にぶんのいち
俺とパティは幼馴染で、小さい頃俺は泣き虫だった。
そんな俺をかばってしまった彼女まで、いじめられそうになった時。
ふたりでしゃがみこんで、囲まれた影におびえて。
その影よりいっそう大きな影が自分にかぶると、いじめっこは走って逃げて行った。
むずかしそうな顔をしている身体の大きなその男の子は、僕達を見つめた。
「・・・もしかして、助けてくれたの?」
「ん」
「まぁ。優しいひとなのねっ。ありがとうっ。お名前はなんていうの?」
パティがたずねると、気恥ずかしそうにその子はぽつりと答えた。
「ロブ」
ロブはその日から、俺とパティの親友兼幼馴染になった。
****
―――・・・数十年後。
「失礼。少し酔いを覚ましてきます」
俺、マイケルは仕事相手になるかもしれない連中に辟易して、バルコニーに向かった。
華々しい音楽と虫の鳴き声がわずかに聞こえる、バルコニー。
そこに、グラスを持った身体の大きな黒人がいた。
明かりと暗がりのところにいるその黒人の側にくると
「やぁ、ロブ」
と、俺は声をかけた。
「ん?ああ、マイキー」
ロブは俺を、マイキーと呼ぶ。
パティは俺のことを、一緒に泣いてくれた優しい人と呼んでくれる。
泣き虫だった俺は大人になって、弁護士をしている。
ロブは今日は食べる方だが、いつもは厨房を回しているシェフだ。
「さっき、フクロウが見えた気がしたんだ・・・」
ぽつりとロブが言った。
「ほ~・・・俺はさっきフクロウの目みたいな巨乳の姉ちゃん見たぜ」
「ああ、そう・・・」
「お前はどんなんがタイプなんだよ?」
数秒の間。
「君は?」
「パティ」
「ふぅん・・・僕もパティ好きだけどね」
「そういう親友だから好きって意味じゃなくて、女性として、だ」
「うん」
「意味分かってる?」
「アンダースタンド」
「ああ、はいはい」
「いつか告白するの?」
「そうだな。機会があったら、今日にでも」
「パティ、今会場のどこらへんかな?」
「あっ。わたしの優しい殿方たち、もう来てたのねっ」
陽光のような美を持つパティは、シックなドレスを着ていた。
コツコツとハイヒールを鳴らして、近づいてくる。
「ふたりとも最近どーお?」
「『ぼちぼち』」
「ふぅん・・・ねぇねぇ、帰り、久しぶりにあのバーに寄らない?」
「僕、お酒飲んでるから運転できないよ~。パティは?」
「飲酒運転くらいなんでもないわ」
「俺が運転するよ。実はお酒飲んでない」
「呑めないものねぇ~」
ヒャヒャヒャとパティは笑った。
つややかなブロンドが、腰まである彼女の髪型は、今日は後頭部でアップされている。
*****
運転中、かけていたラジオの知っている曲をパティは陽気に歌っていた。
ロブも後部座席。
「僕ね・・・」
ロブが呟いた。
「どうした?車酔いか?」
「ううん。僕ね・・・精霊が見えるよ」
「・・・ん?」
「ロブって精霊が見えるのっ?」
「うん」
「そう言えばロースクール時代、お前そんなこと言ってなかったけ?」
「うん」
《パファー》と間抜けとも思える音が鳴り、フロントガラスいっぱいに光が満ちた。
衝撃音の次に覚えているのは、激痛で目覚めたマイケルという人格だった。
病院。
ベッドに横たわる沈みそうなほど気だるい身体を認識する。
うっすらと目を開けると、そこにはパティがいた。
顔に少し傷があった。
「ああっ、よかったっ。パパ、ママっ目を覚ましたわっ」
俺は違和感を感じた。
患者服を着ている自分の腕が、小麦色だ。
「ロブ・・・」
「残念な話・・・なんだけどね・・・」
パティはぽろぽろ泣きはじめた。
「助からなかったの・・・」
「ロブ・・・」
「私のために一緒に泣いてくれた優しいひとは、死んでしまったの・・・」
「何を言ってるんだい?」
「信じられないかもしれないけど、多分、即死で苦しみはなかっただろうって」
「ロブは死んだのかっ?」
パティは目をぱちくりさせた。
「何を言っているの?ロブ?」
*****
ロブは両親がすでに他界していて、親戚も疎遠状態だ。
パティの家でしばらくお世話になることになった。
パティは家一件を両親から「部屋」だと言われて、買い与えられているお嬢様だ。
パティはそれを、「ていのいい厄介払いだ」とぼやいたことがあった。
介護されながらパティの話をきくにつれて、何となく事情を察した。
立てるようになった頃、鏡を見に洗面所に立った。
そして、意味が分かるような分からないようなことが起こった。
鏡に映っているのは、ロブだった。
だが、俺はマイケルだ。
ポン、と音がして肩あたりに透明な羽根を持つ小さな人型が現れた。
「ハァイ」
「ハァイ」
「あら、理解あるひとでよかった」
「なぁんにも理解してないよ」
「あなたは、マイキーね。わたしの名前、なんだと思う?」
「ティンク」
「あっはっは。そう言うと思ったぁ~。ヒヒヒヒヒヒ」
こちらを指差して笑う精霊。
