第十四番歌:雲に隠れて(結)
結
「近道」を駆けながら、うずめレッドは難しい表情をしていた。
「和舟先生が仰っていたこと、本当かな…………。博士が……私たちが、シラクモノミコトにだまされているって」
並んで走るふみかレッドが、首を少し傾けた。
「そうだよね……。なゆみさんと和舟先生、どっちも嘘じゃないから…………」
活躍したての武器「敷島」を、「ことのはじき」の隣に留めて、うん、と言った。
「シラクモノミコトに確かめてみよう。こういうのは、本人に訊ねなきゃ」
「だね……」
出口にさしかかって、うずめレッドは足を止めた。
「本当でも、嘘でも、私たちのしてきたことは、無駄じゃないって思うんだ。ふみかたちが強くなれたんだもの。そうでしょ?」
切ない目で、ふみかレッドに訴える。切れかかった蛍光灯が発する、躑躅色の光が当たって、彼女がより脆くみえた。
「無駄なんかじゃないって、信じていて」
私が言えるのは、それぐらい。ふみかレッドは、不器用に笑った。人に肯定されるよりも、自分で信じぬく方が、揺るがないから。
「ありがと、ふみかレッド。神社に着いたよ。私が、シラクモノミコトに会わせてあげるね!」
うずめレッドに手を取られ、村雲神社の土を踏んだ。
☁ ☁ ☁ ☁ ☁
シロ ト クロ
イヅレ カ マサル?
シロ ト クロ
イヅレ カ ウツクシキ?
コタエ ハ サダメラレタリ
シロ カ クロ カ―
☁ ☁ ☁ ☁ ☁
鳥居の真ん前に立ち、うずめレッドは柏手を打った。ふみかレッドも、あわてて同じ所作をした。
「―雲の果たてへ」
凸と凹が噛み合う音の後に、複数の鳥の声がした。神社で飼われている鶏らだ。
「シラクモノミコトのすみかにつながったよ。行こう」
「う、うん」
背中を軽く押され、ふみかレッドは鳥居をくぐったのだった。
☁ ☁ ☁ ☁ ☁
クモ ハ □□ ニ マサル モノ ハ ナシ
クモ ハ □□ ニ オトル モノ ハ ナシ
シロ カ クロ カ
キタル コタエル トキ ガ―
☁ ☁ ☁ ☁ ☁
めまいがした。でも、少しの間だった。そこは、玉砂利の敷かれた、閑かな場所のはずが、周りが全部、空と雲だった。
「うわあ」
ふみかレッドが両足を置いているところは、頼りない雲であった。すぐに退きたかったが、辺りには当然、石も、木の板も、見当たらない。
「お、落ちちゃう……!」
全身がこわばり、目をきゅっと閉じるふみかレッドを、うずめレッドが支えた。
「だめ、心をしっかり持つんだ。落ちる、って思ったら、本当に落ちてしまうよ」
飄々としている彼女にはめずらしく、緊張した面持ちだった。
「ここは、本来の村雲神社なの。大丈夫、雲の上は歩けるよ。ふみかレッド、想像して。現実とはかけ離れている世界だよ。あっちへ上がりたいと望んで、跳べば」
手をつなぎ、せえの、とふみかレッドに目配せした。紅色の襟と、緋色の上着が、空にはためく。
朝とも昼とも、夕とも夜とも分からぬ気品ある色の広がりに、二人は浮き上がって、平らな雲に着いた。
「簡単でしょ?」
へえ、も、はあ、も出なくて、ふみかレッドは頭をかくばかりだった。
「シラクモノミコト、どうしたんだろう。かくれんぼでもしているのかな……」
前へ進んでいると、固い物がふみかレッドのつま先に当たった。プラスチックのかけら、だろうか。鮮やかだけれど主張しすぎず温かさを残した色をしていた。
「べっこう飴じゃ……ないよね」
シラクモノミコトの食べ残し? いや、そもそも神様は物理的に食べられるのか? お供えする気持ちを召しあがるのであって、供えた物はしばらくしたら「おさがり」として人がいただいているし。
