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35 驚きの報せ



 クルトがアルゴル領に入ったのは、パーピーの伝令があってから更に八日後のことだ。

 パーピーの里に前線基地を築いた銀狼軍は、押し寄せるグールを屠り前線をアルゴル領内にまで押し上げることに成功していた。

 兵士たちの士気は上がっていたが、クルトは訝しく思っていた。

 ボルボロスが復活しているにしては攻め手が単調であり、あまりにも手ごたえがないと感じたのだ。この程度であれば、軍の存在がなくてもあれほど一方的にクルトが追い詰められることはなかっただろう。

 サクラにしても、命を賭してまでボルボロスを封じる必要はなかったはずだ。

 だがハーピーからの情報によれば、ボルボロスは確かに復活しているという。

 一体どう言うことだと、クルトは思考を巡らせた。

 ハーピーはクルトたちのように長寿な種族ではないが、その分ボルボロスについてのことを事細かに言い伝えていた。

 そしてその彼女たちによれば、グールの動きは組織立っており、基本群れることが少ないグールにはありえない動きだったという。

 そのことからも、クルトはボルボロスが復活していると確信していた。

 それにしても――と思う。

 この二百年なんの音沙汰もなかったというのに、ボルボロスが復活したのとサラが聖女として現れたのが同時期というのは、まるで示し合わせたかのようだ。

 クルトは嫌な予感を覚えた。

 サラを逃がし、信頼できる二人に彼女を預けたというのに、不吉な予感はいくら追い払っても去ることがない。

 それを振り払うように、クルトは目の前のグールを倒すことに集中した。

 巨大な狼となり、陰鬱な森を駆ける。

 この姿で疾走するといつもとても気持ちがいいのだが、今はそんなことちっとも思わないのだった。

 早く事を済ませ、王都に帰りたい。

 サラの無事な顔を見て安心したい。

 クルトが考えるのは、そんなことばかりだ。

 それはクルトがサラのことをサクラと重ねているせいなのか、それとも彼女自身に会いたいからなのか、それは分からない。

 ただ、まだ数えるほどしか会っていないサラのことが、ひどく気になるのだ。

 一度、同情かとカレンに問われたことがある。

 サラがカレンの店で働きだしてからのちのことだ。

 最初に連れて行った時、カレンはサラの髪色を見て大いに驚いていた。彼女もまた、サクラを知っている。

 そしてそれからひと月後には、同情ならあまり関わり合いになるべきではないと釘を刺された。

 もしサラのことをサクラと重ねているだけなら、サラが可哀相だからと。

 クルトとしては、カレンの言い分は承服しかねた。自分が助けた相手を気に掛けるのがどうしていけないのか、分からなかったからだ。

 だが一方で、サラにはサクラのことを知られてはいけないとも思った。

 決して幸福とは言えない最期を迎えた聖女のことを、話すのは気が引けた。クルトにとっても、サクラのことは未だ容易くは口にすることのできない傷だ。

 人間の国ではどう言い伝えられているか分からないだけに、猶更慎重になっていたことは否定できない。

 結局何をどうするのが正しかったのか、今でも分からないままだ。


「陛下。ボルボロスが潜伏していると思われる洞窟が見つかりました」


 軍団長の一人が報告にやってきた。どうやら斥候が戻ったらしい。

 洞窟というのは、かつて聖女が己の命と引き換えにしてボルボロスを封じた場所だ。

 当時の記憶をたどり捜索させていたが、地形が変わっていて難航した。それがようやく見つかったらしい。


「分かった。先発隊には先走らないようにと伝えろ。慎重に事を進める」


「は」


 獅子の亜人である軍団長は静かに返事をした。

 敵の居所が分かったとなれば、いよいよ総力戦だ。

 もう何も失いはしない。クルトは己にそう誓った。謝肉祭の日に見たサラの顔が蘇る。帰ってその顔がもう一度見たいと、なんだか無性にそう思った。



