19 かつての聖女
「さっききは警戒音出しちゃってごめんね~。驚いたでしょう」
祠へ向かう道すがら、フレデリカは申し訳なさそうに言った。
何のことか分からず、私は首を傾げる。
「こうやって嘴をカチカチやるの、パーピーが警戒してるときにする仕草なんだ」
そう言って、フレデリカは先ほど店主にやったのと同じように嘴を鳴らした。
確かに鳥が警戒しているようだと思ったので、その認識は間違いではなかったらしい。
「サラが田舎者って馬鹿にされた気がしてさ、我慢できなかったんだ」
私は先ほどのフレデリカの態度の理由を知り、なんだか申し訳なくなった。確かに私はもの知らずだし、田舎者扱いされてもおかしくないと思う。
「私も田舎者だから、この街に来たばかりの頃はよく揶揄われてさ」
「そうなのですか?」
私から見るとフレデリカはとても世慣れしているし、誰とでも仲良く話しているように見える。
「もう田舎も田舎。しかも他の種族が暮らしたがらないアルゴル領の近くだもん」
ここで唐突に出てきたアルゴル領の名前に、私はどきりとした。アルゴル領というのは確か、グールが暮らしている土地のはずだ。
「危なくないんですか?」
思わず尋ねると、フレデリカは困ったように笑った。
「アルゴル領に入らない限り問題はないよ。でも、他の種族と交流することもないからどうしても里の外のことが分からないからさ、私はもっと色々なことが知りたくてツーリに来たんだ」
フレデリカにそんな事情があったなんて知らなかった。
店で世間話をする時よりもフレデリカとの距離が縮まった気がする。
そうこう話している内に、私たちは目的の場所に到着したらしかった。フレデリカが足を止めたので、私もそれに倣う。
目の前には、煉瓦造りの古びた祠が建っていた。
中は仕切りもなく広い空間で、壁には様々な種族と一緒に聖女が描かれている絵が、何枚も掛けられていた。
その絵をもとに、フレデリカは銀狼国に伝わる聖女の伝説を話してくれた。
ある日突然黒目黒髪の聖女が現れたこと。彼女は銀狼国の各地を回り、魔族を助けてくれたこと。
祠に飾られた絵はどうやら聖女の生涯を表しているらしく、聖女が銀狼国にやってきたシーンに始まり、時系列で並べられているようだった。
私がカレンに作ってもらった、おかゆを作る聖女の絵。
癒しの力によって不治の病にかかっていた病人を治し、感謝される様子。
頭に羽根飾りをつけて笑う聖女。その隣には、同じように羽根飾りをつけた銀色の髪の男が立っていた。
その顔を見て、私はどきりとした。
「これって……」
私がその男性を指さすと、フレデリカはにこやかに説明してくれた。
「ああ。これは当時の銀狼王様だよ」
当時のということは、クルトの祖先ということだろうか。
血がつながっているだけあって、描かれている男もクルトによく似ているように見える。
私はその絵をじっと見つめた。互いに羽根飾りをつけた聖女と銀狼王は、とても幸せそうに笑っている。
なぜだかずきりと胸が痛んだ。
「それでこっちが、パーピー族を助けてくれた時の絵だよ!」
順番を待ちきれないとばかりに、フレデリカが言った。
確かに彼女が示している絵には、パーピー族と聖女が描かれている。
だが今までの絵と違い、聖女はとても苦しそうな顔をしていた。
「一体何があったんですか?」
私が尋ねると、フレデリカは少しだけ悲しそうな顔になった。
「グールに強力な王が生まれて、今まで好き勝手してたグールが軍隊になって襲かかってきたんだ。当時は種族同士で協力して戦うなんてこともなかったから、いろんな種族がどんどんやられていった」
祠に響き渡るフレデリカの声に、私はごくりと息を呑んだ。
そして彼女は、次の絵の前に足を進める。私もそれに倣って先に進んだ。次の絵が最後のようだ。
「そこで聖女様は、命を賭してグールの王を封じてくださったんだ! 魔族たちはそれを嘆き悲しみ、今度同じことがあってもグールに対抗できるように、いろんな種族が力を合わせて戦う軍隊を作ったって聞いた」
なるほどと、私は頷いた。
確かに食堂にやってくるお客さんには、フレデリカの他にもいろいろな種族の軍人さんがやってくる。そんな光景も、聖女の伝説がきっかけとなっているのだろう。
それにしても、ユーセウス聖教国にいた頃はこんな話全然知らなかった。
祖国の伝説では、魔族はそのすべてが悪しき存在だと説明するものが多かったからだ。そして聖女は自らの力を使って、その魔族から人間を護ったのだと私は教わってきた。
でも聖女は、人間だけでなく魔族も分け隔てなく救っていたのだ。
私はそれを知って、少し嬉しくなった。かつての聖女も私と同じように、魔族と触れ合っていたのだと知ることができたからだ。
それにしても、伝説はどうしてねじ曲がってしまったのだろう。
昔のことだから仕方ないのかもしれないが、おそらくミミル聖教に伝わる伝説は人間の都合がいいように改竄されているに違いない。
ミミル聖教が正義の組織でないことは、放逐された私が一番よく知っている。
「それじゃあそろそろ、仮面を見に行こうか」
フレデリカの誘いに、私はこくりと頷いた。
短い時間の間にいろいろなことがありすぎて、私は仮面を買うという本当の目的を忘れかけていたのだった。