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12 闖入者



 クルトを連れて、私は部屋に戻った。

 私に与えられた部屋は、目を覚ました時に寝かされていた部屋だ。

 居候には広すぎる部屋なのでもっと狭いところでいいと言ったのだが、クルトが年間を通して借り切っている部屋なので好きにしていいと言われた。

 よく見ると、クルトはマントの付いたやけに立派な服を着ていた。胸や腰の部分は甲冑になっているから、クルトはもしかしたら騎士なのかもしれない。

 全身黒づくめなので、彼の白銀の髪がよく映える。


「どうぞ」


 クルトの部屋なのに私が招き入れるのもおかしいような気がしたが、一応そう声をかけた。

 彼はずっと黙りこくっていて、部屋の中には気まずい空気が流れていた。

 手持無沙汰になり、とりあえず一つだけある椅子を出してクルトに座ってもらった。やはり彼は、何も言わない。


「あの、お茶淹れてきますね」


 沈黙に耐えられなくなってそう言うと、クルトは左右に首を振った。


「いい。すぐに戻る」


 どうやら、仕事が忙しいというのは本当らしい。

 私は残念に思いながら、雑貨を入れている木箱に腰掛けた。


「お忙しいんですね……」


 自分の言葉に残念そうな響きが混じっていることに、言ってしまってから気が付いた。

 容易く旅人の腕を折ってしまったクルト。彼の強さや、何を考えているか分からないところは確かに恐ろしい。

 けれど、だからと言って彼の事を嫌いにはなれなかった。

 さっきも腕を折ったのは私を助けるためだった。出会った時から一貫して、クルトは私を助けようとする。

 どうしてそんなに良くしてくれるのか、どんなに考えても分からないけれど。


「さっきは」


 黙り込んでいたクルトが、不意に口を開いた。


「驚かせてすまなかった。怖かっただろう?」


 クルトの口調は平坦だった。けれど私はなぜか、彼が傷ついているのが分かった。


「こわ――かったですけど、クルトさんのことは怖くありません。こんなに良くしてもらっていて、どう返したらいいか分からないくらいなのに……」


 助けてくれて、住む場所も仕事も用意してもらって、もうどうしていいか分からないくらいにクルトには恩がある。

 彼がいなければ、私はきっとあの森の中で死んでいた。

 グインデルもそう考えたはずだ。だからこそ、私を生きたまま放り出した。

 クルトだけでなく、あの巨大な狼も恩人――というか恩狼だ。

できるのならまた会ってお礼が言いたいが、カレンにそういう種族を知らないかと聞いても苦笑するばかりで教えてくれなかった。

 やっぱりあれは、私の夢だったのかもしれない。


「礼なんていいんだ。むしろ、あんな目に遭わせるくらいならやっぱり働かなくても……」


「いいえ。働かせてください。最近少しだけ、役に立てるようになってきたんです。カレンさんにもお世話になっているので、ちゃんとお返ししたいです」


 今日も迷惑をかけてしまったが、仕事での失敗は少しずつ少なくなっている。


「それに、私こんな風に働いたことなんてなかったから、楽しいんです」


「そ、そうか」


 私の言葉に、クルトは目を丸くしていた。

 ずっと、自由のない生活を送ってきた。

 仲のいい人もおらず、母を亡くしてからずっと寂しかった。

 神殿にいた頃は、それが分からなかったのだ。寂しさを堪えるために心を鈍化させて、自分が寂しいということにも気づけなかった。

 グインデルのしたことは今でも許せないけれど、生きてここに来られたのは本当に幸運だったと思う。

 地に足をつけて、働いて周りの人と関わり合って生きていく。

 これこそがきっと、母の望んだ生き方なのだろう。


「私、ここに来られてよかったです。いろんな種族の人たちが仲良くしていて、私にも優しくしてくしてくれて……銀狼国はいい国ですね」


 ユーセウス聖教国にいた頃、私は魔物の国をとても恐ろしい場所だと思っていた。

 神殿に連れてこられて初めて読んだ絵本には、魔物がいかに恐ろしいかということが描かれていたし、ミミル聖教の教えにも魔物の恐ろしさを伝えるものが多くあった。

 けれど実際にやってきた銀狼国は、そんなところではなかった。

 確かに恐ろしい風貌の人もいるけれど、話してみると意外に優しかったりする。

 勿論そんな人ばかりではないと分かっているけれど、神殿の奥で暮らしていたらこんなことは死ぬまで分からなかった。

 そんなことを考えていると、クルトがやけに優しい目で私を見ていることに気が付いた。その顔があまりにも綺麗で、どきりと心臓が大きな音を立てる。


「そう思ってもらえたのなら、よかった」


 どうやら、私が銀狼国を褒めたのが嬉しかったらしい。

 彼もまた、この国を愛しているのだろう。


「だが、魔族や亜種の中には気性の荒い連中もいる。あまり油断しない方がいい」


 言葉を喋り魔法を使うのが魔族。魔法を使えない者を亜種という。そして魔法は使うが知能が低く喋れない者を魔物と呼ぶのだそうだ。ここにきて最初に教わったことの一つだ。


「でも、どうしてこんなに良くしてくださるんですか?」


 私は今がチャンスだと思い、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

 一度ならず見ず知らずの私を助け、気にかけてくれる。

 彼のしていることは、善意という言葉では片づけられない気がするのだ。それに彼は、記憶がないと言った私に自分は知り合いだと言った。

 けれど私は、彼の事など知らない。ならば彼の言葉は嘘ということになる。だが記憶がない私に対して、そんな嘘をつく意味が分からない。

 クルトは口の中で、私への返事を吟味している様子だった。

 ドキドキしながら彼の返事を待っていると――その時だ。

 窓をバンバンと叩くような音がした。何事かと思ってそちらを見ると、昼間なのに蝙蝠が窓に体当たりしていた。

 このままでは蝙蝠が怪我をしてしまいそうだ。

 私は慌てて窓に駆け寄り、鍵を開けた。


「まて!」


 クルトが止めた時には、もう遅かった。

 蝙蝠は羽根の付いた手で器用に窓を開け、中に入ってくるとポンと軽い音を立てて人間の姿になった。

 私が唖然としていると、その人間はパタパタと落ち着き払った様子で服の埃を払っていた。

 燕尾服を着こなした、老齢の紳士だ。左目にチェーンの付いたモノクルをかけている。


「全く。決議の最中に突然姿をお消しになったと思ったら、まさかこんなところにいらっしゃるとは」


 老人は大きくため息をついた。髪も髭も灰色だが、その目は血のように赤い。


「じい」


 クルトは老人のことをそう呼んだ。

 どうやらこの老人は、クルトの知り合いらしい。


「早くお戻りになってください。目を通していただかねばならない書類が、まだまだ山のようにあるのです」


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