  ***



 洞窟は不気味な気配が立ち込めていた。

 この辺りは火山活動が活発で、いくつかある洞窟の中には毒ガスが発生しているものもある。

 それだけに、クルトは慎重だった。

 先発隊はハーピーなど空気の変化に敏感な種族を配置し、不測の事態に対応できるよう備える。

 洞窟なので、流石に狼の姿で入ることはできない。それは二百年前と同じだ。

 当時ボルボロスは、狼の姿になったクルトの巨体から逃れるため、入り口の狭い洞窟に逃げ込んだ。

 今でもはっきりと覚えている。当時はカレン、ゴンザレスも含めた四人でボルボロスを追い詰めていた。そして結局、それがパーティでの最後の仕事になった。

 この場所は自分の原点なのかもしれない。

 改めてここに立って、クルトはそう思った。

 王という立場を嫌がり冒険者として暮らしていたが、国という形でなければ救えないものがあると知った。

 人間と違い、魔族や亜人は強靭な肉体を持つ。それだけに個人主義になる場合が多く、それまでの銀狼軍は組織立って戦うということを知らない集団だった。

 クルトは自らが王となり、まずは軍組織を改革した。

 今後ボルボロスのような敵が現れても、打ち倒すことができるようにという願いを込めて。

 二百年の時をかけ、銀狼軍は精強な軍として名を馳せている。同時に多数の魔族が集う場となり、相互理解も進んだ。

 今ならば勝てるはずだ。

 クルトは思った。だが、どうしても胸騒ぎが晴れない。


「陛下。これより突入を開始します」


 側近の言葉に、クルトは頷いた。胸騒ぎを理由に、ボルボロス討伐を中止することはできないからだ。


「突入を開始する。独断専行がないよう指示の徹底を。それではこれより、掃討戦を開始する。目標はボルボロス。銀狼軍の武勇を我が前に示して見せろ!」


 クルトの指示に、軍団長は敬礼した。


「は! 必ずや怨敵の首を献上してご覧に入れます」


 伝令が走り、洞窟への突入が開始される。クルトは軍幕の外で、その様子を見守った。

 異変はすぐに起こった。

 先陣が洞窟に入ってすぐ、入り口付近で落盤事故が起きたのだ。

 これでは先発隊が孤立してしまう。そう考えたクルトは、すぐさま狼の姿に変身した。そして穴を掘るように洞窟の入り口をかき分ける。

 土砂をかき分け、怪我人を運び出すように命じる。

 クルトは歯噛みをした。落盤事故は明らかにボルボロスの手によるものだろう。

 だが、そんなことをしては自分たちもまた閉じ込められるだけではないのか。ボルボロスの考えが、クルトには分からなかった。

 クルトはその巨体で大岩を取り除き、細かい部分は部下たちに任せる。狼の前足は、微細な作業には向かないからだ。

 しばらくして、被害の全容が明らかになった。

 不幸中の幸いというか、この落盤事故による死者はなかった。

 だが洞窟内に取り残された先発隊はグールの猛攻に遭ったらしく、怪我人が多く出た。緊急の病床を用意さえ、怪我人を収容させる。

 完全にボルボロスにしてやられた形だ。クルトは悔しさに歯噛みをした。

 人型となって軍幕に戻り軍団長らと対策を協議していると、そこに伝令が飛び込んできた。伝令はまず軍団長に報告内容を耳打ちしている。

 だが、伝令もそして軍団長もなにやら困惑した様子だ。


「おい、どうした」


 思わずクルトが声をかけると、伝令は恐縮したように敬礼した。


「陛下、グラン公爵の孫であるセシル様がお見えだそうです」


 軍団長の口からもたらされた思いもよらぬ報告に、クルトは目を見開いた。

 セシルといえば、仮面欲しさにサラを驚かせた世間知らずの子どもだ。それがどうしてこんなところにと、視線で軍団長に問い返す。

 獅子の獣人は、自らも戸惑うように目を伏せていた。


「それが――聖女だという若い女性を連れているらしく、けが人が出たのなら治療に参加しているそうで……」


 軍団長が言い終える前に、クルトは軍幕を飛び出していた。



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