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27 答え合わせ


「君は変わらないな」


 どういうことだろうと、私は不思議に思った。

 そういえばツーリで目覚めた直後にも、クルトは不思議なことを言っていた。

 記憶を失う前から、おそらく私はクルトのことを忘れていただろうと。別れたのはずっと昔のことだから、と。

 実際に記憶はなくしていないわけだが、それでもクルトのことを思い出すことはできなかった。

 そして彼がどうしてそんなことを言ったのかも、未だに分からないままだ。


「そうでしょうか?」


「そうだ」


 クルトは嬉しそうに断言した。

 私がその言葉の意味を問おうとすると、彼はそれよりも早く繋いでいなかった方の私の手を取った。空中で、両手を繋いで向かい合う形になる。


「ここならば、思う存分踊れるぞ。そのために来たのだろう?」


 眼下では集まった人たちが踊っている。

 楽団がいるのは確認できるけれど、風の音に消されて音楽までは聞き取れない。


「でも、私は踊れなくて」


 結局今日まで、練習もできなかった。

 カレン達には練習するようなものではないと言われたが、突然踊れと言われても困ってしまう。


「大丈夫だ。俺が手伝うから」


 その言葉の通り、彼が手を取るとゆっくりと揺れ始めた。

 もともと宙に浮いているので、自分の意思であちこち動いたりはできない。私はこわごわと、クルトの動きに従っていた。

 思えば、こんなに間近で、しかも長時間クルトと一緒にいるのは、初めてカレンの家に連れてこられた時以来のような気がする。

 あの時は完全に疲弊しきっていて寝たり起きたりを繰り返していたし、元気になってからは初めてだ。

 クルトと向かい合っていると、仮面をしていても目が合って、嬉しいような泣きたいような、不思議な気持ちになる。

 そう言えば、二人で出かけるのもこれが初めてだ。

 初めてのダンス。初めてのお出掛け。初めてのお祭り。

 何もかもが初めてのことだらけで、体どころかこころまで浮足立って、これが現実なのか夢なのか、分からなくなる。


「クルトさん。私は……」


 音楽に合わせてゆっくりと揺れながら、私は口を開いた。

 クルトはたった今、あの狼は自分だったと教えてくれた。それなのに、私が隠し事をしているのは不公平な気がしたのだ。


「私は、聖女なのです。ミミル聖教会で、人々を癒す聖女をしていました」


 今までずっと、記憶はないと嘘をついてきた。

 それは、自分が聖女だと知られたらどんな扱いを受けるか分からなかったからだ。

 初代聖女は、その強大な力で魔族を退けたと伝わっている。だがクルトもその魔族なのだ。

 聖女そのものが、彼らに敵として認識されていたとしても何もおかしくない。人間側だって、そうして二百年も魔族は敵だと言い伝えてきたほどなのだから。

 聖女が魔族たちをも助けていたと知ったのは後になってからだ。

 そしてその時にはもう、私の嘘は引き返せないところまで来ていた。

 この告白をすると決めた時、私は罵倒を受けるのも覚悟していた。

 それでも怖くて、思わず目をつぶってしまったけれど。

 まさかこの高さから落とされることはないと思うけれど、罵られたり追い出されたりしてもそれは仕方ないと思った。

 命を助けてもらったというのに、嘘をついて騙していたのだ。

 クルトのことも、カレンのことも。

 あんなにいい人たちだというのに。

 だがクルトの反応は、私の想像とは全く違っていた。


「ああ。そうだな」


 この返答に、私はぽかんとしてしまった。


「知っていたのですか?」


「知っているも何も――いや、お前は俺の怪我を癒したじゃないか。腹に空いた大傷を」


 何のことだろうと一瞬考えて、それが狼を癒したときのことだと気が付いた。


「そういえば、あの傷は大丈夫なのですか? うまく癒せなくて、あんなことは初めてで……」


 聖女をしている時は、一日に何人も治療するのが当たり前だった。その中には、事故で大けがをした人だってもちろん含まれていた。

 ただ、人間が対象であるときは何人治療しても、それほど負担には思わなかった。

 力を振り絞るように癒しても、ちっとも傷が塞がらず意識まで失ったのはあの時が初めてだ。


「そうだろうな。俺は魔族の中でも特に魔力の総量が多い。聖女の癒しというのは、要は己の魔力によって相手の失われた魔力を補う治癒術だろう。俺の欠けた魔力を補填しようとしたのだから、気を失ったのは当然だ。むしろ全然目を覚まさないから、俺の方が焦った」


 クルトの説明に、私は茫然とした。

 人間にとって、聖女の癒しは奇跡だった。基本的に聖女しか使えないし、どういう原理なのかも解明されていない。

 いや、そもそも原理なんて考えすらしない。

 人の理解の外にある現象だからこそ、奇跡と呼ばれているのだから。


「では、魔族の中には他にも癒しが行える方がいるのですか?」


 私の問いに、クルトは小さく頷いた。

 これは私にとって、とても驚くべきことだった。

 しかし、クルトの説明には疑問点も多い。


「ですが、人間には魔力などありません。どうして私は人を癒すことができるのでしょう」


「人間にも、ごく微量だが魔力は存在する。その魔力を用いて生命活動を行っているんだ。怪我や病によってそれが衰えれば、当然命の危機となる。それを補ってやれば、相手を癒すこともできるだろう」


「魔力があるのなら、人間も魔族なのではないですか?」


 そう問えば、クルトは少しの沈黙の後、苦笑した。


「そう言えないこともないな。あいつらは認めないだろうが」


 私は少しだけそうなったところを想像してみた。

 だが、確かに人間は自分を魔族とは認めないだろう。

 私だって、話している相手がクルトでなければ、なかなか信じることはできなかったかもしれない。


「自分たちも魔力によって生きているのに、人は魔族を認められないのですね」


「仕方のないことだ。誰でも自分の理解できないものは恐ろしい。俺たちは魔力をこの目で見ることができるが、人間はそうではないのだ。魔族と魔物の区別もつかないのだから、怯えるのは当然のことだ」


 魔物というのは、魔法を使うことのできる動物を言うのだそうだ。

 言葉が通じないので、魔族の間でも時折魔物の暴走が問題になったり、時折大規模な討伐が行われているとフレデリカに聞いた。

 それにしても、クルトの言動はどちらかというと人間に同情的に聞こえる。


「クルトさんは、人間を恨んでいないんですか? 初代聖女は、その力で魔族を打ち払ったというのが人間の国に伝わる伝説です。勿論魔族も救ったかもしれませんが、彼女がした事実は消えない」


 私の問いに、クルトは答えなかった。

 正しくは、答えられなかったのかもしれない。

 仮面の奥で、金色の瞳が揺れた。彼が言葉に詰まったのが分かった。

 私の手を握る力が強くなる。その理由が、私には分からなかった。


「恨んだりするはずがない!」


 彼は私の手を引っ張ると、その両手で私の体を抱きしめた。

 突然の行動に驚いて、私は硬直してしまった。白銀色の美しい髪が、私の頬をちくちくと刺す。

 クルトの態度の意味を、その時の私は全く知らずにいたのだ。



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