拾った男の娘が可愛すぎて死にそうなんだけど、どうすればいい? ~何もかもが可愛すぎて尊死しそうなんだが?~
愛犬の散歩がてら寄った夕暮れ時の公園で、私──九条伊織は男の娘を見つけた。
肩まで伸ばしたサラサラの黒髪。パッチリ開かれた大きな瞳。日焼けしたことがないんじゃないかってくらいに透き通った白い肌。
ホントに男なのか? って疑ってしまうほど清楚可憐な容姿をした彼は、暗い顔でブランコに座っていた。
……確か、浅桐蓮だったか?
私の通っている高校の隣のクラスの生徒だったから、顔と名前くらいは知っていた。
知ってるだけで、ろくに話したことすらないけどな。
「なあ、シュバルツ?」
「わふ?」
私はため息を吐きながら、愛犬に話しかける。
ちなみにシュバルツは黒毛の柴犬だ。
「この状況で見過ごすって選択肢はあるか?」
「わんっ!」
もう十年の付き合いになるシュバルツは「あるわけないやろ。鬼畜か」って返してきた。
「やっぱお前もそう思うよな」
私は意を決して、蓮に話しかけた。
「こんなところで何やってんだ?」
一目でわかるほど肩をビクッと震わせた蓮は、恐る恐る私を見上げる。
「…………九条さん?」
身長は低いのに、それに反して蓮の声は高かった。
私より声が高くてカワボとか意味わからん。
「なんだ。名前知ってんのか。それなら話は早ぇな」
「……なんで話しかけてきたの?」
警戒心マックスの声音で聞いてくる蓮。
まあ、無理もないか。
私の身長は176センチと、そこらの男子より高い。
それに加えて、真顔なのに睨んでいると勘違いされるほどの鋭い目つき。
この二つのせいで、私はいつも怖がられてばっかだ。
クラスのやつらからも露骨に避けられて、なんか気づいたらボッチになってたしな。
当然、蓮も怖がるだろうと思ってたし実際怖がられてるけど、だからって無視はできねぇよ。
「こんなところで項垂れてたら心配するに決まってんだろ」
「……心配してくれなくていいよ。ちょっと家出しただけだから。ボクは大丈夫だから……」
強がっているのが丸分かりだった。
何が大丈夫だ。無理すんなよ。
今にも泣きそうな顔してんじゃねぇか。
放っておいたら、すぐにでも壊れてしまいそうだ。
「はい、そうですか」なんて、言えるわけなかった。
「帰る場所も行く場所もないんだろ?」
「……あったらこんなところにいないよ」
「だったら、私ん家に来い」
「え!?」
半ば命令するような感じで提案したら、蓮は大きく目を見開いた。
「こんなところにいたら風邪ひくぞ」
無理やり蓮の手を握って、立ち上がらせる。
手のひらにぷにっとした柔らかい感触が伝わってきた。
私より手が柔らかいとか、どういうことだってばよ。
「でも、九条さんに迷惑が……」
「私がいいって言ったらいいんだよ。なんか問題あるか?」
自分でも呆れるくらい偉そうなセリフを真正面からぶつけたら、蓮は静かになった。
手を握ったまま歩き出したら大人しくついてきてくれたので、私の気持ちはちゃんと伝わったようだ。
──こうして、私は男の娘を拾った。
◇◇◇◇
「ここが私ん家だ」
すぐに庭付き一戸建てに到着した。
「ちなみにパピーは転勤してるから、この家にいんのは私とシュバルツと蓮だけだぜ。だから好きに使ってくれ」
「今言うの!? 男女二人きりはいくらなんでも不用心すぎるよ!」
「え? 蓮に襲われるのか?」
「そんなことするわけないでしょ! 九条さんが無警戒すぎて心配になっただけだよ!」
まだ蓮のことを全然知らないけど、これだけは言える。
蓮は優しくていいやつだ。
襲われるなんてありえないだろうし、そもそも頼れるシュバルツがいてくれるからな。
心配する必要なんてないさ。
「ていうか、蓮こそ自分の身を心配したほうがいいだろ。めちゃめちゃ可愛いんだからさ」
「かっ、可愛い!?」
とたんに顔を真っ赤にしておろおろし始めた蓮。
容姿もそうなんだけどさ、なんかいちいち可愛すぎねぇか?
