32 クルトの想い
ハーピーの暮らす里がグールに襲われたという報が届いたのは、謝肉祭を終えた翌日昼のことだった。傷ついたハーピーの伝令が、銀の城に転がり込んできたのだ。
銀狼王すぐさまハーピーへの支援を決定し、対グールの対策本部を組織した。
ハーピーの里は、アルゴル領にほど近い場所にある。二百年前も、グールの被害を最も被ったのはかの地であった。
ハーピーは他の魔族に比べて体の耐性や強さこそ劣るものの、空を駆けるそのスピードは他の追随を許さない。
グールによって一時期は絶滅の危機にあったパーピーは、支援を受ける代わりに、アルゴル領の近くに留まり再びグールの反乱が起きた際にはいち早く王都に知らせるという約束を交わした。
パーピー族は二百年越しの約束を守ったのだ。
クルトはまず、足の速い竜騎兵による先発隊を向かわせ、パーピーの支援と防衛拠点の建設を命じた。
知能を持ったグールの脅威がどれほどのものであるか、クルトは痛いほどよくわかっていた。なので自らが先行して敵を叩くことはせず、どっしりと腰を据えて総力戦で敵を叩くという選択をしたのだ。
更に冒険者ギルドに人を走らせ、緊急依頼という形で有力な冒険者の協力も取り付けた。上位の冒険者は国軍の将すらも凌ぐ力量を持つ。
各地の冒険者ギルドにも同様の依頼をするための伝令が走り、着々とグールとの全面対決に向かって準備が進められていた。
並行して、ゴンザレスにはカレンとサラを連れて王都から出るようにと指示してあった。
ボルボロスが蘇ったとして、真っ先に狙うのは聖女だ。
二百年前。聖女のサクラは己の命と引き換えにボルボロスを封印した。
つまりボルボロスにとって、聖女はもっとも警戒すべき相手なのだ。
だがサクラはもういない。狙われるとすれば、それは現在の聖女であるサラということになる。
クルトは珍しい黒髪の少女を思い浮かべる。
不思議な娘だと思った。巨大な狼を目にしても、怯えもせず驚きもしなかった。まるで人形のように表情が抜け落ちていた。そんな彼女が哀れだった。
本当なら、もっと早くに迎えに行きたかった。
人間に利用されて聖女として使いつぶされたくなかった。
クルトは過去の出来事に思いを馳せる。サクラもそうだったのだ。聖女としてミミル聖教会に召喚された彼女は、人を癒し魔族を退ける道具として利用され、過酷な日々を送っていた。
それを助け出したのがクルトだ。
銀狼国まで遠征にやってきた彼女をさらい、仲間にした。
人間の悪意に嫌というほど晒された彼女は、笑うことすらできなくなっていた。
カレン、ゴンザレス。そしてクルトと旅をして、彼女が笑えるようになったのは随分後のことだ。
クルトにとって、聖女とは哀れな存在だった。
人間の中の異端であることによって、祀り上げられ利用される何も知らない少女。
だから本当なら、もっと早くサラのことも助け出したかった。だがそれができなかったのは、あの神殿という場所のせいだ。
今よりも人間と魔族が近い距離で暮らしていた時代。人間は魔族に対する対処法を心得ていた。人も魔法を使っていた。
その魔法が、サラが暮らしていた神殿に施されていた。魔物には感知できないよう、サラの存在は巧妙に隠されていたのだ。
だからこそ、アルゴル領に突然聖女の気配を感じた時、クルトは驚愕した。
聖女が新たに生まれているなど知らなかったからだ。しかもそれをグール蠢くアルゴル領に送り込むなど、人とはどれだけ醜悪な生き物かと強い怒りを感じたものだ。
すぐさま助け出したが、それで彼女の心まで救えたかは分からない。
忙しさにかまけて、結局傍にいてやることもできなかった。カレン達のおかげで笑顔を見せるようになったけれど、その笑顔を見た回数も数えるほどだ。
無事にまた会えるかどうか、それは分からない。
ボルボロスは油断できない相手だ。グランの言う通り、聖女を欠いた状態で容易く立ち向かえる相手ではない。
そのことは、かつて直接戦ったクルトが一番よく分かっていた。
だが、だからといってサラを矢面に立たせることなどできるはずがない。
この二百年の間、サクラを救う方法があったのではないかと繰り返し考えてきた。彼女を犠牲にしたことは、王であるクルトにとって汚点だった。雪ぐことのできない過去の後悔。そして傷である。
「今度こそ、護ってみせる」
クルトは決意を新たに呟いた。その手にはサラと交換した羽根飾りが握られている。
そして着々と、決戦の日は近づいていた。
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