第十三番歌:擬せた者語(肆)
肆
うずめレッドは、自転車の進入防止柵に座っていた。
「アヅサユミ、まだかなあ」
「……そう、神は、人間を、見捨てた」
「ひゅひゅうっ! 青のお姉さま、金言名句ですのっ!」
こおりグリーンが、ねおんブルーに絆創膏を貼って、すり寄った。
「アヅサユミを狩って、博士にヒトばぶる吹カセるゼー★」
「慢心せェへんことやな……あんたは特に図に乗る」
有頂天になっているとよこピンクに、せいかイエローがどついた。
「もうちょっと痛い目に遭わせたら、来るのかな?」
宙返りして柵を降り、臥せっている「スーパーヒロインズ!」にかがみ込んだ。
「ごめんよ、ふみか」
うずめレッドは、ふみかの短い髪を容赦なくひっつかんだ。
「う、うう……」
「あざを作るだけだよ、耐えてよね」
「お待ちなさい」
領巾をかけた真っ白い弓道着の神が、太陽を後光にして―は、ふみかの錯覚だった。白妙のスーツとヒール靴、弓のペンダントの婦人が仁王立ちしていた。
「私のいみじく愛しき隊員を、虐げたわね」
「アヅサユミ! 逃げなかったんだ」
うずめレッドが歩いて近づこうとすると、アヅサユミではなく、その子孫・安達太良まゆみが指示棒で制した。
「許すまじ」
「へえ、腹が立っているの。私たちは遊んでいたんだよ? あなたを待っている時間をつぶしに……ね!」
ビー玉を手にして、まゆみに組みつきにゆくうずめレッド。
「天に降れ! うずめバー……」
「はしたないわね。現代の乙女は、むやみに肌をさらさないものよ」
衣装をはだけたヒロインに、雷が落ちた。ヒロインはいいいい、ぎぎぎぎ、と奇声をあげて、倒れる。
雷詠・巻第七・第一三六九番歌、
天雲に 近く光りて なる神の 見れば恐し 見ねば悲しも
学び舎を荒らす他校の学生に、詠んで聞かせてやる情けは無い。まゆみは、『萬葉集』雷の歌を音に表さず、奇跡を起こしたのであった。
「りーだーノ仇★」
「……そう、あなた、最高に、危険!」
「絶対零度っ、削り氷にして差しあげますのっ!」
「次鋒、中堅、先鋒! よすんやァ、あんた達が束になってもォ!」
せいかイエローの忠告むなしく、とよこピンク・ねおんブルー・こおりグリーンは白き稲妻の餌食となった。
「後は、あなただけね」
指示棒で拍子を打ち、踵を高く鳴り響かせてまゆみが進む。
「たちまちに楽にしてあげるわ。あなた達、働き詰めだったでしょ? 博士には逆らえないものね」
「あたいの心を読んだんかァ……」
せいかイエローのつり目が、より険しくなった。
「呪い、『引く』力じゃないわ。勘よ、勘。いみじく当たると評判なの」
笑っていたが、まゆみの眼は、いつでも射落とせる余裕があった。
「今日はこのぐらいにしましょ。陣堂女子大学の『グレートヒロインズ!』、お引き取りを」
「あんた、えげつないわ」
のびた仲間を器用に(女性ひとりで運べる重さではないのだが、彼女達は人並み外れているのだ……)かついで、せいかイエローは早々に辞した。
「まゆみ先生……」
「大和さん、じっとなさい。つらかったわね」
その場で正座して、まゆみは五人に講ずるように和歌を声に出した。
「良き人の 良しとよく見て 良しと言ひし 吉野よく見よ 良き人よく見」
まゆみが折にふれて口ずさむ「良し! の歌」だ。天武帝が吉野宮に御幸された際に詠まれた歌であるが、ふみか達にとっては「良し!」と励まされ、元気がわく一首だった。
「吉詠、良いことをもたらす『呪い』よ。あなた達の傷は癒えたわ。仁科さん、原理を問うてはダメ。信じるの。治るものも治らなくなっちゃう」
唯音は微かに首を動かした。心なしか、寂しそうだった。
「今日は、帰りなさい。講義がある人は、来週挽回すれば大丈夫よ」
「……四日ぶりに会えて、そりゃねえだろ」
「日本文学国語学科の先生方の間で、事情があるんですかぁ」
「夏祭さん、本居さん……申し訳ないわ」
まゆみは詫びると、萌子の髪をかきやった。
「今は、ひとりにさせて」
日が出ているというのに、辺りは寒々としていた。