そこらの女子より美少女してるわ。
「蓮は晩メシどれがいい?」
挙動不審になった蓮を家に連れ込んでから、私は冷蔵庫に常備している冷凍食品を机の上に並べた。
「九条さん料理はしないの?」
「得意料理は卵かけご飯だぜ」
「それ料理じゃないよね。冷凍食品ばっかりだと体に悪いよ」
私の健康を心配してくれた蓮は悩みに悩んだすえ、ジューシーな焼き豚がウリのチャーハンを選んだ。
冷凍食品を決めるだけでそんなに悩むやつ初めて見たわ。
そんなこんなで数時間後。
蓮は家出の際に着替えなどの生活に必要なもの一式を持ってきていたから、特に問題もなくあっという間に寝る時間になった。
……のだが、そこで問題が発生した。
「なあ、蓮。一緒に寝ようぜ」
「はい!? 急にどうしたの!?」
「いやな、今気づいたんだけどさ。この家ベッド一つしかなかったわ」
パピーが使ってたのは、転勤の時に持ってっちゃったし。
予備の布団なんてないし。
「だからって一緒なのはダメだよ! ボクが床とかソファーで寝ればいいから!」
「そんなことさせるわけないだろ。私が床で寝るって言いたいところだけど、そんなん嫌じゃ! ベッドで寝てぇ!」
「ワガママだね!?」
「だから一緒に寝ようぜ! ふかふかのベッドで一緒に寝るのが最適解だろ?」
「一応ボクは異性だよ?」
「異性として見てないから大丈夫だ問題ない」
そう告げると、蓮は急にもじもじし始めた。
心なしかちょっとだけ顔が赤くなっている気がする。
「……それって、ボクを女の子として見てくれてるってこと?」
「そうだが? むしろ、ホントに男なのか疑ってるレベルで蓮は可愛いぞ」
「か、かわ!? はわわわわ……」
蓮は顔をボッと赤くして、俯いてしまった。
それから恥ずかしそうに小さな両手で顔を隠す。
……やっぱ、めちゃめちゃ可愛くねぇか?
数分後。
ベッド論争は最終的に「ワイが間に入れば万事解決や!」というシュバルツの妥協案が採用された。
私、シュバルツ、蓮の並びでベッドに入る。
「寝てる時に蹴飛ばしたらスマン」
「ベッド使わせてもらってるんだから、文句言ったり怒ったりはしないよ」
蓮はいい子やなぁ。
「わん!」
「こいつホンマに寝相悪いから気ぃつけや~だってさ」
「シュバルツ君も心配してくれてありがとね」
「わふ!」
「おやすみ」と告げてから消灯。
いろいろあって相当疲れてたんだろうな。
蓮はすぐに静かな寝息を立て始めた。
くっ……! 電気消したのは失策だったか……!
蓮の寝顔見れねぇ……!
◇◇◇◇
「朝だよ。起きて」
「あと三時間……」
「もう八時間も寝てるでしょ。寝すぎも健康に悪いんだよ」
頑張って瞼を持ち上げたら、目の前に可愛らしい顔があった。
「天使だ……」
「そ、そうかな? 昨日と一緒だよ?」
蓮が恥ずかしげに視線を逸らす。
照れたようなその表情がめっちゃ可愛くて、私の脳みそは一瞬で覚醒した。
「おはよう! 腹減ったからメシにしようぜ!」
「あ、それなんだけど……」
蓮は急にもじもじしだす。
ちょっとの間が空いてから、上目づかいでねだるように聞いてきた。
「九条さんのために玉子焼き作ったから、食べて欲しいな」
ぐは……! なんだこの超かわいい生き物は……!
「喜んで食べるぜひゃっほー!」
食べない奴いる?
いねえよなぁ!?
「喜んでもらえた。えへへ」
小声で呟かれたソレをばっちり拾う。
嬉しそうに小さくはにかんだ蓮は、これまた可愛かった。
「うおおおおお! すごくうまそうだな! いただきまーす!」
蓮の作った玉子焼きは、ふわっふわで形も超絶きれいだった。
秒で口に運ぶと、ほのかな甘みが口の中に広がる。
「甘さ強めのだし巻きにしてみたんだけど、どうかな?」
「メチャメチャうめぇ! これだけしかないのが残念なくらいだ」
「ん、ありがとね。口にあったようでよかったよ」
蓮がぱぁぁと花が咲いたような笑顔になる。
守りたいこの笑顔とか思ってたら、蓮がおずおずと提案してきた。
「……もし九条さんが良ければだけど、ボクがご飯作ろっか?」
「マジで!? ぜひとも毎食お願いしたいんだけど!」
願ってもないぜ! 蓮の手料理をたくさん食えるとか最高かよ!
