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04 深夜の悪事



 しばらく走って、私はすぐに裸足できたことを後悔した。石の床は冷たく、指先がかじかんでうまく走れなくなる。

 それでも頑張って声のした方へ向かうと、たどり着いたのは私が立ち入ってはいけないと言われている区域だった。

 かつて聖女が倒した魔王の体が安置されているという、地下に続く階段だ。

 私はその場で立ち止まり、逡巡した。

 この階段を下りたことがばれたら、おそらくお仕置きは免れない。たとえこの下に助けを求める人がいたとしても、それは変わらないだろう。

 けれど、だからといって苦しんでいる人がいるのにそれを見殺しにすることは、私にはできなかった。

 そして階段の底から新たに聞こえてきた子供の泣き声が、私の背中を押した。

 子供がいるならなおさら、見過ごすことなんてできない。

 そして私は裸足のまま、地下へ続く階段を一歩一歩下り始めた。

 神殿の通路と違い、地下へ続く階段は古くごつごつとした石でできている。掃除も頻繁ではないのかざらざらと劣化した石の感触がした。足の裏に痛みが走る。

 一瞬靴を取りに戻ろうかと迷ったが、すぐにその考えを振り切った。

 子供の泣き声は続いている。もしかしたら一刻を争う事態かもしれないのだ。

 私は足の痛みを無視して、階段を駆け下りた。途中足の裏が切れて血が出たか、もう立ち止まったりはしなかった。

 それくらい下りたのだろう。かなり深い階段だ。

 息が切れてきた頃、ようやく階段の終わりが見えた。

 魔王の体が安置されているなんてどんなに恐ろしいところだろうと思っていたけれど、そこにあるのは土が踏み固められた床と、円形の広い部屋だけだった。壁には松明が焚かれ、ぼんやりとした明かりが灯っている。

 禍々しい気配を感じて、私は急いで身を隠した。

 よく見ると、部屋の真ん中に漆黒の門のようなものが立っている。魔物の彫刻が施された、禍々しい門だ。どこにもつながらないはずの扉。なのに、開いた扉の向こうには黒々とした闇が見えた。まるでその扉の向こうは、全く別の空間に繋がっているかのようだ。

 本能で、あれはよくないものだと悟る。こんな危機感を抱いたことは、今まで一度もなかった。

 あれが魔王の遺体となにか関係があるのだろうか。不思議に思っていると、再び子供の泣き声が聞こえた。


「やだー!」


「うるさい! おとなしくこっちにこいっ」


 声のした方を見ると、ボロボロの服を着た子供の手を、法衣を着た男が乱暴に引っ張っていた。

 そして男はついに、その子供を門の中へと押し込んでしまった。子供の姿はねっとりとした闇の中に消えて、その泣き声もすぐに聞こえなくなってしまった。

 それからどんなに待っても、子供がこちら側に戻ってくることはなかった。

 暗くて見づらいのだが、部屋の中には粗末な服装をした人たちが何人もいるようだった。恰好から見て、聖職者とは思えない。皆後ろ手に縛られ、俯いている。

 そして何より驚きだったのが、その人々を監督しているのが普段生活を共にしている神官たちだったことだ。

 彼らは泣き叫ぶ人々に対して有無を言わさず、乱暴な手つきでどんどん門の中に人を押し込んでいった。

 その門の先に何があるかは分からないが、その行為が人々のためにならないことは明らかだ。


「早く静かにさせろ」


 そして奥の暗がりから、更に別の人物が姿を見せた。

 私は思わず息を呑む。

 その人物は、枢機卿であることを表す赤い法衣を身に纏っていた。ミミル聖教の中でも、十人しかいない枢機卿の内の一人。

 確か彼は、聖皇となったグインデルの代わりに枢機卿になったばかりの男だ。

 そして枢機卿は基本的に、前任者の推薦によって後任の人物が決まる。つまり彼は、グインデルが推薦した人物ということになる。

 グインデルと親しい男だからと言って、彼が正しいことをするとは限らない。そして目の前の光景は、どう贔屓目に見ても人々のためになるようなこととは思えなかった。

きっとグインデルは、この男に騙されたのだ。

 私の中に、俄かに怒りが湧きおこった。

 グインデルはあれほど人々のことを考えているというのに、その後任たる枢機卿がどうして人を苦しめるようなことをするのか。

 そして、今すぐにこの事態をグインデルに報せようと決意した。

 私が今飛び出していったところで、男たちにかなうはずがない。更には、生半可な相手では枢機卿がいるこの場では丸め込まれてしまう可能性もある。

 なので聖皇に即位したグインデルに来てもらって、彼らを取り押さえるのが一番だと考えた。

 グインデルが現在のミミル聖教会の最高権力者だ。誰もその決定に逆らうことはできない。

 私は音をたてないように気を付けつつ、急いで今下りてきた道を登り始めた。背後から次に扉に入れられようという人の悲鳴が聞こえてくる。

 どうしようもなく悲しい気持ちになりながら、私は必死にグインデルの私室へと向かった。



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