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18 おでかけ



「もうすぐ謝肉祭か」


 飾り付けられる眼下の王都を見下ろしながら、クルトが言った。

 傍らに控えていたグランは、モノクルを直しながら頷いた。


「ええ。今年も祭りの用意で騒がしいですよ。各地から観光客や商人も集まっているようで、警備を強化させています」


 人が集まれば、当然諍いが生まれる。

 経済が活発化する分には喜ばしい出来事だが、一方で治安の悪化を考えると手放しでは喜べない。

 だが、そのあたりはグランがうまく裁いてくれるだろう。

 長年銀狼王家に仕えているグランは優秀であり、更にその忠誠心は疑いようがない。

 一時は王位を継がないと思われていたクルトを見捨てることなく、陰日向に支え続けた苦労人である。

 だが王を支えるという強すぎる自負心のために、時に彼は過激な行動に出ることがある。

 それがサラに対する無礼の理由であり、そうなるとクルトの言うことすら聞かない厄介な相手に成り代わるのだ。

 クルトが生まれたばかりの頃から世話役として付き添われてきただけに、こちらからすれば実にやりにくい相手と言える。

 グランとことを構えるのは、クルトとしても本意ではないのだ。

 だがサラの事となると勝手に体が動いてしまうので、どうしてもグランが望むようにはできないのである。

 ふと、グランの視線が鋭くなった。


「またあの女のことを考えていらっしゃるのですかな」


 低い声音は、彼が不機嫌であることをありありと伝えてくる。

 クルトは答えず、目の前の書類に視線を落とした。ここで言い返したところで、決して己が望むような結論には至らないと嫌というほど分かっていたからだ。

 なので反論の代わりに、大きなため息を一つついた。


「それよりも、自慢の孫は最近どうしている? お前の妻の形質を受け継いでいると聞いたが、そろそろ安定したか?」


 明らかな話題そらしであったが、グランはすぐに話に乗ってきた。

 複雑な特性を持つ孫のことを、彼は溺愛しているのだ。

 だが同時に、強い力を持つがゆえにその力の制御が完全になるまではと、お披露目を見送っている。なのでクルトも、グランの孫にはまだ会えていないのだ。

 グランの妻は将軍すら務めた高い戦闘能力を持つ種族であっただけに、おのずとそれを継ぐという孫にも期待がかかる。

 グランの孫自慢を聞き流しながら、クルトは再び仕事に集中することにした。



  ***



 それから数日後、私はフレデリカと一緒に仮面を買いに行くことにした。

 仮面を買うためのお金は、月々お給料をもらっているので十分にある。

 ただでさえお世話になっているのだから最初はいらないと言ったのだけれど、お金を使うことも勉強の内だからといって、受け取るべきだとカレンに押し切られてしまったのだ。

 何を買っていいか分からなくて今日まで貯まる一方だったが、フレデリカに誘われて勇気を出して謝肉祭用の仮面を買いに出ることにしたのだ。

 お使いに市場へ行くことはあるけれど、自分のものを買いに行くのは初めてなので私はとても緊張してた。

 カレン以外の人と、こうやって街に繰り出すのも初めてだ。


「えへへ、こうやって二人で出かけるのは初めてだね」


 フレデリカはとても嬉しそうな顔をしていた。

 今まで彼女には何度も出かけようと誘われていたのだが、どうしても仕事を優先してしまって断ってばかりいた。

 なので私が一緒に行くことを了承した時には、フレデリカも大いに喜んでくれた。

 たったそれだけのことで、勇気を出して良かったと思ったのを覚えている。


「誘ってくださってありがとうございます。初めてなので、どうしていいか分からなくて」


 カレンに謝肉祭の話を聞いて、私も自分の仮面が欲しいと思った。

けれど、どうしていいか分からず困っていたのだ。買い物自体はお使いをすることでだんだん慣れてきているのだけれど、私的な買い物というのはまだしたことがない。

 それに、好きなものを買えばいいとカレンに言われたのだが、私は自分が何を好きかもよく分からないのだ。

 多分、何にも執着しないように生きてきた反動だろう。

 私が持っていたものは、すべて誰かによって選ばれ与えられたものだった。それを好きか嫌いかなんて、考えたことはなかった。 

 それは考えても無駄だったからだ。

 聖女に好き嫌いがあってはいけない。どんな物でも愛し、しかし執着してはいけないのだと教わった。それは人も物も同じだった。

 それをカレンに話すと、これからゆっくり探していけばいいと言われた。

 私にも好きなものができるのだろうか。出来たらできたで、少し恐い気もするのだけれど。

 市場まで行くと、ただでさえ人の多い市場が更に賑わっていた。


「謝肉祭に合わせて、商人とか遠くの街の人とかも集まってきてるんだよ。ツーリの謝肉祭は有名だからね!」


 フレデリカはそう言って、自慢げに胸をそらした。

 門番である彼女は自分の街に誇りを持っているようだ。


「そんなに有名なのですか?」


「そりゃあ、銀狼王のいらっしゃる王都だもの」


 フレデリカの言葉に、私はどきりとした。

 銀狼王というのは、クルトのことだ。

 銀狼国の王は、代々銀狼王と呼びならわされるのだという。


「国民の方々に好かれているんですね」


「そうだよ! 今の王様になって、色々なことがよくなったって皆言ってるよ。私は今の王様になってから生まれたからよく分からないんだけど、昔の銀狼国は諍いが絶えなくて、とても大変だったんだって。うちの長老はその頃のことを覚えていて、銀狼王には絶対に逆らっちゃいけないって言ってるよ」