「腕によりをかけておいしい料理を作ってあげる」
ドヤ顔で胸を張る蓮。
あまりにも可愛いすぎて、つい頭を撫でてしまった。
「ひゃっ!?」
「何今の声超可愛い」
「ちょ、恥ずかしいよ……」
そうは言いつつも、蓮は嫌がるそぶりは見せない。
優しく梳くように撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
その表情もまた可愛らしかった。
「うまい料理を期待してるぜ!」
「うん、期待を超えてみせる!」
蓮は気合いたっぷりの様子で握りこぶしを作った。
ヤバい。健気すぎて可愛すぎる……!
十二時過ぎ。
我が家のテーブルの上には、宣言通りうまそうな料理が並んでいた。
炊き立てのコシヒカリに、濃厚な匂いを放つハニーマスタードチキン。
彩り豊かなコールスローサラダに、湯気の立ち昇るコンソメスープ。
見てるだけでよだれが垂れてくるほどおいしそうだ。
「どれも自信作だよ。食べて食べて」
自信満々な笑みを浮かべた蓮が、無邪気に急かしてくる。
んじゃ、コールスローサラダから食べるとしますか。
一口パクリ。
「うまい!」
私は目を見開く。
酸味と甘みのバランスが絶妙で、どれだけ食べても飽きないような味に仕上がっていた。
野菜のシャキシャキ感が食べ応えあって、これまたいい感じだ。
「スープもうめぇ~。心が温まる~」
野菜の甘味と旨みが調和して、過去に食べたどのスープよりもうまかった。
なんでも、オニオンパウダーなる調味料を使っているらしい。
これ一つでたいていの料理は超絶うまくなるのだとか。
さて、次はいよいよお目当てのハニーマスタードチキンだ。
とろりとしたソースがチキンに絡まって、なんともうまそうな見た目に仕上がっている。
濃厚ないい匂いも合わさって、見てるだけで食欲が刺激されるぜ。
「なんだこれ!? 世界一うめぇ!」
一口かじった瞬間、脳みそに百万ボルトをぶち込まれたかのような衝撃を受けた。
肉の旨みに、あらびきマスタードのピリッとした辛さと蜂蜜の甘味が最高にマッチしている。
濃厚な味わいなハニーマスタードチキンは単体でもうまいが、米との相性が最強だった。
ってか、米自体も私が炊いた時よりうめぇな!?
これだけで茶碗百杯食えるわ。派手にな!
箸が止まらないのなんのって、蓮の手料理マジでヤベェよ。
「おいしそうに食べてくれてありがとね」
私の食べっぷりをずっと眺めていた蓮は、嬉しそうに頬を緩めていた。
いつもの引き締まった凛とした表情も可愛いけど、ゆるゆるな蓮も最高に可愛いなオイ。
「蓮も私ばっか見てないで冷めないうちに食べろよ」
「そうだね。いただきまーす」
蓮も料理を食べ始める。
幸せそうに目を細めながらもぐもぐするその姿は、見てるだけで心が浄化されそうになるほど可愛かったぜ。
ああ、眼福。
「は~、最高だった。これから毎日蓮の手料理が食えるのか。私は幸せ者だなぁ~」
「ここに泊めてもらってる間は、これからもボクが九条さんのご飯を作ってあげるからね」
蓮がにへらと笑う。
蓮の屈託のない笑顔は、絵画にすれば百億万円くらいで売れることだろう。
「それなんだけどさ。蓮が良ければだけど、弁当も作ってくれないか? 学校の購買で売ってる菓子パンなんかより、蓮の作るメシのほうが百億万倍うまいからな!」
「そこまで言ってくれるなら……九条さんは特別だよ?」
とっ、特別!? 言葉の響きといい、蓮の妖艶な笑みといい、過呼吸起こしそうなんだが!?
蓮が可愛すぎてつらい!
◇◇◇◇
翌日。
週の一番最初、月曜日が始まった。
蓮と雑談しながらのんびり学校に向かう。
教室の前で別れて、それぞれのクラスに入る。
いつものように授業が始まって、いつものように寝ていたらあっという間に昼になった。
「蓮、一緒にメシ食おーぜ!」
隣のクラスに顔を出して大きな声で呼べば、蓮は弁当箱を手にパタパタやって来た。
小動物みたいで可愛い。
「うん、食べよ」
嬉しそうに顔をほころばせた蓮と一緒に、誰もいない屋上に移動。
ベンチに並んで腰かけてから、一緒に弁当箱を開いた。
「お~、今日もうまそう!」
「栄養バランスも味もばっちりだよ」
「さすが蓮! 将来いいお嫁さんになれるぜ!」
「そうかな? ……なれるといいな」
「絶対になれるさ。なんなら私のところにお嫁さんとしてくるか?」
「ふぇ!? ぼ、ボクが九条さんのお、おおおおお嫁さんに!?」
からかってみたら、顔を真っ赤にしてあたふたしだした。
反応がいちいち可愛すぎんか?