「ごめん、止まって」
うずめレッドが、注意深く周りを確かめる。
「向こうで、何か聞こえるんだ」
「そうなの?」
姿勢を低くして、早歩きするうずめレッド。
「おかしいと、思っていたんだ……」
歩調が速まる。ふみかレッドは、おいていかれまいと負けずについていった。
「雲の果たては、真っ黒いんだよ。とても湿っていて、雷がいつでも落ちてきそうな感じ」
「あ、あんまり、居心地良くなさそうだね」
「晴れていて、雲が白かったところで、警戒しなきゃいけなかったんだ!」
また、鮮やかなかけらが落ちていた。今度は、たくさん。
「……なんの、これしきィ! 幽冥へ誘うたる! せいかペナルティ!!」
「あかん、やめてぇ! せいかイエロー!!」
指では到底数え切れない、山吹色のカチューシャが、回転してある方向へ切り刻みにかかる。攻めではなく、後ろにいるヒロインを守ろうとする必殺技であった。
『一体、どうなって……いるの?』
赤いヒロインの声が、重なった。
倒れたねおんブルーの上腹部に手を添えて、沈黙するいおんブルー。座り込んだこおりグリーンと、雲に幾度も拳をぶつけて憤るはなびグリーン。立ちつくすとよこピンクへ諦めずに祈禱するもえこピンク。そして、損傷が激しくも何かに抵抗し続けるせいかイエローに、痛々しく叫ぶゆうひイエロー。
うずめレッドが、解析機能を使った。結果に、息が詰まりそうになった。
「ねおんブルー、こおりグリーン、とよこピンク、機能停止……いやだよ、そんな」
カチューシャが、次々と砕かれて、空に飛ばされ、雲に撒かれてゆく。
「大将ォ……殿様出勤、ご苦労やでェ」
せいかイエローが振り向いて、おどけてみせる。左頬の装甲が一文字に裂けて、基盤らしきものがあらわになっていた。
「ごめんやけどォ……あたいとバトンタッチして……くれへんかァ? ガタがきてもろてなァ…………防衛、頼んだ…………わ……ァ…………」
ぜんまいが切れたかのように、副将は動けなくなった。機能停止、の信号が正確に、無慈悲にも大将に受信される。
「や、やだよ、せいかちゃん! せいかちゃんまで倒れちゃったら、私、ひとりになるじゃない……!」
取り乱すうずめレッドを、ふみかレッドとゆうひイエローがなだめた。
「四人は、博士に診てもらおう。助かるかもしれないでしょ」
「でも……もし、思い出が、消えていたら……」
「悪い方に考えてしもうたら、ほんまにそうなってまうで」
「わかった」
瞬時に気持ちを切り替えて、うずめレッドは解析を再開した。半径三メートル以内に、神威の反応あり。反応は、上空に!
「あなたが、白い雲を呼んだんだね」
ビー玉を投げると、藤色の気流が払い落とした。
「降りてきてよ。じゃないと、私が名前を当てるんだから!」
うずめレッドが大空に指さすと、そこに白雲が集まった。
【汝も、シラクモノミコトに与する者か】
塊を作った雲は、すぐばらばらになって、中に人の形をとったものが現れた。
「安達太良先生……!?」
「ううん、似ているけれど、違うよ」
白い着物と、袴。胸当てと籠手、腰を防護する厚みのある板……武道の心得があるようだ。藤の花で染めたみたいな髪と、簪代わりにした弓矢。光の具合によって輝きの色が変わる、透き通った領巾が、まゆみに似たものを、ただならぬ存在にしていた。
【―我が名は、アヅサユミ―】
神と人間、いづれか勝る―。
〈次回予告!〉
空ニ満ツ アダタラマユミ 矢ヲ番ヒ
―次回、第十五番歌 「梓弓抄」
萬引キ引キ 言霊ムスブ