20 追跡者
「屋台が見えてきたよ!」
フレデリカの弾んだ声で、我に返る。
せっかくの買い物なのに、別のことを考えていてはフレデリカにも失礼だ。
私はあの祠についての考えを一旦頭の奥底に押し込んだ。
先日見た時と同じように、屋台にはたくさんの仮面が並べられていた。そのすべてに羽根飾りがついているのだが、他は色も形も多種多様だ。
そういえば、祠で見た絵でも聖女と銀狼王が羽飾りを付けていた。仮面の羽飾りは何かそれに関係あるのだろうか。
フレデリカはとても大きな仮面を見つけ出し、それを自分の顔に当てて見せてきた。
きっと大きな種族のための仮面なのだろう。
その顔を見て、私は思わず笑い声をあげた。仮面が大きすぎて、フレデリカの顔のほとんどが目の部分の穴から見えてしまっている。
他にも、牙を持つ種族のために穴が開いている仮面や、目の部分だけを覆う仮面。精緻な絵が描きこまれた仮面などがあり、素材も値段も様々だった。
それらの仮面が、目の前で飛ぶように売れていく。
買い物をしている人たちは皆笑顔で、誰もが謝肉祭を楽しみにしているのが見て取れた。
お祭りを楽しめるということは、この国が平和である証拠だ。
いつも忙しそうにしているクルトに、この目の前の光景を見せてあげたいと思った。
「目の色と違う色の羽根飾りにした方が、より一層あなたの魅力が引き立ちますよ。なんなら意中のお相手の目の色にするのはいかがですか?」
店の売り子が女性客に仮面を勧めている。恋人の話になり、客達は華やいだ声をあげていた。
ふと、さっき見た絵の銀狼王と聖女は恋人同士だったのだろうかという考えが浮かんだ。
恋愛のことはよく分からないけれど、あの絵からはなんだか特別な繋がりのようなものが伝わってきた。
銀の髪を持つ、クルトと似た顔の人。
なぜだろう。あの絵のことを思い返すと、ずきりと胸が傷むのは。
最初に絵を見た時に感じた痛みは、どうやら気のせいではなかったらしい。
「サラはどれにする? これなんか似合いそう!」
たくさんある仮面の中から、私の顔に合いそうなものをフレデリカが選んでくれる。
初めての友達との、初めての外出。とてもわくわくしていたはずなのに、楽しみきれないのはなぜだろう。
あの絵のことが、どうしても頭から離れないのだ。
結局私は、フレデリカが選んでくれた花の模様入りの仮面を買うことにした。
白地に金色の装飾で、羽根飾りは空色だ。
フレデリカがよく似合うと言ってくれたので、私はいい買い物ができたと上機嫌だった。
帰りは用事があるというフレデリカと別れ、一人で帰路についた。途中寄り道をしたので、思ったよりも時間がかかってしまったせいだ。
フレデリカは何度も心配してやっぱり送っていくと言ったのだけれど、彼女を用事に遅れさせるわけにはいかないと、私は必死で固辞した。
私はもう、一人でお使いだってできるのだ。フレデリカがいなくたって、店に戻るくらいもなんでもない。
夕暮れの帰り道。
バッグに入れた仮面を何回も取り出して見ては、顔が緩んでしまうのを感じた。
お祭りは一体どんな催しなのだろう。仮面を買ったり、店を飾りつけたり、用意をしている人たちがあれだけ楽しそうなのだ。本番となれば、更にすごいに違いない。
勿論、不安な気持ちもある。自分はうまく溶け込めないかもしれないという不安だ。
けれど今は、楽しみな気持ちの方が強い。初めてのお祭りに、初めてのダンス。うまくできなくても、きっとカレンやフレデリカなら笑って一緒に楽しんでくれるだろう。
わがままを言うなら、お祭りの日にクルトに会えたらいいのにと思う。
多忙だから無理と分かっているのに、こっそりそんな妄想をした。最後に会ってから十日ほどだが、なんだかもうずっと会っていないような気さえした。
彼にも、こんなに喜んでいる街の人を見てもらいたいのだ。
その時ふと、背後から足音が聞こえた。
道に一人きりというわけではないのでおかしなことではないのだが、その足音がやけに近い。
気配に気づくのが遅れたのは、考え事に夢中になっていたせいだろう。
勇気を出して振り返ると、足音が聞こえるほど近くに人の姿はなかった。あたりを見まわしてみても、様子のおかしな人はいない。
けれどまた前を見て歩き出すと、後ろから軽い足音がついてくるのだ。
足音はどこまでもついてくる。このまま店に戻っていいのかと、私は悩んだ。カレンに迷惑をかけるようなことだけは避けたい。
心臓がバクバクと、大きな音を立てる。
少し歩いて、また振り返る。誰もいない。
その行為を二回繰り返し、私は駆けだした。
幸い、気配に気づいたのはカレンの食堂からそう遠くない場所だった。
食堂の建物が見えてきた時、どれほどほっとしたことか。
私はスピードを緩めず、そのまま建物の中に飛び込もうとした。
けれどそこで、私を尾けてきた何者かが私の手首を掴んだ。喉の奥から悲鳴が上がる。自分のものとは思えないような甲高い声だ。
すると、手首を掴んだ相手は動揺したようだった。
「お、落ち着いて!」
そんなこと言われても、落ち着けるわけがない。
私はどうにかその手を振り切って、逃げようとした。先程までの楽しい気持ちはどこへやら、恐ろしくて恐ろしくて仕方なかった。
ひどく動揺していた私は、手首を掴む手が小さく頼りないことに、ちっとも気づいていなかった。
「は、離して!」
神殿騎士に拘束された時のことを思い出し、冷たい汗が吹き出した。
すると騒ぎを聞きつけたのか、まるで地響きのような重い一喝が辺りに響き渡る。
「離せ!」
聞き覚えのある声に、私は驚いて目をやった。
そこに立っていたのは、驚いたことにクルトだった。
なんでここにいるのだろう。私は唖然とした。私は見知らぬ誰かに手首を掴まれているのも忘れて、頭が真っ白になった。
確か以前にも、同じことがあったはずだ。
クルトはつかつかと私に歩み寄ると、私の手をつかんでいる主を拘束した。
「は?」
以前の酔っ払いと違い、私の手を掴んでいたのは身長が私の腰までしかない男の子だった。額には可愛らしい角が生えている。
彼もクルトの登場に驚いているようで、目を見開いて口を開けたまま固まっていた。
その顔を見たら、先程まで感じていた恐怖心は急激に消えていった。残ったのは、相手を確認もしないで悲鳴をあげてしまった気恥ずかしさだ。
「お前、よくもサラを怖がらせたな」
クルトが少年に凄む。それを見た男の子は、青い両目から涙を溢れさせた。
「ごめんなざーい!」
わんわんと泣く男の子と、怖い顔をしたクルト。私はあっけに取られ、しばしその場に立ち尽くした。
「と、とりあえず離してあげてくださいクルトさん」
流石にそのままにはしておけず、私はクルトに訴えた。
相手が子供であるにもかかわらず、恐慌状態に陥ってしまった自分が本当に恥ずかしい。
だがそう言っても、クルトは少年の手を離さない。
「小さくても油断するな。魔族の中には成体でも子供の姿を取るものもある」
「でも……」
反論を呑み込みつつ、クルトに拘束された子供を見下ろす。
心底恐怖したように泣き喚く様子は、演技をしているようにはまるで見えなかった。
結局、見かねたカレンにそう声をかけられるまで、私たちはその場に立ち尽くすことになった。