……それはそうとして、もしも蓮が私の嫁になったら。
きっと、さぞかし楽しいのだろうな。
「早くご飯食べようよ!」
私の思考は、照れ隠しに急かしてきた蓮の声によって中断された。
「そうだな。腹が減ってしょうがないぜ」
私も食材を口に運ぶ。
相変わらずどれもおいしくて、あっという間に食べきってしまった。
ちらりと隣を見れば、蓮はまだ食べ途中のよう。
私はニヤリと笑って、蓮の弁当箱から食べかけの玉子焼きをひょいっとかっさらう。
そのまま口に放り込んだ。
「あっ! ちょっと!」
「ん~うまい!」
「む~」
蓮が恨みがましく頬をふくらませる。
待って、その表情も可愛すぎる……!
「間接キスしてやったぜ。どや?」
「え? あ……」
軽く煽ったら、蓮は赤面して顔を手で覆い隠してしまった。
ホントに反応が尊い。
もっとからかいたくなっちゃうじゃんか。
「れ~ん~」
「な、何……?」
少しばかり赤みが引いた顔をこちらに向けてきた蓮に、具材をつまんだ箸を差し出す。
「ほら、あーん」
「ちょ、ちょちょちょちょちょちょっと! それは恥ずかしいよ!」
「嫌なのか……?」
ウルっとした感じの瞳で見つめながら分かりやすく肩をすぼめてみせたら、蓮は髪の毛をいじったり天を仰いだり顔を赤くしたりした末に、意を決して口を大きく開いた。
リアクションがいちいち可愛すぎる……!
恥ずかしさを紛らわすためか、蓮は目を瞑っている。
それをいいことに、私は尊すぎるその表情をじっくり鑑賞させてもらいながら、箸でつまんだ具材を自分の口に運んだ。
「……って、ちょっと! なんで食べちゃってるの!」
「蓮が可愛すぎてつい」
「つい、じゃないよ! 恥ずかしかったんだからね!」
蓮が私の肩をぽかぽか叩いてくる。
言動がもう可愛すぎてヤバいね。
「すまんすまん。ほら、あーん」
もう一度あーんすれば、今度は目を瞑らずにパクリと食べてくれた。
「間接キスした感想は?」
「……恥ずかしかったけど、悪くはないかな。ものすごく恥ずかしかったけど」
「可愛いなぁ、このやろ~!」
顔を逸らしながら控えめに言ってきた蓮が可愛すぎて、思わず抱きしめてしまう。
身長の関係で、私の巨乳がむにゅっと蓮の顔に触れた。
「きゃっ!?」
可愛らしい悲鳴が聞こえたと思ったら、蓮が耳の先まで真っ赤にしてプルプル震えだした。
あらやだ超絶可愛い。
「いきなりはダメだよいきなりは……」
「おっぱいが当たって恥ずかしがるなんて蓮くんは初心ですなぁ」
「は、恥ずかしがってないし!」
「お、ツンデレか? なら、もう一回だな!」
「ひゃあ!?」
もう一度ギュってしたら、蓮は今度こそ俯いてしまった。
顔を隠す手の、指先まで赤く染まっている。
尊さのバロメーターが限界突破しててヤバい。
「蓮、膝枕して」
蓮の頭をナデナデしながら、私はそう切り出した。
「メシ食ったら眠くなってきた」
「……もう。九条さんはワガママなんだから」
蓮は渋々といった感じで、自分の太ももをポンポンと叩く。
ちなみにウチの学校は、男だろうが女だろうがスカートとズボンのどちらをはくかは自由に選べる。
蓮はスカートをはいているから、生の太ももで膝枕してもらえるぜひゃっほう!
「それじゃあ、お言葉に甘えまして」
絹のように滑らかな乳白色の太ももに、ゆっくりと頭を下ろす。
むにっとした柔らかくて気持ちいい感触が、後頭部に伝わってきた。
見上げれば、蓮の可愛らしい顔が視界にでかでかと映った。
新手の拷問かな? 余裕で恥ずか死ねるよ?
