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15 カレン



 目が覚めると、暑くもないのにびっしょりと寝汗をかいていた。

 恐ろしい夢。その映像は夢というにはあまりにも生々しく、私を苛んだ。

 この国に来て以来、たまにこの夢を見る。なぜかは分からない。

 まだ真夜中と呼べる時間だったが、夢の続きを見るかもしれないと思うと怖くなり眠る気にならなかった。

 窓を開けると、冷たい風が頬を撫でた。ツーリの街が月光に照らされ銀色に輝いている。遠くから犬の遠吠えが聞こえた。

 クルトの突然の来訪から、既に数日が経っていた。

 彼がこの国の王であることを知って、じわじわとその驚きが湧いてきているところだ。

 ちなみに、実感は全くと言っていいほどない。生活は今までと変わらないし、日常的に国王の話をすることなどないからだ。

 カレンに話を聞きたい気もするが、なんとなく今更な気がして聞けないでいる。

 それに、親しそうにしている彼らがどんな関係なのか、正直なところ知るのが恐い。

 カレンは気立てがよくて、突然クルトから世話を押し付けられた私に、とてもよくしてくれる。それにとてもきれいな人だ。

 ふと、先日クルトを迎えに来た老人がクルトは何人もの女性と付き合いがあるようなことを言っていたことを思い出した。

 もしかしたらカレンも、そのうちの一人なんだろうか。

 この部屋は、私が来る前からクルトがカレンから借り受けていたのだ。自宅の一室を貸すということは、それほどの信頼関係が二人の間にあるということだろう。

 どれくらいそうしていただろう。突然ノックの音がした。


「サラ、起きてるの?」


 カレンの声だった。

 私は彼女のことを考えていたので驚き、気まずい思いを味わった。

 だが、だからと言って彼女を無視することはできない。


「今開けます」


 そう言ってドアを開けると、思った通りそこにはカレンの姿があった。

 彼女の手には、カップに入ったミルクが湯気を立てていた。


「窓を開けた音がしたから、起きてるのかなって」


 カレンはそう言って、私の部屋に入った。


「今日は冷えるわ。あなたは人間なんだから、もう窓はしめなさい」


 カレン自身は、寒さに強いのだと聞いた。その代わり、熱にはあまり強くないらしいけれど。

 私がカレンに言われるままに窓を閉めると、彼女はその間に椅子に腰かけていた。どうやら用件はそれだけではないらしい。

 カレンがランプに火をつける。橙色の明かりが部屋の中に満ちると、なんだか少しだけ温かくなった気がした。

 何だろうと不安に思いつつ、私はホットミルクを手にベッドに腰掛けた。


「仕事中もぼんやりしてるし、この間からちょっと様子がおかしいけれど、やっぱりショックだった? 酔っ払いに絡まれたこと」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 少し考えて、クルトが助けに来てくれた時のことだと気づいた。

 そのあとの出来事が色々と衝撃的だったので、酔っ払いに絡まれたことをすっかり忘れていたのだ。


「ご、ごめんなさい!」


 確かに、私はここ数日ぼんやりしていた。

 クルトが王様だったこと。そしてあの老人の言葉。

 再会する前よりもクルトのことが気になってしまい、気づくと彼の事を考えてしまって、仕事に身が入っていなかったかもしれない。

 身元も分からないところを働かせてもらっているのに、自分は何をやっているのだろうと情けなくなる。


「いやだね。謝ってほしくて聞いたんじゃないよ。むしろ、怖い思いをさせる前に助けるべきだったのに、悪かったね」


 カレンは私に頭を下げた。

 これにはさすがに驚いて、真夜中であるにもかかわらず私は叫んだ。


「違うんです! それが理由でおかしかったわけではなくてっ」


 私の声に驚いたのか、カレンは目を丸くしていた。

 クルトのことを詮索してはいけないと思いつつ、カレンの誤解を解くためには言うべきなのではないかと相反する考えがせめぎ合う。

 思わず黙り込んでしまうと、カレンが心配そうな顔で言った。


「サラ。無理に言わせたくないけれど、もし困ったことがあるなら遠慮なく早く言ってほしい。アタシにはクルトからサラを預かった責任があるんだ。あんたに何かあったら、あいつに合わせる顔がないよ」


 その言葉から二人の強いつながりを感じて、やはり二人は特別な関係なのだろうと考えた。

 でもここまで言われたら、本当のことを言わないわけにはいかない。適当な理由をつけても、聡い彼女にはすぐに見抜かれてしまいそうだ。


「本当に……違うんです。実は――」


 そして私は、酔漢に絡まれた後の出来事をカレンに話した。

 クルトと部屋に戻ると、そこに蝙蝠がやってきたこと。蝙蝠が老人になったこと。その老人から、クルトがこの国の王であると聞かされたこと。

 予想していなかったのか、カレンは戸惑うように宙を見上げた。

 そして大きなため息をつく。


「なんてこった。グランの爺様だね」


「グラン?」


「グラン・ド・ヴィユ。クルトのお目付け役だよ。あいつがおしめの時から一緒にいるって話だ」


 忌々しそうにカレンが言う。

 私はと言えば、おしめをつけた幼いクルトを思い浮かべていた。きっと可愛かったに違いない。


「クルト第一の偏屈な爺さんでね。あいつが冒険者になったのが気に食わなくて、アタシらに会うたび余計なことを言いやがる」


 なんだか、普段は落ち着いているカレンの言動が荒々しくなった気がする。そういえば、例の酔っ払いを追い出した時も荒っぽい口調だったと思い出す。

 それに、冒険者というのは一体どういうことなのだろう。


「冒険者、ですか?」


「ああ。クルトのやつ、これも言ってなかったのか。銀狼国の王は代々王家の血をひくものの中で最も強い者が後を継ぐんだが、クルトは前国王の長男なのに、王になるのなんかまっぴらだって城を飛び出したんだ。それから身分を隠して冒険者として各地を回って、アタシはその時の仲間ってわけ」


 私はぽかんとしてカレンの話を聞いていた。

 普段の優し気なカレンが冒険者なんて想像もつかないが、確かに今のカレンはいつの間にか足も開いて座っているし、口調もらしいと言えばらしい。

 私の様子に気づいたのだろう。カレンは慌ててがに股になった足を閉じた。

 そして頬に手を添え、おほほほと笑う。


「ごめんなさいね。興奮すると昔の癖が出ちゃうの」


 私はなにがなにやら訳が分からなくなった。

 クルトが王様だと聞かされた時よりも、よっぽど混乱している自信がある。

 今まで優し気で非の打ち所のない女性だと思っていたカレンが、実は荒っぽい元冒険者だというのだ。勿論冒険者という職業に偏見はないが、イメージが違い過ぎて眩暈がしてしまう。



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