「もうちょっと笑い方ないのかよ・・・」
「ヒヒヒ・・・はぁ・・・君、面白いねぇ」
「ああ、そう?」
「わたし、カーネリー」
「カーネリー、一体何の用なんだい?」
「この状況を説明しにきたのよ」
*****
カーネリーの説明によると、俺マイケルの身体は死んだ。
そしてロブの願いによって、俺はロブの身体に入ってしまったらしい。
どこまで優しいやつなんだ、あいつは。
カーネリーが言うには、ロブのふりをしながら、ロブの分も生きてくれとのこと。
まったくロブのやつ、お人よしにもほどがある。
振り分けられた部屋に戻る。
「あなたが、パティに告白せずに死ぬのが嫌なんだですって」
「なんだって?」
コンコン。
ノック音がして、ドアが開いてパティが部屋に入ってきた。
「どうしたの?呼んだ?」
「ああ、いや・・・なんでもないよ」
「ねぇ、今日のディナーはどうしましょう?」
「そうだなぁ・・・僕が作ってあげるよ」
「本当にぃ?無理は禁物よ~?」
「ムーディーに行こうよ」
「あら、どんな?」
「ろうそくを灯したり」
「薄暗い部屋で?」
「そうそう」
「まぁっ、素敵ねっ」
・・・
・・・はぁ・・・どうしよう。
俺は、料理ができない。
ロブがシェフだったから、作れると思ったんだ。
「そんなこと言ったって、もうパティ、美容院から戻ってきちゃうわよっ」
カーネリーが少々怒っている。
「彼の潜在能力とかが発動すると思ったんだよ」
「どーすんのよ」
「・・・魔法使える?」
カーネリーは冷たい目で俺を見た。
ディナーの時間。
準備しておいたテーブルに、豪華な食事が用意されている。
それを見て、この時間のためにおしゃれをしたパティは感動した。
デリバリーディナーに。
「さすがシェフ。でも、いつものやつがよかったわ。なんだか今日のはロブじゃない味」
「そうかな?」
「ん~・・・トマトミートソースのスパゲティが食べたいわ」
「ああ、あれは美味しいよねっ」
「忘れてたの?」
「あ」
「あ、いえ。ごめんなさい。今度作って?」
「オーケ、オケー」
ぽん、とカーネリーが現れた。
どうやらパティには見えてないし、聞こえていないらしい。
「いいの?そんな安請け合いして?」
「しっ」
「え?」
「ああ、いや、なんでもない」
*****
次の日から俺は、料理の勉強をはじめた。
ロブの家に行くと、レシピがった。
彼が俺とパティの子供味覚に合わせて考案してくれたレシピノートだ。
ノートの表紙には、マジックペンで「パティとマイキーのために」と書いてあった。
俺はロブが、俺とパティのために、トマトソースにケチャップを多めに入れているの知った。
それを見つけた時、少し、泣いてしまった・・・
「ロブ・・・」
そのケッチャプパスタは、パティが「いつもの」と呼んでいるものだった。
俺も好んで食べていた。
「いつもの」と呼んで。
*****
一年がすぎ、ふたりで事故現場に行った。
花束を持って。
俺は、ロブのレシピをなんとなく作れるようになっていた。
パティの前では、ロブのふりをすることに決めて、そして一年がたった。
感傷深いその場所で、パティは静かに泣いた。
パティはささやいた。
「マイキー。わたしと一緒に泣いてくれた優しい人・・・お願いがあるわ」
なんだろう、とロブのふりをするのが慣れてきた俺は思った。
「わたし、ロブと結婚したいの」
衝撃的だった。
「なんだって?」
パティは俺を見た・・・いや、ロブを。
「ダメ、かしら?」
「ダメじゃない・・・」
「私達の仲を、マイキーは許してくれるかしら?」
「きっと許してくれる」
パティは涙をぬぐった。
俺は花束から薔薇の花を抜き取ろうとして、花を崩して摘んでしまった。
かまわずそれをパティに差し出し、彼女の手に乗せる。
俺は今日、彼女にプロポ―ズをすることを決めていた。
右手に忍ばせてあった指輪を、薔薇の花びらで隠しておいた。
手の中の薔薇の花弁が風に舞い、彼女は指輪に気づいた。
「ロブっ」
彼女は自分から俺にハグをして、同意でキスをした。
ぽん、とカーネリーが現れた。
「彼ね?ロブ。死ぬ前に、仕掛けをしたわ」
何のことなのかと思った。
「じゃーねー。自分で決めなさいよね~」
そしてカーネリーは煙のように姿を消した。
金色の粉をしばらく残して。
首に手をまわした状態のパティが言った。
「あの時の言葉、嬉しかったわ」
「あの時?」
「あら、はぐらかさないで?事故の日よ」
「ん?」
「ロブ、あなた言ったじゃない?『パティ、愛してる』って」
俺は目を見開いた。
パティは続けた。
「きっとマイキーは、私たちの仲を認めてくれるわ」
そして彼女はもう一度、俺にキスをした。
数秒後、俺は一生、ロブとして生きることを決意した。
「きっと、マイキーは、許してくれるよ・・・」
今度は俺の方から、パティにキスをした。
「結婚しよう」
俺はロブの分まで、彼女を愛することを、自分に誓った。