「……どうかな?」
「一生このままでいたい」
「九条さんのそういうところズルいよ」
蓮は小さな声でそう言うと、おずおずと私の頭に触れてきた。
そのまま優しく撫でられる。
「……九条さんに頭撫でられた分の仕返し」
恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、頑張って仕返ししようとする蓮。
その姿が最高に尊くて、私は思わず目を閉じた。
じゃないと、心臓が破裂しそうだった。
◇◇◇◇
人生で一番恥ずかしかったであろう屋上でのひと時を過ごした後、ボクは教室に戻って授業を受けていた。
だけど、先生の話が一向に頭に入ってこない。
ずっと九条さんのことばかり考えていた。
正直に言うと、ボクはクラスに馴染めていない。
容姿とかいろいろを受け入れてもらえなかったから。
だからだろうか?
ボクは、かなり前から九条さんのことを羨ましく思っていた。
ボクと同じ一人ぼっちなのに、いつもどこか楽しそうだったから。
その明るさに憧れていたのかもね。
そんな中、家族といろいろあってボクは家出した。
その時だ。
九条さんと出会ったのは。
九条さんは相変わらず威圧感があってすごく怖かったし、かなり強引だった。
けど、感謝してる。
行き場のなかったボクを家に泊めてくれて、そして何よりもボクのことを受け入れてくれた。ボクの在り方を認めてくれた。
そんな九条さんは、怖い見た目に反してすごく面白い人だった。
一緒にいるだけで楽しい。
いっぱいからかわれてすぐ悶え死にそうになっちゃうけど。
とにかく、家に帰りたくない理由が増えるくらいには九条さんともっと一緒にいたいって思ってる。
カッコよくて、笑顔が眩しくて、すごく優しい。
たった三日の短い付き合いだけど、ボクは九条さんのことが気になっていた。
「それでは、今日の授業はここまで」
チャイムが鳴って、先生が教室を出る。
最後の授業が終わったことで、クラス内が騒がしくなる。
ボクもまた、内心では喜んでいた。
すぐにでも九条さんがやってきて、「蓮、一緒に帰ろーぜ!」と元気に声をかけてくるはずだ。
──九条さんではなかった。
「浅桐くんだっけ? アンタ調子に乗ってるわよね?」
ボクに話しかけてきたのは、派手に髪を染めて制服を着崩した女の子。
いわゆるギャルってやつの、遠野さんだった。
「……調子に乗ってるってどういうこと?」
「その格好のことに決まってるでしょ。夏休みが終わって学校に来てみれば、なんでアンタが私よりも可愛くなってるのよ? ホントに目障りだわ。不愉快。すぐにやめてくれないかしら?」
だいたい察してたけど、予想通りだった。
「これはボクがやりたくてやってるの。文句を言わないで」
「そもそも、アンタは男でしょ。なんでスカートとか堂々と着てるのよ? ホントに気持ち悪いんですけど」
「自分の格好くらい自分で決めさせて──」
「おい、遠野さんに口答えしてんじゃねぇよ」
ガラの悪い数人の男子生徒が、ボクの机の周りを取り囲んだ。
彼らは遠野さんの取り巻きみたいな存在だ。
「調子に乗んじゃねぇぞ?」
「お前は黙って遠野さんの言うことを聞いてればいいんだよ」
取り巻きたちがまくし立ててくる。
ボクには逆らうだけの勇気なんてなかった。
体格差も人数差も歴然なんだ。
怖くて震えるに決まってるよ。
クラスメイトも一人孤立したボクをかばってくれるような人はいない。
巻き込まれないように遠目から見ているか、そそこくさと教室を出るかの二択だ。
「黙ってねぇでなんか言えよ!」
取り巻きの一人が拳を握りながら近づいてきた。
助けて!
心の中で叫んだ、その時。
「テメェら蓮に何してるんだ?」
額に青筋を浮かべた九条さんが、ボクのほうに向かってきた。
◇◇◇◇
授業が終わって蓮のところに行ったら、なんか絡まれてた。
ギャルみてーなやつが気持ち悪ぃ笑みを浮かべてて、その取り巻きなのであろう男子たちが蓮を囲んでいる。
泣きそうな顔の蓮を見た瞬間、はらわたが煮えくり返った。
「テメェら蓮に何してるんだ?」
拳を握りながら近づく。
特にテメェだ。
なんで蓮に向かって腕振り上げてんだよ?
