第十四番歌:雲に隠れて(序)
序
三十路の女は、砂糖と牛乳無しの珈琲を、ごく自然的に飲んだ。
「さあ、お前達、質疑応答の時間だ」
女の名前は、安達太良なゆみ。安達太良まゆみの妹だと申した。
「どうした。手が挙がっていないようだが。日頃、物事に疑問を持たないのか?」
五人の娘に対して、なゆみは挑発的に言う。すると、青白い手がまっすぐ伸びた。
「音遠達の、正体を、教えろ……です」
始めに問うてきたのは、日本文学課外研究部隊の技術担当、仁科唯音だった。五人に戦いをしかけてきた「グレートヒロインズ!」の一人、佐久間音遠の名が出る。
「お前は、分かっていて訊くのか? 弐号にこんな物を取り付けておいて」
なゆみは白衣の下ポケットから、細長い棒きれをつまみあげた。棒には針金らしき部品が付いていて、虫と間違えそうなデザインだった。
「秘蔵の、発明第五十七号、ワレカラさん……です」
「発信機で僕の居所をつかむとは、面白い。しかも、弐号にバグを発生させた。メンテナンスの手間をかけさせる……仁科研究所のご令嬢は、したたかなのだ」
「どうも……です」
鼻を鳴らすなゆみ。褒め言葉に受け取られて、不満そうだった。両者とも、やせ型の身体であるが、唯音が遺伝性のものに対して、なゆみは神経質な性格によるものであった。
「バグ? メンテナンス? 萌子、とテモ頭ガ混乱してマス!」
「理系トークはもういいからよ、単刀直入に答えろよっ」
遊撃手の与謝野・コスフィオレ・萌子と、火元責任者の夏祭華火をうっとうしそうに見て、なゆみは尊大的な態度をとった。
「他は知らないようだから、情報を共有させてやろう。『グレートヒロインズ!』は、僕の作品だ。擬者語シリーズ、『スーパーヒロインズ!』に『擬』せて『語』る『者』。つまり、呪い式アンドロイドだ」
唯音以外の娘らが、安楽椅子からずり落ちそうになった。
「ア、アンドロイドだって? 冗談でしょ」
テーブルにこぼした珈琲(砂糖は適量)を、おしぼりで拭きながら、隊長・大和ふみかが驚いていた。
「そんなぁ、普通の女の子やなかったんですか?」
紅茶のカップをソーサーに乗せていて無事だった参謀・本居夕陽は、黒縁の四角いメガネを上げなおした。
「普通の小娘は、生意気だ。僕の実験の妨げになる。僕が集めたお前達のデータと、シラクモノミコトの設計図で作った五体は、命令には忠実。うるさくて、人間より人間くさいところが、難点だが」
「じゃあ、うずめちゃんたちに、私たちを襲わせたのはあなたなんですね。どうして、そんなことをさせたんですか」
ドジを踏んだところを一転して、ふみかは真剣な顔をして質す。
「シラクモノミコトと結託して、まゆみを冥土送りにしようって企んでいるんだろっ! てめえ、それでも家族かっ!?」
華火が、クリームソーダ専用スプーンを叩きつけるように置いた。口の周りには、バニラアイスと、もう一品のブラマンジェにかかったメロンソースがべたついていた。
「手を挙げて発言しろ、まったく……。まず、誤解を解く。僕は、姉さんを殺そうとしていない。聞け、今存在している安達太良まゆみは、アヅサユミだ。姉さんの心は、十二年前に除かれたのだ」
「……まゆみの身体は、アヅサユミに乗っ取られているってのかよ」
「理解が早いな」
なゆみは足を組み替えた。
「僕は、姉さんの心を返してもらうため、シラクモノミコトを利用しているのだ。アヅサユミを殺せば、あの神が姉さんを蘇らせると約束した。アヅサユミがいると、シラクモノミコトはいずれすみかを追われる。僕は姉さんを救いたいのだ」
「ふみちゃん、安達太良先生の妹さんが仰っていること……ほんまやろか」
夕陽がふみかに耳打ちする。
「うん…………。なゆみさんは、嘘ついていないと思う」
偉そうにしているが、まゆみへの想いは偽物ではない。皮肉っぽいしゃべり方をするけれど、偽りはしていない。ふみかは、自分の直感を信じた。
「センセを助ケルたメニ、萌子タチに襲撃カケたんスか? マワりクドいンじゃナイっスか!?」
「一回目、霜月十日。お前達の実力を量ることと、お前達の力に感情が関わるかどうかを調べることを目的に、肆号と伍号を送った。体調不良だったヒロインがいたようだが、成功した。特に、唯音のデータは、いみじく参考になった」
「風雨凄凄の中っ、まゆみが出した猿と酒呑み勝負して、あたしが風邪ひいちまった日か」
犬歯をのぞかせて、華火が苦々しく回想していた。
「伍号の幻術は、やり過ぎだったかもしれないが、結果をうまく引き出してくれたよ。二回目、霜月三十日。アヅサユミの『引く』力とやらを記録すること、変身前のお前達の状態を確かめることを目的に、壱号におつかいを命じた。アヅサユミは、姉さんと同じく詠唱の呪いを行使し、『引く』力も揮った。お前達は……ヒロインに変身していない場合はリミッターがかかっていると分かった」
