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34 サラの決断



 誰かに呼ばれた気がして、振り返った。

 しかしそこは暗い森の中で、人の姿は見えない。あたりはしんと静まり返り、風に揺れる葉擦れのの音が聞こえる程度だ。

 にわかに恐ろしくなり、私は先を急ぐことにした。

 腕には拾ったばかりの乾いた枝をいっぱいに抱えている。


「サラねぇちゃん」


 声を掛けられて驚き、声の主に気づいて私は肩をすくめた。

 声の持ち主が、自分の知っている相手だと気づいたからだ。


「セシルくん」


 そこに立っていたのは、グランの孫であるセシルだった。現在訳あって、私たちの旅に同行している。

 三日前、ゴンザレスに急かされるようにして私たちは王都を離れた。

 旅などろくにしたことがない身には、毎日が驚きの連続だ。

 流石にカレンとゴンザレスは元冒険者だけあって旅慣れているが、意外なことにセシルもわがままを言うことなく護衛の指示に従っていた。

 私たちが集めた薪で、カレンが料理を作ってくれる。

 カレンが水を出すことができるので、飲み水にも困らない。井戸の水の方がおいしく料理ができるのにと、カレンは不満そうにしているけれど。

 私たちの旅は、十分な戦力の護衛に歴戦の冒険者。それにグランが用立ててくれた馬車と、環境的にはかなり恵まれていた。

といっても、馬車は盗賊などに狙われないよう敢えて荷運び用の幌馬車だ。

 馬車を引いているのは二頭の水棲馬(ケルピー)で、彼らはカレンの言うことをとてもよく聞いてくれる。

 食事を終えて、睡眠をとることになった。基本的に夜は私とカレン、それにセシルが馬車で眠り、ゴンザレスと護衛の人たちが外で交代で見張りをしつつ眠る。

 一応街道を通ってはいるが、銀狼国は人の国より街道の整備が遅れているのだそうだ。

 死ぬまでずっと神殿で聖女として生きていくと思っていたのに、今はこんなところで旅をしているなんて、本当に信じられない気持ちだ。

 荷台に入って横になると、昼間の疲れか、セシルはあっという間に眠ってしまった。

 逆に私は疲れから目がさえてしまって、ぼんやりと馬車の天井を見上げていた。


「眠れないの?」


 横で眠っているカレンに声を掛けられ、私は彼女を見た。

 彼女の目には、私を気遣うような色が宿っている。この旅に出てから、彼女はよくこんな顔をしていた。


「ねえ、本当にこのまま旅を続けていいの?」


 心配そうな声。もう何度も、カレンは私にこの質問をしてくる。

 そのたびに私は、このままでいいのだと答える。


「このまま……アルゴル領へ向かいます。皆さんを危険な目に遭わせてしまい申し訳ありません。でもどうしても、やらなくちゃいけないことがあるから」


 そう。私たちはアルゴル領へと向かっていた。

 グランの手紙に書かれていた、その提案の通りに。


「ばか。そんなこと言ってんじゃないよ」


 この決断をしてから、カレンはずっと機嫌が悪い。

 そして事あるごとに、アルゴル領から離れるべきだと言う。

 彼女は私の身を案じてくれているのだ。

 とてもありがたいことだし、口では不満を言いながら一緒に旅をしてくれる彼女の優しさに、私はすっかり甘えてしまっている。

 彼女がいなければ、こんな順調な旅路にはならなかったはずだ。


「だって……サラはそんなことする必要ないんだよ? 銀狼軍は強い。グールが相手だって負けやしないさ。だから……間違っても自分が犠牲になろうだなんて考えないでほしい」


 真剣な顔で、カレンが言う。

 セシルを起こさないようにとても小さな声で、けれど彼女が本気でそう思っていることは痛いほど伝わってきた。

 彼女も私と、かつて仲間だったサクラを重ねているのだろうか。

 けれど今は、そんなことどうでもいいことだ。


「そんな立派なものではありません。ただ、私にできることがあるのならするべきだと思ったんです。住んだ期間は短いけれど――私はツーリの街が好きです。自分にできることがあるのに、じっとしてるなんてできない」


 あの街は、私の心を救ってくれた街だ。

 そして、大切な人たちが暮らしている。

 確かに、クルトたちは私に過去の聖女を重ねているだけなのだと驚き、失望したこともあった。今もどこかで、その考えを捨てることはできない。

 だが、彼らが私に優しくしてくれたのは全て本当なのだ。

 与えられた優しさに理由をつけて、相手が誠実じゃないと責めるのは愚かなことだ。

 そして私は、そんな愚かな人間にはなりたくなかった。

 私だって、最初は自分が聖女であることを隠そうとした。それなのにクルトたちを憎めるのかと言うと、そんなことはなかった。

 理由なんてどうでもいいのだ。

 確かに寂しいし悲しい気持ちもある。

 でもだからと言って、クルトの優しさに甘えて自分だけ逃げだすなんて、できなかった。危険な故郷に戻ると言っていたフレデリカのことを考えたら、猶更。


「そんな顔しないでください。死ぬと決まったわけじゃないんですから。もしかしたら、私たちがついた頃には、全部終わっているかもしれません」


 冗談めかして言うと、暗闇の中でくカレンが苦笑したのが分かった。それでも彼女はま私に同じ質問をするだろう。

 よく見えないけれど、カレンが納得していないことはなんとなく感じ取れた。

 私は話を終わらせようと、私は彼女に背を向けた。


「もう寝ましょう。明日も早いそうですから。おやすみなさいカレンさん」


 そう言うと、背中からぶっきらぼうなおやすみが返ってきた。

 私は思わず笑ってしまう。カレンが真剣に心配してくれていると分かっているのに、笑うのは不謹慎だろうか。

 でもこの旅で、しっかり者だと思っていたカレンが意外に子供っぽいことが分かり、本当にただの旅行のように私は楽しんでいた。

 これが戦地へ向かう旅ではなく、本当にただの旅行ならよかったのに。

 そんなことを思いながら、私は今度こそ眠りについたのだった。

 


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