「逆らってはいけない?」


「安全に巣作りができるのもパーピーがこうしてお仕事できるのも王様のおかげだからって。パーピーは魔物の中では弱いから、昔はあちこち移動して大変だったんだって」


 弱いと言っても、フレデリカの持つ足の爪は鋭く、門番をしているくらいなのだから人間よりは強いように思われる。

 つまり、この銀狼国には人間より強い種族が沢山暮しているということなのだろう。

 クルトは凄いと思うのと同時に、そんな国をまとめ上げるのには危険もあったのではと心配になった。

 今は平和に見えるこの国だけれど、グールのような危険な種族だっているのだ。

 私の中にふと、聖女の力があればクルトの役に立てるのではないかという考えが浮かんだ。

 初代聖女は、グールのような魔物を退ける力を持っていたという。歴代聖女の中で一番力が弱い私だけれど、クルトのために何かできることがあるかもしれない。

 だがそれは同時に、聖女であることを告白して今の生活を手放すということである。

 やっと手に入れたぬくもりのある生活。

 それを手放さなければいけないと思うと、正体を明かさなければいけないという思いがみるみるしぼんでいくのを感じた。

 私は誰もが私をただのサラとして扱ってくれる今の生活に、固執していた。

 私といても楽しいとは思えないのだけれど、フレデリカはいつも楽しそうにしている。なんでも楽しめるところは彼女の才能だと思う。

 今も、市場の途中で果実を扱う屋台を覗き込み、鮮やかな果物に目を輝かせている。


「いらっしゃい。旬のおいしいポムの実だよ! 今を逃したらすぐなくなっちまうよっ」


 真っ赤な果実は私も見たことのないものだった。

 一体どこで取れるのだろうか。鮮やかな色はまるで宝石のようだ。


「これ好きなんだー! サラ、一緒に食べよう。おっちゃん二つお願い!」


 そう言うが早いか、私が返事をする間もなく彼女は果実を買い求めていた。


「じ、自分の分は自分で払うわ」


 フレデリカの勢いに気圧されながら、私はどうにかそう言った。彼女に奢ってもらうなんて申し訳なさすぎる。

 だがそんな私の困惑などどこ吹く風で、フレデリカは早速ポムの実にかじりついていた。よほどみずみずしいのか、彼女のくちばしから果汁が零れ落ちる。


「んーー!」


 フレデリカは幸せそうな悲鳴を上げた。どうやら余程おいしいらしい。


「サラも早く早く!」


 その言葉にのせられて、私もポムの実を手に取った。

 赤い身は私の拳ほどだが、大きさの割にずっしりと重い。フレデリカはそのままかぶりついていたので、どうやら皮も食べられる種類のようだ。

 恐る恐るかじりついてみると、果汁が噴き出してきて私の口の周りをべたべたに汚した。


「ひゃあ!」


 私は思わず悲鳴を上げる。気を付けていたはずなのに、果実は思った以上にみずみずしくて果汁が噴き出したのだ。

 それを見て、店主が大笑いする。


「嬢ちゃんポムの実は初めてだったか!」


 どうやら食べるのにコツが必要な食べ物らしい。

 私は慌て手巾で口を拭った。果汁はさらさらとしてべとつかないのが唯一の救いだ。だが、味も香りも爽やかでとてもおいしい。


「はいよ」


 笑いが収まると、おじさんは細い筒状の棒を差し出した。


「本当は別料金なんだが、笑った詫びだ。実に刺して吸い出すようにしてごらん」


 言われた通り、私はポムの実にその棒をぷすりと刺した。

 おそるおそる言われた通りに棒に口をつけて吸い出すと、先ほど溢れた果汁が今度は棒を介して零れることなく口の中に流れ込んできた。

 果物をこんな風に味わうのは初めてで、私はとても驚いた。


「このやり方は聖女様が編み出したって言われてるんだ。すごいだろ」


 店主は腕を組むと、誇らしげに言った。

 私はここで聖女という言葉が出てきたことに驚き、言葉を失くす。


「え、聖女様……?」


 銀狼国に、聖女がいるなんて知らなかった。

 聖女という概念は、ミミル聖教を信仰する国にしかないのだと思っていた。

私の反応が予想外だったのか、店主は目を丸くしていた。


「嬢ちゃん聖女様のお話を知らないのか? 王都なら子供でも知ってるがなぁ」


 聖女にそんな知名度があるとは知らなかった。ならばどうして、今日まで聖女の話を耳にすることがなかったのだろうか。

 その時、フレデリカが羽根の生えた腕を私の肩にのせて引き寄せた。そしてまるで鳥が警戒するかのように嘴でカチカチと音を立てる。


「おじちゃん。田舎にゃ絵本なんて上等なものはないんだ。誰でも知ってるわけじゃないさ」


 フレデリカの言葉に、私の頭は更に混乱してしまった。


「聖女は絵本にのっているんですか?」


「そうさ。聖女は勇者と旅をして、たくさんの魔物を救ったんだ。最期には身を挺して、この国をお守りになったんだ」


 店主は自慢げに言った。


「最期ということは、その聖女様はお亡くなりになられたんですか?」


 困惑して問うと、店主はまたしても大笑いをした。どうやら笑い上戸らしい。


「はっはっは、もう二百年も前の話だ。興味があるなら城の近くに祠があるから行ってみるといい。字が読めなくても絵で描いてあるからわかりやすいぞ」


「行ったことないなら私が案内するよ!」


 フレデリカが立候補してくれる。

 仮面を探しに来たにいいのだろうかという迷いはあったが、銀狼国で語り継がれる聖女がどのようなものか知りたいという好奇心には勝てなかった。


「お願いできますか?」


 私がそう言うと、フレデリカは勢いよく頷いたのだった。



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