「壱号……うずめちゃんだね。まゆみ先生がいなかったら、危ないところだった」
「伍号ハ、とよりーぬっスか。マジ鬼畜デシたヨ」
ふみかと萌子が、たまたま同時にお冷やを口にする。
「三回目、師走朔日から四日。三日までは、NMシリーズを用いて、力の再測定をした。まずまずの伸び率だった。最終日は、擬者語シリーズと能力値を比較させてもらった。お前達は負けたが、僕のシミュレーション通りだ」
安楽椅子に身体を投げ出して、なゆみは虚無的に笑った。
「私達のみではなく、音遠達も、実験体に、した……ですか」
「そうだ。弐号らの成長度も知りたかったのだ。そう怖い目つきをするな」
「弐号という呼び方、私、嫌い……です」
「五体は、物だ。人間では無い。お前は、発明品に愛着を感じる性格だったのか。意外だ」
唯音は「ワレカラさん」をひったくり、そうっとビジネスバッグにしまった。
「はい」
「夕陽、か。言ってみろ」
ノートを広げて、夕陽は問うた。
「うち達の力を試されてはったとのことですが、単なる戦闘能力やないですよね。ヒロインになっていないと発揮できへん力とは、何ですか」
なゆみの眉が、歪んだ。
「なんだ、お前達。二ヶ月もアヅサユミと戦っていて、身の異変に気づかなかったのか」
五者五様に、事情が分からなそうなしぐさをした。
「呆け茄子だな、お前達には『祓』が宿っているのだ。最高位の呪いだ。何十億に五人、怖気づく確率に引っかかったものだ!」
突然、情熱的に説明するなゆみに、日本文学課外研究部隊はますます気後れした。
「祓は、憎くもアヅサユミが元来有していた力だ。姉さんを殺した反動か、力は五つに裂けて、お前達の心に植えつけられたのだ。シラクモノミコトが、山の神が夢を介してお前達に伝えていたところを聞いていた。『お前達に種が蒔かれている』と。種が祓だ。祓は、アヅサユミに対抗できる唯一の力なのだ!」
「あの、種……えっと、祓ですか、それが先生の『引く』力を抑えられるって白猪……山の神が教えてくれました。でも、祓なんて、使ったことないんですけど。空気砲と、花火、リボンとコスプ、じゃないやコスフィオレ、おはじきでなんとかしてきましたよ」
なゆみは、清潔なままのティースプーンを、ふみかの眼前に突きつけた。
「阿呆。花火やおはじきなどで、妙ちきりんなものを倒せるわけあるか」
テーブルに左ひじをついて、しかめっ面をしながら話を続ける。
「お前達が、弾いて、撃って、打ち上げて、絞めて、換装していた際に、祓は行使されていたのだ。ふみかは『読』を、唯音は『技』を、華火は『速』を、夕陽は『知』を、萌子は『愛』を。祓に含まれる各要素が心に宿っている。強大とも凶悪ともいえる神の力を、無意識に行使しているとは。ヒロインに変身する行いがスイッチとはいえ、散々だ」
謝るにも、反論するにも、状況に当てはまる返事が見当たらなくて、五人はただ黙って聞くのみであった。
「アヅサユミを殺すには、お前達が『スーパーヒロイン』に覚醒してもらうほかない。祓を自らの意思で行使できる者に」
なゆみは席を立ち、日本文学課外研究部隊に頭を下げた。
「協力してほしい。僕は、他人にものを頼むことが不得手だ。これまでの実験で、お前達に危害を加えたのは事実。だが、姉さんの心を復活させるため、せざるを得なかったのだ。お前達は、姉さんを慕ってくれている。信用した上で、申しているのだ」
日本文学課外研究部隊は、互いの目を合わせ、うなずいた。
「なゆみさん、どうか座ってください。私たちも、先生を助けたいから」
「許す……です」
「アヅサユミをやっつけんの、あたしらしかいねえんだろっ? 有言実行っ、やってやろうじゃねえか!」
「『スーパーヒロイン』になって、祓を上手に使うてみせます」
「神サマを攻略スルなンテ、畏レ多いデスけド、萌子、センセが大好きデス。祓をマスターしマス☆」
なゆみは、動揺を隠せなかった。積極的に引き受けてくれる確率は、一割にも満たないと想定していたからだ。
「お前達、いいのか」
「いいよ」「はい……」「おうよっ!」「ええですよぉ」「イエス☆」
根拠はないけれども、この五人に、祓が植えられたわけが分かった。なゆみは、確信的に微笑んだ。
「良かろう。今から、お前達には『スーパーヒロイン』への覚醒を促すため、『呪いの具』を取得してもらう。速やかに祓を使いこなせる新しい武器だ。それなりのワークがあるが、付き添いがいる。表に待たせているのだが、お前達、直ちに変身できるか?」
五人は、麗しく、勇ましく応じた。
『ラジャー!』