』を広げた。

寄物(きぶつ)(ちん)(じゅ)・『世界の刑罰事典』、本を【切る】態度」

 時進をはじめとする日本文学国語学科の教員は、一名を除き、呪いを行使できた。時進は、本を介して「()る」・「見る」・「切る」に応じた奇跡を起こせる。「切る」は、書物や対象の人や物の「本文」を自由に切りとり、操る術だ。まゆみの個人研究室を本文にとらえ、『世界の刑罰事典』第六六六(ページ)「異能力者の収容方法」を切って、付け加えた。

「安達太良まゆみ先生……お疲れ様でした」

 深くお辞儀をして、時進は踵を返した。


 神無月より、空満大学およびその周辺で起きた呪いの事件。呪いによる現象を止め、行使者を捕まえる。日本文学国語学科教員の裏業務は、あっさり遂行できたのだった。







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