「なんだお前は……ぐぅ!?」
その男子の胸ぐらをつかんで、至近距離で見下す。
顔の怖さに定評のある私に睨まれて、そいつは一瞬で怖気づいた。
「蓮にはデケェ態度とってたくせに、自分より強そうな相手にはビビるなんてしょうもねぇな」
「く、クソが……!」
手を離すと、そいつは私を睨みながら距離を取る。
そのタイミングで、主犯なのであろうギャルがヒステリックに喚いた。
「なんなのよアンタは!? どうして邪魔するのよ!?」
「蓮の友達だからに決まってんだろ。それ以上の理由がいるか?」
気圧されて怯んだところへ、最後のダメ押しを入れる。
「こっからは蓮に代わって私が相手してやるよ。文句があるならいくらでも付き合ってやるぜ?」
「く……! 今日のところは見逃してあげるわ!」
拳をパキパキ鳴らしたら、そいつは分かりやすく負け台詞を吐いて逃げ出していった。
取り巻きどもは「あ、遠野さん!」とか言いながらギャルを追いかけていく。
あのギャル、遠野っつーのか。
ブラックリストに顔も名前も登録したかんな?
「蓮、大丈夫だったか?」
「……うん。九条さんのおかげでね……。ありがと」
「ほら、行こーぜ!」
蓮の手を握って教室を出る。
そのまま帰路につくが、蓮はずっと暗い顔で俯いたままだった。
家まであと少しというところで、蓮が重い沈黙を破って口を開いた。
「もうこの格好、やめようかな……」
「あ?」
私が足を止めると、蓮も止まった。
ヤベェ、ドスの利いた声出た。
ビビらせちまったか?
「見た目のせいでいじめられたこともあるし、今日だって九条さんが助けてくれなかったらどうなっていたか……。親にも受け入れてもらえなかったし……」
蓮の瞳から大粒の涙がこぼれだす。
……それが理由で、家出したのか。
「だから……もういいかなって……」
嘘つけ。今までで一番つらそうな顔してるじゃねぇか。
気が付いたら私は、蓮の肩を掴みながら声を張り上げていた。
「いいわけねぇだろバカヤロウ!」
「ば、バカ!?」
蓮が怯む。
私は言葉を紡ぐ。
「私は、今のままの蓮じゃなきゃ嫌だ! 優しくて、恥ずかしがり屋で、すぐに照れて、私のために手料理まで作ってくれる、世界一可愛い蓮じゃなきゃ嫌だ!」
「ふぁ、ふぁい!?」
蓮が一瞬で茹蛸のように真っ赤になる。
そこまで叫んだところで、気づいた。
……なんだ私、蓮のことめっちゃ大好きじゃん。
だったら、それを真正面からぶつけてやればいい。
蓮の目を見て、思いっきり叫んだ。
「私の、嫁になれ!!!」
私は蓮が好きだ。
もっとからかって、可愛がって、甘やかしたい。
宇宙一可愛い蓮をずっと眺めていたい!
ありったけの想いを込めて、本気で叫んでやった。
「……ボクはボクのままでいいの?」
「私がいいって言えばいいんだよ。なんか問題あるか?」
「……相変わらず九条さん…………ううん、伊織ちゃんらしいね」
蓮は涙をぬぐって、強い意志を宿した瞳で私を見据える。
「伊織ちゃんのお嫁さんになる! これからはボクが、伊織ちゃんが真っ赤になるくらい照れさせてみせるんだから!」
いたずらっぽい笑みを浮かべてそう言ってきた蓮は、言い終わるなり顔を隠して俯いてしまった。
おうふ。何もかもが可愛すぎて尊死しそうなんだが?
「伊織ちゃんのこと大好きだよ」
小さな声で蓮がささやく。
恥ずかしくて顔を隠したままの蓮は気づかない。
私の顔が、蓮よりも真っ赤になっていることに。
拾った男の娘が可愛すぎて死にそうなんだけど、どうすればいい?
いかがでしたでしょうか?
「超絶面白かった!」
「蓮くんが可愛すぎる!」
「尊死したわ~」
と思ってくださった方は、ぜひブックマークと広告下にある☆☆☆☆☆を押して評価をお願いします!
ちなみに作者は十回以上も尊死しました。
それから、新作ラブコメの連載を開始しました。
タイトルは「事故物件に引っ越したら、なぜか清楚可憐な美少女幽霊と同棲することになった件について」です!
こちらも甘々でじれったい内容になっていて超絶面白いので、ぜひ読んでくださいね!!!